これまでの「asktaka の独り言」





  • 9月までの「独り言」(第1回〜第11回)です。ご覧になりたいテーマをクリックしてください。


  • 第11回:「一人勝ちの経済学」を読んで

  • 第10回:ネット人格について

  • 第9回:話題の施設ヴィーナスフォート等雑感

  • 第8回:「こころのマネジメント」を読んで

  • 第7回:パソコンと私

  • 第6回:おしゃれなBoots!

  • 第5回:ビートルズの思い出

  • 第4回:地域経済を考える・その2

  • 第3回:起業家環境は80年代前半の米国並み?

  • 第2回:地域経済を考える

  • 第1回:週末の銀座界隈を散歩して




  • 以下は9月までの「独り言」(第1回〜第11回)です。


  • 第11回:「一人勝ちの経済学」を読んで

    最近コンサルタントの書いた本は洋書以外はめったに読まない。日本人の書いた本は、大体ネタが分かるので、目次を読めば概ね内容が分かるからだ。だが、ycasterの伊藤氏のday by dayを覗いて、大前研一氏が書いた「一人勝ちの経済学」を読んでみる気になった。

    大前氏の本は何と言っても80年代初頭の処女作というべき「企業参謀」の思い出が強い。その当時、BCGのアベグレン氏や私のボスであったYさん以外、企業戦略に関する実務的な本はなかったと思う(学者の書いた教科書はあったとは思うが)。大前氏の本は、技術的な話よりも、コンサルタントとしての考え方を学ぶ上で役に立った。

    ところで、「一人勝ちの経済学」は、政治の話も含め大前氏の年輪を感じさせる内容だった。特に、最後の方では歴史観の重要性を説いているくだりには苦笑してしまった。私も最近しばしば雑文やクライアントとの雑談の中で、歴史を学ぶことを勧めている点と符合しているからだ。50を過ぎてくると、どうも行き着くところは同じらしい。

    「一人勝ちの経済学」は、実は経済学あるいは複雑系理論の収穫逓増の話をベースにしている。つまり、収穫逓増とはシェアが増加すればするほど利益あるいは取引量が一層増加する、といった一人勝ち現象をいう。そのための仕掛けはいろいろあるが、以前に書いた拙稿に要点をまとめているので、関心がある方はこちらを参照して欲しい。

    いずれにしても、消費者も事業者も購買行動が構造的に変化しており、シビアになっていることは事実だ。今は「一人勝ちの経済学」の示唆する勝ち方を、更に学ぶべきではないか。

    (1999年9月27日)

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    第10回:ネット人格について

    積んでおいた文芸春秋10月号をめくって、いつものように巻頭のエッセイに目を通した。私には東大の坂村教授の書いた「ネット人格」が特に面白かった。「ハンドルを握ると人が変わる」のと同様に、「パソコンを使ってネットワーキングを行うと人が変わる」ことがあるらしい。ネット人格は通常の人格とは異なるということだ。

    「パソコンと私(第7回)」の中でもふれたが、私は92年からパソコン通信を始めた。その当時は、まだ現在のニフティ・マネジャーという通信ソフトが未完成であった。そのため、ニンジャタームというソフトを使って、1200とか2400程度の速度で通信していた。つまり、1.2Kbps、2.4Kbpsの世界で、現在の32Kや64Kあるいは128Kとは隔世の感がある。

    そのような環境で、私はビジネスマン・フォーラムの中の地球環境をテーマとする会議室にて何ヶ月か熱心におしゃべりしていた。 この会議室は門真にあるM社にお勤めの方が仕切っていたが、議論が技術的あるいは倫理的な側面に偏りがちだった。私は経済的な側面、つまり費用対効果の観点から議論に参加したのだ。

    しばらく参加しているうちに、二、三回感情的なきわどい議論になったことがある。坂村氏がいうように、全人格を否定するほどひどくはなかったが、いやな思いをしたのは事実だ。

