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というわけで、エボリのこっちとあっちでどう違うのか、見てみようという気になる。サレルノからエボリ経由でポテンツァに行き、そこからメルフィを目指すことにした。
なるほど、ナポリに代表される脳天気なカンパーニャ州から東に向かうと、次第に荒れ果てた土地が目立つようになる。山なのだから仕方ないが、岩が剥き出しとなっていて、林業にさえ向かない。平地になっている所でも、牧草も生えないような土地が目立つ。何やら得体の知れない植物(たぶん、アスパラガスの仲間)が生えていて、殺伐とした雰囲気をいっそう盛り上げてくれている。
イタリア人がマカロニ・ウェスタン映画を撮れたのは、こういう土地があったからだった。
ノルマン朝発祥の地
メルフィは、そんなバジリカータ州の一角にある。辺鄙な場所で、観光客もあまり寄りつかないが、この街の名は歴史上たびたび登場する。
ノルマン朝シチリア王国の始祖とも言うべき鉄腕ギョームが、最初に領地を持ったのがここ。そんなわけで、南イタリアのノルマン人たちにとって、政治的には重要な街となった。後継者ロベール・ギスカールが教皇からカラブリア、プーリア公に任ぜられたのもメルフィ。教皇はまた、この城から第1回十字軍をノルマン人騎士たちに呼びかけた。
その後、ギョームやロベールの後継者たちがシチリアのパレルモに本拠地を置くようになってからも、この街は重要な役割を果たし続ける。ロベールの甥であるルッジェーロ2世が、プーリアの反乱を鎮圧した後、豪族たちに自らの支配権を確認させたのは、このメルフィだった。ルッジェーロは後に初代シチリア王となる。フリードリッヒ2世によって、中世ヨーロッパにおける最初の国法典「シチリア王国法典」が発布されたのもこの城だ。
パスクアーレのこだわり
私がメルフィに宿泊した日は、日曜日ということもあって、街中で開いていたレストランは一軒だけだった。テレビでサッカー中継が見られる店。そんなわけで、店内はサッカーを楽しみにしている大勢の人たちで溢れ、すごい喧噪。試合の様子を、携帯電話で誰かに実況中継している人もいる。
店の方は大忙しといったところなのだが、ここの店主のパスクアーレさんは、自分で全てをやらないと気が済まない質らしかった。
ウェイター役の若者(たぶん、店主の息子)がいるのだが、ほとんど立ったまま何もしない。これはさぼっているのではなくて、店主から何もしないように言われているためらしかった。
一方、店主の動きは凄まじい。客をテーブルに案内し、メニューを客に渡し、注文を聞き、料理や飲み物をテーブルに運ぶ。その全てを、70〜80人の客相手にやっているのだ。
ウェイターの若者は、店主の指示を受けて、ときどき皿を片付ける。
なぜ、”ときどき”かと言うと、店主がときどきしかフロアーに姿を見せないからだ。店主の命令がなければ動いてはいけない以上、彼の不在の間は棒立ちしているしかないのである。客の方も、彼が現れるのを気長に待つしかない。私の隣のテーブルに座った4人のグループの場合、メニューが欲しいとウェイターの若者に言ってから、店主がメニューを持ってくるまで20分は待たされた。それから店主が注文を聞きに来るまでまた40分。万事このペース。
私も大分待たされた。あるとき、私の席の後ろに、ピザを焼く窯があることに気づく。見ると、釜の前で、ピザ職人もまた暇そうにしている。私の頼んだピザは、もう30分待っても来ていないというのに、なんという悠長さか。
催促しようにも、店主は奥の方に行ってしまって、何も言えない。いったい何をやっているのか?
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しばらくして全ての理由がわかった。
ピザ職人はピザ職人にあらず。ピザ焼きもまた、店主パスクアーレさんの仕事なのだ。ピザ焼き窯の方を見ていたら、突然、この店主が現れ、もの凄い勢いでピザを釜の中に放り込み始める。それからフロアーに出る。また戻って来てピザを釜から出す。これが繰り返された。私がピザ職人と思っていた人は、店主が別の場所に行ってしまったときの見張り役でしかない。おそらく、この店主は、奥の厨房でも何か仕事をしていて、姿を現さなかったのだろう。
店主の名前がパスクアーレだと知ったのは、彼と話をしたからではない。
店主の娘さんが、何度も彼の名を呼ぶのを聞いて耳に残ってしまった。南イタリアでは、女性がフロアーに出て給仕をすることはほとんどない。娘さんは、厨房で料理をつくる役割のようだっが、ときどき厨房とフロアーとの間のところに姿を見せ、客の様子を見に来ていた。彼女は、父親の仕事のやり方が、客に対するサービスとして、やや問題があることをよく知っているのだった。彼女は、客の中でいらだっていそうな人を見つけると、父を呼ぶ。
”パスクアーレ! あっちのテーブルは!?”
”パスクアーレ! メニューはどうしたの?
”パスクアーレ! パスクアーレ!”