これまでの「asktaka の独り言」





  • 12月と11月の「独り言」(第21回〜第28回)です。ご覧になりたいテーマをクリックしてください。それ以前の「独り言」はこの下をクリックしてご覧ください。

    10月の「独り言」9月までの「独り言」


  • 第28回:グルメの話・鍋料理編

  • 第27回:グルメの話・鮨屋編

  • 第26回:師走の街に思う

  • 第25回:散歩の話

  • 第24回:猫族と犬族

  • 第23回:パーティ in USA

  • 第22回:日本人の機内での過ごし方

  • 第21回:ギリシャ悲劇とカタルシス




  • 以下は12月と11月の「独り言」(第21回〜第28回)です。


  • 第28回:グルメの話・鍋料理編

    前回の「グルメの話・鮨屋編」に続いて、今回は私のお気に入りの鍋料理の店を紹介することにします。

    この季節に外で鍋を食べるとなると、迷わずにふぐ鍋が頭に浮かびます。子供の頃からよく通っていたのは、勝鬨橋のそばにある「中屋」というふぐ料理屋です。一説によると江戸時代から続いているそうですが、安くて美味しいふぐを食べさせてくれました。

    近所には「天竹」という庶民的な店もありますが、ここはざわざわして落ち着かない店です。その点中屋はグループや宴会向けに座敷もあるし、落ち着いてふぐを味わうことが出来ます。だが中屋も20年ほど前に新しいビルになって値段も上がってしまい、雰囲気も昔風の趣がなくなってから足が遠のきました。

    浅草の「三浦屋」も安くて美味しいふぐを食べさせる店として有名です。ここでは、ちょっと奮発してふぐ鍋の上の方をお薦めします。虎ふぐなので値段の差以上にお値打ち感がありますよ。この店の難点は予約を受け付けないので、並んで順番を待たなくてはいけない点です。表から階段まで並んでいる光景を見てあきらめて帰る人もいますし、最近では私も敬遠しています。

    新宿の「三浦屋」(といっても新大久保よりですが)は、浅草店の弟がやっている店ですが、ふぐ鍋コースを頼むと虎ふぐ一匹を刺身と鍋の具に分けて出してくれます。この店に行くには一人2万円の予算が必要ですが、前もって予約ができるので便利です。何年か前に、先場所で引退した舞の海と一緒になったことがありました。私よりちょっと小柄な感じがしましたね。

    最近は近場の麻布十番の「ふぐ武」を贔屓にしています。ふぐ鍋やふぐ刺は定番で注文しますが、この店のふぐのぶつ切りサラダはお薦めですよ。私は20年ほど前に下関でふぐのぶつ切りを食べて以来、どうも薄切りの刺身では物足りない思いがしています。薄く切らなければ硬くて噛みにくいというのは真っ赤な嘘で、厚く切ると量感がなくなるので薄切りにするというのが実情のようです(この話はかって春帆楼の女将に聞きました)。また掘り炬燵式の席もあって座敷が苦手な私には嬉しい店です。

    それから、博多に出張の際に案内していただく「あまのや」は、ふぐ鍋 はもちろんのこと、あら鍋を食べさせてくれます。そしてお土産にいただく自家製の明太子は絶品です。これだから博多が好きになるわけです。

    そのうえ、この前はちょうど九州場所の最中だったので、武蔵川部屋の関取全員が食事をしており、武双山や雅山としばしお話をしちゃいました。誰とはいいませんが、前の晩はこの店で徹夜マージャンをした力士がいてその日は負けたそうです。よくあることだそうですが、無茶ですよね。

    また、上で述べた「春帆楼」は、伊藤博文を始め明治の長州閥の元老が贔屓にしていた下関の老舗のふぐ料亭です。嬉しいことに、この店の出店が日本橋高島屋の地下1階にあります。4、5人で一杯になるカウンター席しかないのですがふぐ刺などをつまみながら日本酒をいただくと白昼の至福を感じます。丸善で洋書を覗いた帰りに、たまにはこの手もありますよ。(笑)

    その他、神田須田町にあるあんこう鍋の「いせ源」もこの季節には行きたくなる店の一つです。ここも予約できないので、待たされるのとちょっと味付けが濃い点が難点です。でも最近は追加オーダーすると高くつくので注意してくださいね。ちなみに、「いせ源」のそばにある鳥鍋の「ぼたん」も老舗の風格がある落ち着いたお店でお薦めですよ。