    ネットになると人格が変わるのは、第一にネットでの会話に慣れていない、第二に米国のように道具として国語を使う技術、テクニックが訓練されていない、この二点にあると坂村氏はいう。たしかに、速読法やプレゼンテーションなどの技術は大学を始め高校でも教えない。しかし、「ボタン一つで後悔する間もなく送れ」る、ネットでの会話に慣れていないという点は、皮相的であまり賛成できない。私はむしろ、ディベートの精神と遊び心の問題だと思う。

    96年から97年にかけて、インターネット上のレストラン評価サイトでお気に入りの飲食店にコメントした時期がある。その時、あるステーキ屋さんに対する私の評価に感情的に反発した人がいた。 この場合は、明らかに遊び心の不足が原因であったと思う。また、 前述した会議室では、議論の仕方、ディベートの仕方が未熟で感情的な人格批判になったケースが多かった。

    いずれにしても、私は「ネット人格」なるものは、ただネット上の問題ではなく、日常のビジネス上の問題であると思うのです。スマートな議論と遊び心、この二つはこれからのビジネスパースンにとってますます重要になってくることは間違いない。

    (余談:レストラン評価サイトは今でも週1、2回は覗いているが、もう書き込みはしていない。感情的な反発を受けてから実名でのコメントは避けていたが、先日神田のある鮨屋で実名で書いていた頃の私のコメントを見て来店したお二人が隣に座った。こうした出会いこそネット社会の中でも無上の喜びではないかと思う。)

    (1999年9月20日)

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    第9回:話題の施設ヴィーナスフォート等雑感

    先日臨海副都心での打ち合わせの帰りに、パレットタウン(臨海副都心線・青海駅に直結)に寄ってきた。女性向け商業施設の「ヴィーナスフォート」、大型専門店を集めた「サンウォーク」、そして屋内型エンタテイメントパーク、 トヨタの体感型アミューズメント・テーマパークなどからなる話題の施設だ。今日は、この中にある2つの商業施設の感想を述べてみたい。

    ヴィーナスフォートは、ゲームソフト大手スクウェアのオーナー宮本氏と森ビルとが共同開発したものだ。女性にターゲットを絞って、18世紀の南仏やイタリアの街並みをイメージした空間演出と日本最大級の約400屬旅さを持つ豪華な女性用トイレで話題となった。店舗数は140店舗で、一部の飲食施設は休日前夜や週末は朝5時まで営業している。

    ファッション系は旬な女性向けのブランド店が並んでいる。だが、この立地でこのようなファッション衣料が売れるかどうか、疑問に思った。ただ、一応ポロ・ラルフ・ローレンやカルバン・クラインでは男物も売っていて、何故かほっとした。雑貨系はキャラクター・グッズの店が何店か目に付いたが、後はステレオタイプ化された店が多い。しかし、美容系はスキンケア、ネイルケア、歯のケア、アロマテラピーなど頭からつま先まで、全身をケアできる充実した内容になっていた。飲食は洋食と中華のみの品揃えだ。青龍門も今一つだし、イタ飯も当りはずれがあるし、ターゲットでないといわれればそれまでだが、私が入りたい店がない。

    アーバン・リゾート型商業施設として、ヴィーナス・フォートが競争力をもつのは、商品力の面では美容系(とトイレ)のみであると思う。事業面から見ると、飲食施設のオーバースペースが気になるところだ。店舗数で2割、面積比で約3割を占めるのは、いくらアーバン・リゾート立地といえども多すぎる(通常ショッピング・センターでは全体面積の5%が標準値だが、アーバン・リゾート立地ではもう少し可能だ)。

    一方、サンウォークは、いわば大型専門店街といえる。東京初進出のスポーツオーソリティ、日本初進出の米国の大型家具・インテリア 専門店ルームズ・ツー・ゴー、書籍雑貨のヴィレッジヴァンガード、都内最大規模のペットショップ、子供服・雑貨・遊び場からなるディアキッズパーク及び飲食施設などが出店している。

