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1998年3月
『陋巷に在り 8 冥の巻』
酒見賢一、新潮社

シリーズが延々つづいています。最初は快調にストーリーが動いていたのに、最近は「巨人の星」みたいになっちゃった。つまり、星飛雄馬が一球投げるのに30分かかっているような状況。

さて、物語は孔子の第一の弟子、顔回を主人公に、春秋時代の魯の国を舞台にオカルティックな激闘が繰り広げられる。孔子は「鬼神に事(つか)えず」と『論語』の中で言っていますが、そう言うってことは、鬼神という存在があったわけで、プラグマティックな哲学に見える儒教も孔子以前は巫術であり、礼は・・・と、この作家らしい蘊蓄が楽しい。そして荒唐無稽なオカルトウォーがじつに説得力あるドラマになっています。漢字の勉強にもなるし。

しかあ〜し。最近はどうもかったるいのである。悪いときの司馬遼太郎みたいで、活劇の途中で長い解説が入る。本来は孔子の三都毀壊の計とか、策略家少正卯とか、いろいろな筋がからみあっているのに、この8巻なんか登場人物が極少。

謎の美女、子蓉(しよう)。その眉術に憑かれた少女、[女予](よ)。彼女を救うために南方の秘術を使う放浪の名医、医[鳥兒](いげい)。そして、顔回。その幼なじみにして見守り役の五六。ニューキャラは祝融という南方の女神。今回の白眉は医[鳥兒]の秘術と、祝融と顔回が同行する九泉(死後の世界)行き。なかなか面白いのだけれども、前回(7巻)始まった戦いが今回(8巻)でもまだ決着がつかないってのは、何とかしてほしい。

『敵対水域』
ピーター・ハクソーゼン、イーゴリ・グルジン、R.アラン・ホワイト、三宅真理=訳、文藝春秋

K-219に搭載されているRSM-25ミサイルは、この艦の存在理由であると同時に、危険な火種でもあった。アメリカの潜水艦が搭載するミサイルには、固形のロケット燃料が充填されている。しかしロシアのそれは、四酸化ニトロゲンとヒドラジンという二種の液体を燃料としている。海中の、おそるべき水圧下に、発火しやすい二つの燃料が貯えられているのである。発火には何ら複雑なシステムを必要としない。四酸化ニトロゲンとヒドラジンはただ互いに接触しただけで自発点火する性質を持っているのだ。しかも四酸化ニトロゲンには、普通の海水とも高度の化学反応を起こす性質がある。そして建造十五年の老朽潜水艦ほど海水が漏れ入りやすい場所がほかにあるだろうか。

1986年に実際に起こったソ連のミサイル原潜の事故を描いたノンフィクションですが、これが滅法面白く、読ませる。実際の潜水艦の中はどんなんかなあ、という資料的興味で読み始めたのですが、たちまちやめられなくなり、久しぶりに涙を流しながら読み終えました。

アメリカに核の脅威を与えるためのパトロールに出動したK-219の第6ミサイルサイロに海水が漏れ、海水が四酸化ニトロゲンと混じってできた硝酸はミサイル管を浸食して、ついに爆発・火災が発生する。そして、それは「事件」のほんの始まりに過ぎなかった。浮上できるのか? 他のミサイルには引火しないのか? 原子炉をコントロールすることはできるのか? 故郷に帰れるのか? もし帰れても、処罰はどうなるのか?

アメリカの庭先で起こった事故、しかも歴史的軍縮合意はなるかと注目されたレイキャヴィクでのレーガン・ゴルバチョフ会談の1週間前という時期。ソ連軍幹部は規則をたてに、決してNATOなど外国の援助を受けるなと指令する。無能。責任のなすりつけ。人命よりも秘密保持。アメリカ軍は軍縮に抵抗する好機、ソ連の原潜とミサイルを丸ごと手に入れるチャンス、と救助どころか妨害に走る。

そんな中で必死に戦う乗組員たち。艦長をはじめ、人物描写が短くも的確で、ドキュメントにありがちな冗長さがまったくありません。むしろ、最上質のハードボイルドの水準です。彼らの犠牲的精神は、アリステア・マクリーンの『女王陛下のユリシーズ号』を思い出させます。原子炉を手動で(!)停止させるために灼熱地獄に赴くセルゲイ・プレミーニン機関水兵のシークェンスは、白眉でしょう。ああ、また思い出して涙が出てきた。

"Hostile Waters"という原題は、なかなか意味深です。もちろん、敵国が支配する海(この場合はアメリカに核ミサイルを突きつけるソビエト原潜にとって)でしょうし、船乗り(とくに潜水艦乗り)にとって海は敵意に満ちた命を奪おうとする水でもあります。あるいは、老朽艦を不十分な整備で敵の鼻先に送り出す軍の体制かもしれないし、またはお互いに核を喉先に突きつけあう不毛な冷戦の構造を指しているとも思える。