    そうそう鳥といえば鴨鍋の「鳥安」を忘れることはできません。日本橋浜町にあるこの店は、鉄鍋で鴨とねぎを焼く野趣にとんだ味で後を引きます。途中で仲居さんが鴨の脂をカリカリに焼いてくれるのですが、これがまた何ともいえぬ味わいがあります。この店も明治時代からあった老舗のようで店も昔のたたずまいを残しています。

    最後に、私はうどんすきが好きなのです。最初に食べたのは20年ほど前の大阪の「美々卯」の本店でした。当時は安くて結構いけるという印象でした。その後、大阪に出張するたびに新大阪駅の飲食街にある「美々卯」で、時間があって連れがいるときはうどんすき、一人の時はきざみうどんを食べていました。

    「美々卯」が京橋や新橋に出来てからは、秋冬のシーズンには何回か顔を出すようになりました。秋には松茸をサイドオーダーして、お鍋に入れるのもおつですよ。また、一人前4,000円〜5,000円でお持ち帰りセットもありますが、私は贈答用に利用しています。

    それから麻布十番の総本家更科堀井(十番温泉の前)では、冬場に限り八代鍋といううどんすきを食べることが出来ます。実はこの店は、私のお気に入りの更科蕎麦を食べさせてくれる店なのですが、寒くなるとたまには八代鍋をいただきます。

    後はすき焼きの話が出ないのは何故かとお叱りをうけるかもしれませんが、それは肉料理編でまとめてお話したいと思います。それでは今日はこのへんで失礼します。


    (1999年12月26日(日))

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    第27回:グルメの話・鮨屋編

    先日の「独り言」で散歩の話をしました。どうも私の場合、散歩と食べ歩きは切り離せないのです。そこで、今回は私のお気に入りの和食の店のうちお鮨屋さんを紹介することにします。続編として、その他の和食、お肉料理、洋食系、中華系、その他を考えています。

    お鮨といえば、有楽町の駅前にあった“すしや横丁”を思い出します。今の交通会館あたりまでが少し小高い丘のようになっていて、お鮨やさんが集まっていました。子供の頃はその中のある鮨屋で家族と一緒によく食事をしたものでした。確か1964年の東京オリンピックの前後に、横丁一体が取り壊されたので、皆さんはご存じないかもしれませんね。

    その頃の私の好物は、トロとトロ鉄火、ヒモキュウ巻き、平貝で、いつもこれしか食べませんでした。祖父と一緒に行くと、明治の人なので、鮪は赤身しか手を付けず、昔はトロは人間が食べるものではなかった、とかいってすましていたことを思い出します。

    大人になってから、自分で行くようになったお鮨屋さんは「金寿司」です。以前は神田の三省堂の裏にあったのですが、小川町郵便局のそばに移転し、その後現在の店に落ち着きました(JR御茶ノ水駅から明治大学の前を通って、駿河台下の交差点の手前のファストフードの店の角を神保町方面へ右に折れます。すぐカジュアルウエア・ショップが目に付きますから、その角を右に入って3軒目あたりです)。

    金寿司の目玉は、マグロの頭をスプーンで引っかいた“ひっかき”です。ちょっと中落ちと似た味ですが、一味も二味も違います。 “ひっかき”は親父さんからの味を引き継いだものです。70年代の前半頃に亡くなった、映画評論家の荻昌弘さんがある雑誌に“ひっかき”について書いていました。それを見た私の友人と二人で、当時三省堂の裏にあった店に行ったのがきっかけでした。その時のはじめて“ひっかき”を食べた際の感動は今でも忘れません。そして、昨年亡くなった、すし職人としての親父さんの顔も。

    現在の店は、2代目の誠(せい)さんのセンスの良さが表現されていて、落ち着いた店になっています。今は“ひっかき”以外のネタも揃っていますから、鮪の頭は気味が悪いという方でも大丈夫です。でも、少し手が空いたときに、鮪のほっぺたを焼いてもらうのも、また格別ですよ。老化防止にもなるようですから。それから、カウンターが禁煙なのも気に入っていますし、なんといってもお酒をたくさん飲んで、つまんで、握って、1万円でお釣がくるのも人気の原因だと思います。