    いずれも目的性が高い店だが、個人的にはヴィレッジヴァンガードが面白い。音楽や映画、小説など趣味の書籍の品揃えが充実している 上に、昔の駄菓子屋的な雑然さの中に探検する、発見する楽しみを味わうことが出来る。今人気のある、マツモトキヨシ、ドンキホーテ、 リサイクルショップや古着屋などは、ほとんどがこのような要素を持っている点に注目して欲しい。

    こうしてみると、パレットタウン内の主な商業施設は、イメージ先行でアーバン・リゾート立地においてやや魅力に欠ける。 デックス東京ビーチと一層明確にポジションを分け、商品力を強化する必要がある。それには、前述した美容系などのような商品・サービスの差異化とサンウォーク内店舗のような遊びの要素が鍵になると思う。

    帰りがけに、台場駅のそばのホテルのバーに馴染みのバーテンがいるので寄ってみた。だが、パレットタウンの前途を暗示してわけではないと思うが、あまりにも閑散としているので驚いた。

    (パレットタウンに行かれた方は、出来れば、貴方の感想をゲストブックに残していただければ幸いです。)


    (1999年9月19日)

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    第8回:「こころのマネジメント」を読んで

    MBWA(Management by Wandering Around)、つまり、現場を歩き回って実態や問題点を把握する、といったマネジメントは時代遅れだそうだ。その代わり、MBEC(Management by Electronic Community)、すなわち、社内の「電子コミュニティ」によるメンバーのメッセージから職場の問題点を掴むやり方が、今後重要になるという。例えば、スタッフに毎週月曜の朝までにメールでエッセイを提出させる、「ウイークリー・メッセージ」がそれである。最近出版された「こころのマネジメント」(田坂広志著、東洋経済)では、このように説く。

    MBWAは、時間がかかりすぎる点と職場で進む「モバイル・オフィス化」や「ホーム・オフィス化」により人がいなくなる点で限界があるという。MBECはこの2点をクリアするばかりでなく、職場の「こころの生態系」の変化を察知しうる手法である、と著者はいうのだ。これからの情報革命の時代には、Eメールを媒体とする電子コミュニティが「こころの生態系」のもつ「創発(Emergence)」性を更に高めていくからだ(ここで「創発」とは、「個々が自由に自発的に動いているだけで、自然に全体の秩序が生まれているくる」という複雑系のもつ特質をいう)。

    私はEメールの有用性を否定するつもりはないし、1日で平均50通、多い日で100通以上のメールを受け取るユーザーでもある。しかし、MBECが今後のマネジメント手法の方向だといわれると、すんなりイエスとは言いがたい。

    その理由はこうだ。先ず、MBWAの根底にある考え方は、マネジャーあるいは組織のリーダーが頭でっかちにならず、現場主義で問題発見とその解決に取り組むべきだという点にある。これはMBECであろうと変わらないはずだ。問題はメールを手段とするECが、本当に創発的であるかという点に帰着する。ECもツールとしては不可欠だが、それだけでは創発を促すものではない。むしろコーチとして、あるいはオーケストラの指揮者としてのマネジャーの役割が重要ではないのか。

    私は「創発」を生み出すのは、ツールとしてのECではなく、むしろプロとしてのスタッフの力を引き出すリーダーのコーチング能力にあると思う。「こころの苦しみ」に対してむやみに介入せず「こころの成長」を待て、と著者はいう。この点に関しては私も同感である。しかし、共通目標をもつ組織メンバーの創発性を高めるにはどうするかといった観点からは、待つだけでは時代のスピードに取り残されると思う。皆さんはどうお考えですか?

