私とパソコンとのお付き合いは何年になるだろう。今日は敬老の日なので、ちょっと昔を振り返ってみたい。
20年ほど前にいたコンサル会社には、当時販売されていたパソコン各社のマシーンがほとんど揃っていた。それもスタッフ1人当り1台以上はあったので、恵まれたパソコン環境にあったと思う。というのは、その当時のボスYさんがNYCでコンサルをやっていた頃、まだアップルは創世記だったが、パソコンにはまってしまったからだ(趣味としてのみならず、それを仕事に結びつけるところがすごいところだが)。
このような環境下だったが、Yさんを除いては、私を含めてマネジャー以上のコンサルは自分ではパソコンに触れなかった。つまり、メンバーであるコンサルがグラフをアウトプットして、秘書がワープロを打つといった状況だった。
これがやや変化したのは、アップル社からマックの原型であるリサ(Lisa)が出てからだ。まだ発売されたばかりの頃、リサはUSAで1万ドル弱、日本では約200万円であったが、そこはYさんの神通力で無料で2台手に入った。実は、Yさんは戦略やマネジメントの本の他、パソコンを使ったビジネス・グラフィックスなどを雑誌に書いていて、モニターとしてただで使えることになったのだ。
リサは、エグゼクティブやマネジャーがBASICを知らなくてもマネジメント用に自由自在にパソコンを使える、といったコンセプトを持つていた。現在ではお馴染みのアイコン・メニューとマウスが初めてお目見えしたのだ。
そんなわけで、マネジャー以上のコンサルは全員リサを使って、パソコンに馴染めということになった。あまりよく覚えていないが、通常の円や棒グラフはあまりストレスなくアウトプットできたと思う。
今、その会社に残っている役員(当時は同僚のマネジャー)をみていると、まだ会社ではあまりパソコンを使っていないようだし、個人のアドレスももっていない。リサ騒動も一過性で幹部の情報リテラシー向上には寄与しなかったようだ。
その後、私は全国に拠点を持つ別のコンサル会社に移ったが、なんとそこではアルバイトに手書きでグラフを書かせていたのには驚いた。しかも、シミュレーションもパソコンではなく電卓をたたいていた。80年代の半ば過ぎの話ではあるが、部門に1台しかパソコンがなく、それもBASICの中でも異言語といわれていたS社製であった。
そこで、私は自分の部署にスタンダードなパソコン(当時はN社)とそれを使える人間とを入れた。その後、パソコンと人間は増加したが、この会社で自分ではパソコンにタッチしなかった。
私が実際にパソコンを自分で使い始めたのは、91年にコンサル会社を興してからだ。
パソコンはスタッフ用にはMS−DOS機を導入したが、私はリサの思い出もありマックを使うことにした(実はBASICをよく知らなかっただけだが)。
最初はマックで主にパーシュエーション(MSのパワーポイントのようなもの)を使って、OHP原稿や講演の配布資料を作ったが、雑誌等の原稿やコンサルティング・レポートはワープロを使っていた。
実際に日常的にパソコンを活用し始めたのは、92年にパソコン通信を始めてからだった。もっとも、仕事上パソコンでレポートを書くようになったのは、マックからWINDOWDS 95 になってからだ。
こうして見ると、会社の幹部に自分でパソコンを使えといっても、なかなか難しいことが分かる。部長以上に旅費精算をパソコンでやれといっても、結局秘書か部門のスタッフが処理するケースが多いようだ。皆さんの会社では役員、幹部社員の情報リテラシーはいかがでしょうか?
だが、これからインターネットやメールによって状況は一変する。トップとマネジャー間、マネジャーとスタッフ間はもちろんのこと、トップとスタッフ間や横のコミュニケーション、ユーザーとの関係など、ますますパソコンを抜きに考えられなくなっている。
単にワープロとしてパソコンを使うのであれば、秘書にお願いした方が早い。しかし、ポイントは、情報収集やコミュニケーションにとってパソコンが不可欠だという認識にある。この点が、役員や幹部社員の情報リテラシーを向上させる鍵となる、と思うがいかがでしょうか(日本企業でも、トップからのメールにびくびくしている幹部が増えつつありますよ(笑))。
(1999年9月15日)
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