|
◆式内社・旧国幣中社(現、別表神社)
◆主祭神:大己貴命、配祀:少彦名命 前回は現(98)担任クラスの学生たちと 来ましたが、今回は彼らより5年先輩の94年3月の卒業生4人と来ました。 本当の目的地は別の神社だったのですが、時間の都合でここになりました。 当社は前回紹介したように、創建は斉衡3年(856)、祭神は主神大己貴命・ 配祀神少彦名命です。東国の人々を救うため常世の国(あるいは東海ともいう) から再び降臨した二柱の神を祀っています。 しかし、実際には、少し離れた「ひたちなか市磯崎町」に少彦名命を主神とする 酒列磯前神社があり、両社は対になっていると思われます。実は、 今回はその酒列磯前神社が目的だったのですが、また、おあづけになってしまいました。 この両磯前神社はともに式内社の明神大社とされ、 「常陸国鹿嶋郡 大洗礒前薬師菩薩神社」と「那賀郡 酒列礒前薬師菩薩神社」 の名で記載されています。 創建当時から二社独立して祀られていたようで、社殿がどのように営まれたかは不明です。 しかし、ともに衰退と復興の歴史があり、『日本史小百科 神社』には、 「大洗磯前神社は永録年中(1558−70) 小田氏治の兵乱に焼亡し、元禄3年(1690)水戸藩主徳川光圀が新たに地を相して造営 (いまの中段の地)、享保15年(1730)現在地に鎮座した。 酒列磯前神社は、文和2年(1353)領主佐竹貞義が社殿を復興しているが、 その後いつしか廃絶に帰し、ようやく寛文3年(1663)旧地を探査して再興、 昔の怪石は櫃(ひつ)に納めて土中に埋蔵したという。 元禄年中やはり水戸光圀の尽力により社頭が整備された。」 と紹介されています。文中、「怪石」とは降臨時の言い伝えによるもので、 この話は次に訪れたときに紹介します。
|