    (MBWAの限界の一つといわれているモバイル・オフィス化に関して、一般の事業会社でどこまで進んでいるかの議論はまたの機会に譲りたい)

    (1999年9月18日)

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    第7回:パソコンと私

    私とパソコンとのお付き合いは何年になるだろう。今日は敬老の日なので、ちょっと昔を振り返ってみたい。

    20年ほど前にいたコンサル会社には、当時販売されていたパソコン各社のマシーンがほとんど揃っていた。それもスタッフ1人当り1台以上はあったので、恵まれたパソコン環境にあったと思う。というのは、その当時のボスYさんがNYCでコンサルをやっていた頃、まだアップルは創世記だったが、パソコンにはまってしまったからだ(趣味としてのみならず、それを仕事に結びつけるところがすごいところだが)。

    このような環境下だったが、Yさんを除いては、私を含めてマネジャー以上のコンサルは自分ではパソコンに触れなかった。つまり、メンバーであるコンサルがグラフをアウトプットして、秘書がワープロを打つといった状況だった。

    これがやや変化したのは、アップル社からマックの原型であるリサ(Lisa)が出てからだ。まだ発売されたばかりの頃、リサはUSAで1万ドル弱、日本では約200万円であったが、そこはYさんの神通力で無料で2台手に入った。実は、Yさんは戦略やマネジメントの本の他、パソコンを使ったビジネス・グラフィックスなどを雑誌に書いていて、モニターとしてただで使えることになったのだ。

    リサは、エグゼクティブやマネジャーがBASICを知らなくてもマネジメント用に自由自在にパソコンを使える、といったコンセプトを持つていた。現在ではお馴染みのアイコン・メニューとマウスが初めてお目見えしたのだ。

    そんなわけで、マネジャー以上のコンサルは全員リサを使って、パソコンに馴染めということになった。あまりよく覚えていないが、通常の円や棒グラフはあまりストレスなくアウトプットできたと思う。

    今、その会社に残っている役員(当時は同僚のマネジャー)をみていると、まだ会社ではあまりパソコンを使っていないようだし、個人のアドレスももっていない。リサ騒動も一過性で幹部の情報リテラシー向上には寄与しなかったようだ。

    その後、私は全国に拠点を持つ別のコンサル会社に移ったが、なんとそこではアルバイトに手書きでグラフを書かせていたのには驚いた。しかも、シミュレーションもパソコンではなく電卓をたたいていた。80年代の半ば過ぎの話ではあるが、部門に1台しかパソコンがなく、それもBASICの中でも異言語といわれていたS社製であった。

    そこで、私は自分の部署にスタンダードなパソコン(当時はN社)とそれを使える人間とを入れた。その後、パソコンと人間は増加したが、この会社で自分ではパソコンにタッチしなかった。

    私が実際にパソコンを自分で使い始めたのは、91年にコンサル会社を興してからだ。 パソコンはスタッフ用にはMS−DOS機を導入したが、私はリサの思い出もありマックを使うことにした(実はBASICをよく知らなかっただけだが)。 最初はマックで主にパーシュエーション(MSのパワーポイントのようなもの)を使って、OHP原稿や講演の配布資料を作ったが、雑誌等の原稿やコンサルティング・レポートはワープロを使っていた。

    実際に日常的にパソコンを活用し始めたのは、92年にパソコン通信を始めてからだった。もっとも、仕事上パソコンでレポートを書くようになったのは、マックからWINDOWDS 95 になってからだ。

    こうして見ると、会社の幹部に自分でパソコンを使えといっても、なかなか難しいことが分かる。部長以上に旅費精算をパソコンでやれといっても、結局秘書か部門のスタッフが処理するケースが多いようだ。皆さんの会社では役員、幹部社員の情報リテラシーはいかがでしょうか?

    だが、これからインターネットやメールによって状況は一変する。トップとマネジャー間、マネジャーとスタッフ間はもちろんのこと、トップとスタッフ間や横のコミュニケーション、ユーザーとの関係など、ますますパソコンを抜きに考えられなくなっている。

    単にワープロとしてパソコンを使うのであれば、秘書にお願いした方が早い。しかし、ポイントは、情報収集やコミュニケーションにとってパソコンが不可欠だという認識にある。この点が、役員や幹部社員の情報リテラシーを向上させる鍵となる、と思うがいかがでしょうか(日本企業でも、トップからのメールにびくびくしている幹部が増えつつありますよ(笑))。

    (1999年9月15日)

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    第6回:おしゃれなBoots!