    30代の半ばになって、ある方に神田神保町の「鶴八」に連れていかれてから、すっかり鶴八フアンになりました。当時は先代が握っていて、引退して丸2年になりますが、先代の頃の江戸前の握りは、姿も味も天下一品で、しかも値段はリーズナブルでした。現在は二番弟子が後を継いで、先代の名人技を引き継いでいますし、二人で2万円前後なのでお値打ち感もあります。ただ、先代と比べるのはちょっと酷ですよね。相手は名人ですからね。

    私は鶴八で鮪の三点セット、つまり、赤身、中トロ、大トロ、それから平目や鱸(すずき)などの白身の魚、鯵、こはだ、穴子、貝類をいただきます。この店で鮨だねとして初めて美味しいと感じたネタは、鯵、さより、鱸(すずき)、こはだ、ミル貝などです。鯵とさより等は独特の酢洗いでおまじないするため、全く生臭さは感じない、病み付きになる味ですよ。 ただ、残念なことに、たまにカウンターでたばこを吸う人がいることです。せっかくの味が台無しになるので、鮨屋での喫煙はご遠慮願いたいですね。

    最近では、一番弟子がやっている新橋鶴八も結構人気があるようです。私にはこちらの方が近くて便利なのですが、まだ先代に義理立てして顔を出していません。近くの行きつけの料理屋の女将に聞くと、なかなかよい仕事をしているようです。

    なお、先代が書いた「神田鶴八鮨ばなし」は何と19刷も売れているので、皆さんも本屋で見かけたことがあるかもしれません。引退後、次の本が出るはずなんですが、どうなりましたかね。

    それから、渋谷の桜ヶ丘にある「すし処紅池」は面白い店です。この店は私の友人の住まいのそばだったので、かってはよく行きました。星鰈とかぶどう海老など、よその店ではめったにお目にかかれないネタを賞味できるのが特徴です。その上時々、浅野ゆう子が来ていて観賞できますよ。隣に座っていると、失礼なので顔は見ないが手はよく見えます。随分荒れた手が印象的でした。一緒に髪の毛が長いころの工藤静香もよく来ていて楽しめました。

    ところで、この店はネタはいいのですが仕事が遅いのが玉に傷です。どうもちゃんとした鮨屋で修業したことがないらしい。一度、二人で行ってほとんど貸し切り状態の時、いつもの2〜3倍取られて以来足が遠のきました(いつも会社に請求書をまわしてもらっていたので、その場で文句をいえなかったのです。なじみの店でもあり、その場で払っていれば、”勘定どうなってんだ”といって一件落着だったかも)。食欲が勝って、近いうちにまた顔を出すような気がします。

    上記の他、老舗のお鮨屋さんや話題の店にはほとんど顔を出しています。だが、今でも贔屓にしているのは近場の鮨屋を除いて、鶴八と金寿司だけです。自腹で行ける店として、asktakaのお薦めの2店です。ちなみに、先代の鶴八の親方に、一番連れていってもらいたい鮨屋はどこかと尋ねたところ、これは内緒ということでしぶしぶ銀座のきよ田をあげました。一人3〜5万円はするので、あまりお薦めはできませんし、私もまだ行っていません。

    お鮨の話となると、想像できたことですがどうも長話になります。今回はお鮨で終わってしまいましたので、次回はふぐ料理、あんこう料理、加賀料理、蕎麦、うどんすき、うなぎ・どじょうなどの和食のお店を紹介します。

    (1999年12月12日(日))

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    第26回:師走の街に思う

    師走ともなると何かと忙しくなるのは例年どおりです。でも、この10年ほどの消費の低迷で、師走の街は随分静かになっています。

    例えば、デパートのお歳暮売場をみても、バブル期の盛況さとは比べ物にならないでしょうが、95、6年の一時的回復期と比べても寂しさが漂っています。

    私もいつもはMデパートの外商にまとめて注文するのですが、今回は地方と都内とに分けてデパートを使い分けました。何せ最近デパートによって送料が違いますからね。予算の中で少しでも喜ばれる品をお贈りしようとすると、送料分は馬鹿になりません。私でさえこのように考えるのですから、お歳暮の平均単価が下がっているという話は実態を現していると思うのです。 賑わいだけでなく、単価も低下しては売場の意気もあがりませんね。