ところで、やっぱりというか、トム・クランシーがよくまとまった推薦文を寄せています。彼は、

事件当時、私はそのロシア人乗組員にほとんど同情を感じなかったことを記憶している。しかし今、私は間違っていたと思う。敵といえばたしかに敵であったかもしれないが、彼らとて同じ人間である。

と素直に吐露しています。保守的アメリカ人の平均的な感想かもしれませんが、ある意味でアメリカ人が無意識にもっている自己中心的差別思想が露になっています。恐ろしいことです。しかしここは、お互いを知り、理解し合うことで偏見が溶けていくいくことに希望がもてる、という風に考えたい。

著者は元アメリカ海軍大佐ハクソーゼン、ロシア海軍大佐でK-219に副長として乗り組んだ経験もあるグルジン、プロの作家のホワイトの共著で、豊富なディテールと緊迫感を保ったストーリーテリングも納得できる。皮肉なのは、崩壊したソ連からは航海日誌など多くの生の情報によって構成が可能になったのに、アメリカ海軍は秘密のベールをおろしたまま、というところで、これからは旧ソ連発のルポが面白そうです。

『悪党』
ロバート・B.パーカー、菊池光=訳、早川書房

もう、スペンサー・シリーズなんか読むもんか! 少なくとも買わない、図書館で借りるんだ! と全作品を売り払ってしまったあの頃。そう、あまりに低迷し、マンネリで、ミステリーにもハードボイルドにも値しないと怒っていたあの頃。

でも、やっぱり買っちゃった。前作『チャンス』と一緒に。長いつきあいなので、最後まで見届けたいものね。スペンサーはますますインテリ臭が鼻につき、スーザンはヘルシー・フリークで気取り過ぎ、それはあまり変わらない。ホークは相変わらずかっこいい。『チャンス』はまたも凡作でがっかり(もはや期待していないが)。ボストンの裏世界のボス住みわけカタログとラスヴェガス案内でしかない。しかし、『悪党』ではちょっとだけ久しぶりのゾクゾク感が味わえます。

「彼を殺すつもりなのか?」ヒーリイが言った。
私はまた頷いた。
「エリス・アルヴズのような人間のために冒すにしては、かなり大きな危険だな」ヒーリイが言った。
「彼はアルヴズのために危険を冒すのではない」クワークが言った。
「それなら、いったい誰の・・・・・」ヒーリイは途中で言葉を切って口を閉じ、一分ほど私を見ていた。そのうちに頷いた。
「答えなくていい」彼が言った。

そう、ひとり自分の誇りをかけて立ち向かう男。そして、なんとスペンサーは銃撃されて生死の境をさまよう。ただし、ここだけ、と言ってもいい。敵役の「灰色の男」のキャラクターが惜しい。もっとエピソードを入れて陰影を出してほしかった。ストーリーがシンプルというか単純すぎる。謎がない。それなら、脇役にもっと印象的な人物がいないと。グレンダなんていい線いってるのに。撃たれてからのリハビリの戦いとホークとの会話も、いいんだけど、なんか予定調和で意外性がない。もはや語り口のうまさではどうしようもない、ということがパーカーはわかっているのでしょうか?

『目覚める殺し屋』
ロバート・リテル、雨沢泰=訳、文春文庫

久しぶりのリテルです。この人は実に変な、しかも玄人受けのするスパイものを書き続けています。1作ごとにまったく違う構造だし、登場人物は一風変わっているし、妙なユーモア感覚もあってこたえられません。なおかつ、ミステリーファンをうならせる意外なオチ、そこはかとなく描く人間の機微。最近の『最初で最後のスパイ』『ロシアの恋人』では、歴史小説、恋愛小説への傾きを見せていた(でもやっぱりスパイの話)リテルが、今度はポスト冷戦、湾岸戦争後の現代を背景にひとひねりしたスパイものを書いてくれました。

そう、今でもスパイは生きているのです。しかも、昔懐かしいKGB対CIAという形で。もちろん、すでにKGBという組織は改編されてなくなっています。そのへんは読んでみてのお楽しみ。KGBの殺し屋がパルジファル。アンティークの銃を使ったりする。これとは別に、湾岸戦争の元兵士フィンが、いろいろあってインディアン(と作品中では書いている。ネイティヴ・アメリカンというのかな、今は)居留地に不時着する。この2つの線を織りなすパルジファルとフィンが交錯するところから、ストーリーが転換していく。

筋は、実は単純。でも、リテル独特の人物造型の陰影がいい。裏の大物も、インディアンの人々も、ひとりひとりが印象的で、またちりばめられている湾岸戦争のスケッチやインディアンのエピソードが生きている。皮肉屋で、人間観察家で、短い描写なのに忘れられない余韻を残す味なところはリテルならでは。

リテルを好きなのがバレバレですね。よく見ていくと欠点もあるんですけど、冒頭から読者を引き込むうまさ、ワキ役の存在感は抜きんでています。何より、オーソドックスなスパイ小説の枠組みで現代を舞台に真っ向勝負した勇気に、脱帽。


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