    昨日は青山一丁目あたりに出かけたついでに、原宿まで足を伸ばしてみた。ワイフが7月末にオープンしたイギリスのドラッグストア、Bootsに行ってみたいというからだ。

    実は8月末に出たある雑誌に書いた拙稿の中に、流通外資の日本進出の一つの例としてBootsを取り上げた。だが、まだ店は見ていなかったので、喜んでワイフのお供をしたわけだ。

    明治通り沿いの、以前確か「無印良品」があった場所に出店したが、英国の店と比べて随分お洒落な店になっていた。ワイフ曰く、「英国の店と違って生活感がないわね」。なかなか的をえた発言だ、と今後のお互いの幸せのためにも誉めておいた。

    実際、PB商品の品揃えやカラフルな容器など、見て楽しい店であった。ただ、ワイフはイギリスの店で売っていたスイス製のリップクリームを探していたようだが見つからず、残念がっていた。

    もうすぐBootsは銀座のマツモトキヨシの傍にも出店するが、当分はあの辺りは若い女性で溢れることだろう。マツキヨとBootsとの銀座戦争の行方は面白くなりそうだ。時々、経過を書いてみたいと思う。

    (1999年9月12日)

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    第5回:ビートルズの思い出など

    どうも堅い話ばかりなので、今日は少しばかり柔らかい話題を取り上げてみました。<笑>

    ビートルズは20世紀のヨハン・シュトラウスである、と昔誰かが言っていた。その意味するところは定かでないが、私にとっては、いつ聴いても心が和むことは確かだ。10代半ばから20代前半にかけて、1日に少なくても1〜2時間、休みの日は数時間はビートルズのレコードを聴いていた時の感動が忘れられないのだ。

    それから、33年前の1966年7月2日に武道館で行われたコンサートの興奮が今でも昨日のように思い出す。一緒に行ったガールフレンドの顔は、もうすっかり忘れてしまったのにな。

    それにしても、昔は大物ミュージシャンがごろごろしていた。物心ついた頃には、プレスリーがいたし、ビートルズと同時期には、ベンチャーズやボブ・ディラン、キャロル・キング、ピンク・フロイド、カーペンターズそれからピーター・ポール・アンド・マリー(PPM)などがいた。

    それに比べて現在はどうか。どうもミュージシャンも小粒になったようで、グローバルに感動を呼ぶ大物が少なくなったと思う。いやそれは小父さんになって、感度が鈍っただけだとおっしゃる向きもあるだろう。そうであれば、是非これはと思うミュージシャンを教えて下さい。すぐCDを買ってきます。

    ところで、私には音楽の世界の話が、ヒット商品にも共通するように思える。ヒット商品が小粒になっているとは思いませんか?

    今、音楽はFMやTVのCF、有線放送などを通じて草の根的にヒットが生まれているようだ。派手なキャンペーンよりもその方が効果的だと聞く。もっとも今後はインターネットを通じて、全世界にヒットが波及することになるだろう。

    いずれにしても、ヒット商品が小粒になったのは、単に不景気のせいだけではなく、企業が消費者の購買心理を捉えきれなくなっているからではないかなどと思うのです。

    音楽の話がまたビジネスの話に戻ってしまった。困ったものだと自分でも思う。反省!

    (1999年9月11日)

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    第4回:地域経済を考える・その2

    確かに山口県の宇部市や小野田市は以前に比べると精彩に欠ける。町の名前をつけている第2次産業に属する企業の元気がないからだ(後者の名をつけていた企業は合併して社名も変わった)。

    しかしながら、地元出身で、最近株式公開した元気な企業も存在する。カジュアルウエアのSPA(製造小売アパレル)として知られる「ユニクロ」のファーストリーテーリングと「長崎ちゃんめん」などの中華チェーンを展開するパオである。この両社に共通するのは、社長の個性がユニークなことと独自の商品コンセプトを持っている点だ。

    米国の例を見ても、成長力が高いのはEコマースやインターネット関連のみならず、小売や外食チェーンを展開している企業群だ。これらは雇用吸収力の点でも大きく貢献している。

    私は、今後日本でも小売、外食分野において地方発のオリジナリティのある企業が誕生する可能性は高いと思う。起業家志向をもった有能な若者が、ハイテク分野だけでなく、この分野に関心を持つことを期待している。地域経済の活性化の道は、従来業種の再生の中にあると思う。

    (1999年9月8日)

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    第3回:起業家環境は80年代前半の米国並み?