    それから、夜の街とタクシーをみると、街の寂れ方がよく分かります。かっての社用族という言葉はほとんど死語になっていますから、高級という名のつく飲食店は料亭からクラブまで閑古鳥が鳴いています。これまで経費が使えた幹部社員がリストラと交際費削減で遊べなくなりましたからね。 そして飲み食いしても、タクシーのチケットが経費削減で抑制されていますから、電車のある時間に早々に帰宅します。これでは、夜の街が賑わうわけがありません。

    ただ、自腹で行けるリーズナブルな名店は繁盛しています。銀座のイタメシ屋、ラ・ベットラは、少しワインを飲んで一人5千円でおつりがくる店です。私も何回か予約してみたのですが、3ヶ月から6ヶ月待ちという状況で、今だに食事にありつけません。この他、値段と美味しさのバランスがとれた店は混んでいますね(そのうち asktakaのお薦めの店をアップします)。

    年末の買い出しに、築地や御徒町のアメ横に出かけても、ここ数年はやはり人出が今一つだし、マグロの上物など値が張る商品の売れ行きが悪いそうです。今年もこれが改善される要因が見つかりませんから、同様な結果となることが見込まれます。

    こうしてみると気が滅入りそうですが、一体どうすれば消費が盛り上がるのでしょうか。そのヒントは、イベントにありそうです。それもお買い得さを伴うことが条件となります。根本的な解決策は政府の領域で企業努力の範囲を超えていますから、ここは各企業(店)の知恵比べで消費を喚起してほしいと思うのです。年末景気は貴方の頭脳の働きいかんですよ!

    (1999年12月4日(土))

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    第25回:散歩の話

    今日のお昼、信濃町の慶應病院の11階にあるレストランから久しぶりに神宮外苑を見下ろしました。夏の盛りには、ちょうど南側の真下に見える神宮プールで泳いでいたり甲羅干しをしている人たちが目に付きました。今は晩秋の気配を感じる木立が、やさしく私を散歩に誘いかけているようでした。

    そんなわけで、昼過ぎにちょっとばかり外苑を散歩しているうちに、昔歩いた街々のいろいろな光景が目に浮かびました。

    私が好きな散歩コースは、神宮外苑〜南青山周辺、麻布十番〜六本木〜赤坂、三田〜銀座などですが、谷中〜団子坂〜本郷コースや千鳥が淵〜靖国神社コースが好きな友人(右翼ではないですよ)がいて、彼が独身時代にはそのへんをよく散歩したものでした。現在は自宅から近場の品川〜天王洲、高輪〜白金〜島津山〜御殿山なんてコースも好きです。

    それから東京で最も気に入っているのは、皇居から東京駅丸の内側を真正面から見る光景です。ワシントンで見たような、ヨーロッパのどこかの都市に行ったような、そんな雰囲気が漂っています。但し、周辺の雑踏を無視すればの話ですが。その他、外苑の絵画館やイギリス大使館などの風景が好きです。冒頭の慶應病院が新しくなってからは、レストランから見る外苑の春夏秋冬もなかなかですよ。

    どうも私の実家が大森の高台にあるせいか、坂のある風景や散歩道が好きなのです。一時JR田町駅の三田の反対側、つまり海側に住んだことがありますが、平坦な味気のない街並みにはうんざりしました。その頃は30代半ば頃で随分忙しかったのですが、坂を求めて休日はよく上述の散歩コースを歩きました。

    散歩に理屈は不要かもしれませんが、いろんな楽しみ方、効用があります。先ず、少し早足で歩くことは効果的な有酸素運動で体内脂肪を燃焼させます。30分程度汗ばむほどに早足で散歩すると、約200キロカロリー、つまりご飯大盛り一杯分程度消費します。減量効果は抜群ですよ。

    次に、これは経験的にいえることで、医学的な根拠を確認したわけではないのですが、私の場合下半身を適度に動かす散歩によって頭がクリアになります。友人たちに聞いても同様な効果があるようですし、あのソクラテスも散歩しながら思索したではないですか。私は散歩中や都内の車での移動中はもっぱらテーマを決めてアイデアを練っています。その方がデスクに座って考えるよりもいいアイデアが浮かぶ、と自画自賛しています。(笑い)

    三番目に、いろいろな街を歩いていると面白い店や美味しい食べ物やを発見できます。ちょっと寄った店のアメリカン・クラブハウス・サンドが以外に美味しかったり、知らぬ間に老舗に行き当たったり、これも散歩の楽しみの一つでした(過去形で語ったのは、現在ではよく歩く街のお店はだいたい分かっているからです)。

    最後はちょっと趣味の問題かもしれませんが、江戸時代の地図を片手に街を散歩すると、あたかもSFの世界のようにタイムスリップした気分になります。自宅の近所には赤穂浪士で有名な大石蔵之助たちが一時預けられた屋敷跡があったり、大久保彦左衛門のお墓があったりして歴史を思い起こします。

    また、湯島から本郷辺りを散歩して、みつばちでお汁粉を食べて、江知勝のすき焼き、藤村の羊羹、こうくるとまるで夏目漱石の世界のようです。

    晩秋は散歩には最もよい季節だと思います。何せ雨は少なく、少々歩いてもあまり汗はかきません。皆さん、ここは前述した理屈は抜きで街を散策してみませんか?きっと思いがけない発見がありますよ。

    (1999年11月27日(土))

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    第24回:猫族と犬族

    世の中には猫好きと犬好きがいるようです。前者を猫族、後者を犬族と呼ぶことにしましよう。そうすると、私はどちらかというと犬族の方だと思っていました。ところがワイフの実家の猫が私になついて以来、どうも自信がなくなったのです。

    実は、私の家では犬を飼ったことはありました。私の小学校の頃、父親が秋田犬の子犬をもらってきて育てていたのです。私が学校から帰ってくる気配を大分前から感づいて、くんくん甘えた声を出していたようで、門を開けるといきなり飛びついてきたものでした。当初は私が毎朝散歩をさせる約束でしたが、これは3日坊主に終わりましたね。

    その後、大人になってからポメラニアンを飼っていた時期があります。血統書付きでかつ代々コンテストで優勝した家系なのでとても美形で、そのうえ賢く、人間のいうことをよく聞き分ける犬でした。だが、出かける際に留守番をさせると、家中暴れまわって、挙句の果てに私の本におしっこを引っ掛けるのには往生しました(まだ、おしっこをかけた上に齧った跡のある研究社の英和大辞典が残っています)。

    そんなわけですから、最初にワイフの実家を訪問した際も、太郎という犬にはご挨拶をしました。だが、その当時の飼い猫は無愛想だったので、まあお互いに無視していたわけです。ところが、6年前にその猫が死んで、代わりに平成5年5月5日生まれの子猫を飼い始めました。

    岳父はその猫に“チャッピー”という名前をつけました(どうも犬の名前のようですが)。チャッピーは子猫の頃から遊んであげたせいかとても人懐こい猫で、私が行くとお迎えのご挨拶はするし、声をかければ返事はするし、また勝手に私の膝の上に乗ってくるし、まあ可愛いものです。

    しかし、最初は猫のせいだとは気が付かなかったのですが、どうも八王子に行くと鼻がむずむずしてくしゃみは出るは、目はかゆくなるはで調子が悪かったのです。ところが、八王子を離れて30分から1時間すると、ぴったりそういった現象が止まるのです。そんなことが何回か続いた後で、実家にいる時も調子が悪くなると、猫が侵入しない自分たちの寝室に入って様子をみてみました。案の定、しばらくするとくしゃみや目の痒さがとれてくるのです。原因は猫の毛アレルギーだったのです(最近は煙草でも同様な症状になるので、煙草アレルギーだと思っています)。

    「asktakaのプロフィール」で嫌いなものの一つに猫をあげましたが、実は猫そのものが嫌いなのではなく、猫の毛が悪さをするからいやなのです。 チャッピーは大人になっても人懐こくてまるで犬みたいに可愛いですよ。おや、やっぱり私は犬族かな。皆さんは犬族ですか、それとも・・・・?