    米国ではベンチャービジネスが現在の成長を支えていると言われている。ハーバードを始め有名大学の優秀な学生は、大企業へ就職するよりも起業家の道を選ぶ。しかし、70年代までは、大半の学生は大企業に就職することが夢であった。

    80年代に米国の大企業は、国際競争力の低下から大変革を余儀なくされ、リストラの嵐が襲った。その結果79年から89年の10年間に、大企業500社で370万人が解雇された。ファイナンシャル・タイムズによると、米国で起業家志向が高まったのはこの時期であるという。

    こうしてみるとわが国の雇用環境の現状は、米国の80年代の前半に似ている。とすれば、日本において数多くの有能な起業家が輩出するのは、少なくても10年後以降ではないのか。現に、慶應SFCを始め一部の有力大学で、卒業後ベンチャービジネスの立ち上げを望む学生が増えているという。10年後の日本の起業家に期待したい。

    <メモ>ちなみに、ある調査結果によると、米国人の91%は起業家を「尊敬できる職業」と考えている。だが、そう考える人は英国人では38%、日本人では8%に過ぎない(99年8月11日付け「ファイナンシャル・タイムズ」のコメント欄 "INTERNET: Making Money"より)。この差が10年後に縮まるであろうか?


    (1999年9月4日)

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    第2回:地域経済を考える

    昨日は日帰り出張で山口県宇部市と小野田市へ行ってきた。15年前と比べると、両市とも元気がない。この町を支えてきた企業の変化が、町を変えたのだ。

    私は7、8年前から、業界格差、企業格差、地域格差の3つの格差が、景気回復を不透明にしている原因であると指摘してきた。業界や企業の業績格差は、今や当然のことと受け止められている。企業環境や経営能力の差があるからだ。だが、地域格差は地域の資源に依存する面が強く、このままでは今後ますます地域差が開くと思う。

    地域おこし、町おこしなど、昔から地域で熱心に行われているが、今一つパッとしない。その原因は、有能な人々が地域に残らない点にある。もっとも魅力的な働き口があれば、地元に定着するのだが。

    いずれにしても若者の職業観の変化を待つのみならず、起業という観点から、これまでの地域振興の発想を考え直すときだと思う。


    (1999年8月31日)

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    第1回:週末の銀座界隈を散歩して

    夏休み最後の週末になった。そのせいか昨日の銀座は大分混雑して<いた。行き付けのデパートを覗いて、いつものコースを散歩したが、どこも家族連れなどで一杯であった。

    それにしても、最近繁華街の風景が変化している。特に、金融機関の支店やCDコーナーが統合・撤退され、その跡に外資系の小売業や外食が進出している点が目に付く。例えば、英国のドラッグストア「ブーツ」が7月末に原宿に1号店を出店。この秋には銀座のN証券の跡に出店する。この他、快進撃中の「スターバックス」が日本橋界隈の地銀のCDコーナー跡に出店、ファミリーレストラン系の惣菜店が御茶ノ水の銀行跡に出店、等々(繁華街におけるビジネスの動向については、8月27日発行の「月刊レジャー産業資料」9月号に執筆したので、関心がある方はご一報ください。コピーを進呈します) 。

    こうして見ると、内需型のビジネスといえども、グローバルな競争の波から逃れることは出来ないことが分かる。メーカーは無論のこと、内需型の流通、サービスなど生活関連ビジネスも経営革新による競争力強化が求められているのだ。

    今後は日本企業による繁華街の変身に期待したいと思う。

    (今回がこの日記の初めての書きこみになります。肩の力を抜いて末永く書き続けたいと思いますので、どうぞよろしく。)


    (1999年8月29日)

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