    (1999年11月20日(土))

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    第23回:パーティ in USA

    最近、アメリカの新聞、雑誌で“ドリンク・エクスチェンジ”という言葉をよく見かけるようになりました。今人気があるパーティの方法の一つで、他の参加者に飲み物をご馳走し、自分も他の人から奢ってもらうやり方だそうです。人脈づくりを目的をしたパーティで、このスタイルが流行っているようです。

    米国でパーティが流行っているのは、人脈づくりだけでなくオンライン・ビジネスの立ち上げにも利用されているからです。例えば、CNNの元アンカーマン、ルー・ダブスがスペース・コムのお披露目パーティを開催、オンラインのイベント企画会社による「ビンボーズ」(サンフランシスコの人気スポット)を借り切った大規模パーティ、など枚挙に暇がありません。いずれも数百万円の費用がかかっているようですが、何せ目立つことが目的で人目を引こうということだから、やることが派手になっています。

    米国の話をしましたが、最近テレビで渋谷のビットバレーのIT企業が集まってパーティを開催している光景を見ました。さすがにドリンク・エクスチェンジではなく、よくあるタイプのパーティでしたが、いやー早いですね、パーティまで輸入するのが。

    パーティの効用は、マナーさえわきまえていれば、多大なものがあります。しかし、日本のパーティに出席して何時もがっかりするのは、専ら名詞を渡しておしまいという雰囲気があるからです。この点、2、3人の人にターゲットを絞ってお酒をご馳走しあいながら親睦を深めていく、ドリンク・エクスチェンジのやり方は見習うべきかもしれません。

    Eメールでのやりとりが多くなり、私も電話がおっくうになってきています。また、外資系の会社など個人の仕事場が区切られているので、隣の席の人でも話をしないで社内メールで済ます人が増えているようです。しかし、フェース・トゥー・フェースのコミュニケーションは何時の世でも重要だと思います。この意味で、メール社会の米国でパーティが見直されているのは面白いですね。

    個人的にお付き合いするにはホームパーティにご招待するのが一番だと思いますが、やはり30畳以上のリビングがないと手狭ですね(外国の方の家に招かれると広いのでそう実感します)。拙宅の10数畳のLDKではせいぜい5、6人がいいところで、3、4人しかご招待できません。小人数でゆっくりお話するにはよいのですが。

    いずれにせよ、そのうち日本でもビジネスや家庭でのパーティが大流行するかもしれませんよ。今のうちからパーティ・ジョークを仕込まなくちゃ。でも、日本人に駄洒落じゃなくジョークが通じるかな、と何時もオジンギャグを飛ばしているasktakaは思うのでした。

    (1999年11月17日(水))

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    第22回:日本人の機内での過ごし方

    海外出張の際、アジア路線でも機内でスチュワーデスに英語で話しかけられることが多い。何も私がバタ臭い面相をもっているせいではなく、どうも機内でパソコンを膝に乗せていることが多いせいだ、とある時に気が付いたのです。

    それ以来、私は移動中の日本人ビジネスパースンの過ごし方を観察するようになった(もっともビジネスクラスや国内線のスーパーシート、新幹線のグリーン車などが中心です)。その様子は大体次のようです。

    1.うたた寝をしている
    2.酒を飲んでいる
    3.スクリーンを見ているか音楽を聴いている
    4.本、雑誌、資料を読んでいる(2との連動もある)
    5.何もしないでボーとしている(3との連動もある)

    上記の中でも圧倒的にうたた寝と飲酒が多い。皆さんも出張中にこうした光景を見かけませんか?

    一方、外国人、特にアメリカ人は、飛行機の中でもアムトラックのクラブカー(日本のグリーン車)の中でも、パソコンで仕事をしていることが多いですね。この差はいったいどこからくるのでしょう。一つは、出張及び移動時間に対する考え方の差だと思う。もう一つは、ビジネスパースンとしてのファンダメンタルズの格差による、学習する姿勢の差があると思います。

    日本人は移動時間をビジネスタイムと考えず、リラックスする時間と考えているのではないでしょうか。出張が非日常的な活動であれば、まあ分かるような気もします。しかし日常的でもビジネスタイムと考えないようでは、随分時間の無駄遣いですね。海外のビジネスエリートは、間違いなく移動時間をビジネスタイムと考えています。

    ビジネスパースンとしてのファンダメンタルズも根が深い問題です。周知のように、日本の大学生はゼミでしごかれるのでなければ、あまり勉強しません。会社に入ってから勉強すればよいかもしれませんが、これまでは日本企業は知識や情報に対して冷淡で、現場知識偏重といってもよいでしょう。

    こうした環境下では、ビジネスパースンが知識をインプットするインセンティブに欠けるのは否めません。特に、日本と欧米とのビジネスエリートの差があるとすれば、それはマネジメント知識の量と質にあると思います。 MBAをとるかどうかはともかく、ビジネスエリートにとってMBAで学ぶ程度の知識は必要です。この意味で日本のビジネスパースンはファンダメンタルズに欠ける思います。

    このような話をすると、出張中に何をしようと大きなお世話だという声が聞こえてきそうです。しかしながら、今後ますます外国企業との競争が激しくなることは避けられません。また、企業内でも、一層個々人の戦略眼が求められるようになるでしょう。そうした場合、時間が有限である以上、出張中の数時間を無駄にする手はないと思います。日頃読めない本や資料をインプットするよい機会ではないでしょうか。私は読むべきファイルをパソコンにコピーして持ち歩くことにしています。

    出張する機会の多い方は、今後移動時間(通勤時間でもよいですが)を上手に活用すれば年間で何時間捻出できるでしょうか?500時間?1000時間?1000時間あれば、例えば一つの外国語をマスターできるといわれています。先ず、移動時間を有効に使う習慣をつけることから始めてはいかが?

    (独白)私の場合、駆け出しのコンサルタントの頃は、機内でクライアントに提出するレポートに目を通し、プレゼンの準備をするのに忙しかったですね。その後は、メンバーの書いたレポートに手を入れたり、自分の好きな本や論文を読む余裕ができました。そういうわけで、最初はやむなく移動中に仕事をしていたのでした。(笑)

    (1999年11月13日(土))

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    第21回:ギリシャ悲劇とカタルシス

    私が10代の半ばだった頃から、ギリシャ悲劇とシェークスピアには人間の喜怒哀楽が濃縮されていると思っていました。何も私が自ら発見したわけではなく、幼い頃祖父からそんな話を聞かされたことが頭に残っていたようです。昨今の凶悪犯罪や母親の虐待行為を耳にすると、シェークスピアよりもむしろギリシャ悲劇を見せたほうがよいと思います。

    演劇にはカタルシスという言葉があります。劇の中で残忍な行為(例えば、殺人)を演じることによって、観客が実際にそのような行為から解放される作用をいいます。古代からの人間の知恵として、演劇は人間の野蛮な行為の削減に貢献していたわけです。現代人にはギリシャ悲劇がぴったりだと思いませんか?

    私がギリシャ悲劇や喜劇を読み始めたのは、ちょうどシェークスピアを原文で読み始めた頃でした。シェークスピアは高校時代から読み始め、確か大学1年か2年の夏休みだったと思いますが、新潮文庫の福田恒存訳と岩波文庫を買い込んで読み比べていました。葉山の一色海岸や森戸海岸で、甲羅干しをしながら読んでいたこともあります。それから、大学院の頃ケンブリッジ大学出版の赤本シリーズを買って、英語と文庫本とを見比べながら読んだものです(まだ赤本は10数冊書斎に残っています。お前は文学部かといわれそうですが、ちゃんと(?)経済学部ですよ)。

    ところが、シェークスピアを読みこなすには、聖書やギリシャ悲劇などの知識が必要です。そこで、ギリシャ悲劇全2巻(筑摩書房)と岩波文庫の「女の平和」などの喜劇を読み始めたのです。

    私が好きなギリシャ悲劇はアイスキュロスの「アガメムノン」、ソポクレスの「オイディプス王」「アンティゴネ」、エウリピデスの「メディア」などです。いずれも、親殺し、子殺し、復讐、肉親との姦淫などおぞましい内容です。やはり、本で読むよりも、たとえ日本人が演じても、実際に舞台で見た方がすがすがしい気分になりますね。

    ところで20数年前になりますが、私は渋谷のNHKホールのこけら落とし公演で、一度だけギリシャ国立演劇団の舞台を見たことがあります。確かアガメムノンを上演したのですが、言葉は分からなくてもあの感動を忘れることは出来ません。また、喜劇ではありますが、「女の平和」などはセックス・ストライキで男どもの戦争を止めさせるのですから、なんとも楽しいですね。

    冒頭の話に戻りますが、ギリシャ悲劇でなくても演劇のカタルシスはあるわけで、もっと子供の頃から演劇教育をしてはどうかと思うのです。なぜならば、感動とカタルシスの積み重ねが、人間に対するやさしさを育むと思うからです。皆さん、そのうち感動する心を取り戻すキャンペーンを一緒にやりませんか?

    (1999年11月7日(日)) 

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