Bon Voyage! HOME > BOOK REVIEW >August, 1998

1998年8月
『ハイダウェイ』
ディーン・R.クーンツ、松本剛史=訳、文春文庫

というわけで、クーンツを個人的に再発見したのでしばらく凝ってみます。

しかし、実に『ミスター・マーダー』と似ているなあ。好人物の家族が恐ろしい怪物に襲われるという骨格はそのまま。というか、クーンツってだいたいこうなんだっけ? それにしてもいったん死んだ人間を蘇生させる細かい描写がすごい。それに殺した死体をコレクションする性格異常者の独白に説得力があっていかにもホラーだ。欲を言えば、蘇生医の宗教画コレクションに付け加えてディテールがほしかった。18世紀イタリアっていうことは、バロック後期かな? かなりおどろおどろしいぞ。

しかしだ、酒鬼薔薇の思考回路と実に近い気がして、なんだかノンフィクションのようなリアリティ(というか、これを少年は読んでいたのか?)を感じてしまった。簡単に「異常者」と世間は言うが、実はいつの時代にも普遍的に存在する志向/嗜好/思考なのかもしれない。

(以下は私の独白)
だいたい、人を殺してはいけない、というのはア・プリオリに前提される公理ではないと思うのだ。非ユークリッド幾何学のように、常識とは違うかもしれないが理論的には存在しうる悪魔の倫理学だってきっとある。こういうことを口走ると、たぶん誤解されると思うが。「どうして、人を殺すのは悪いことなんですか?」と質問した子どもは、非常に鋭い哲学的問いを投げかけていたのだ。あなたは、この質問にどう答えますか? 「そんな常識もないのか!」と怒る人は、すでに思考停止しています。100人のために1人を犠牲にすることは許されるのか? 1万人のためならいいのか? 脳死臓器移植は? 戦争は犯罪か? 死刑は? などなどの現代倫理学の課題は、「人の命の価値」の前提を問い直すことからしか始まらない。

あ、ちなみに私は殺人を許容しているわけじゃあないですよ。血を見るのがきらいで医学部に行かなかったくらいだし。普通の生活者だからね。こういう奴が危ないらしいが。

それはさておき、だいたいの筋が読めるし、もっと怖くもできたのに自制しているようなところもあって、今一つでしたな。主人公が性格異常者とテレパシー交信するのなら、正常なはずな男が突如変貌して妻を襲う、とか。そして目覚めて恐怖に陥るわけですこれ、けっこう怖いよ、自分でコントロールできない狂気なんて。死体のコレクションだって、もっと緻密に書いてくれればそっちのファンには嬉しいはずだけど。どうでしょうか?

『エヴァン・スコットの戦争』
ミッチェル・スミス、布施由紀子=訳、新潮文庫

『エリー・クラインの収穫』『ストーン・シティ』につづく3作目。しかし、実は古本屋で買った。決して安くはなかったが、ミステリーの文庫は見つけた時に買わないと、悔しい思いをするのだ。

ベトナム戦争の悪夢に悩む資産家の建築家が、インドの殺人宗教の一家とニューヨークで対決するという、これだけだとパルプフィクションにもならないような設定なのだが、ねちっこいリアルな文体でたたみかけられるとついねじ伏せられてしまうのだな。

こういう粘液質で執拗なディテール描写でありながら、スピーディーなストーリー展開で事件を次々に見せていくエンタテインメントに持っていくところは、果たして成長なのか、妥協なのか? う〜ん、面白いし、キャラクターもいいし、骨格も陰影もしっかりしているけど、前2作を読んでしまうと物足りないよねえ。

女刑事の生理や性生活まであからさまに書き込んだり、刑務所の心理的残酷を克明に描いたスミスなら、もっとやってくれるだろうという期待をしてしまうのは酷だろうか。

とはいえ、水準は十分いってますよ。冒頭、高層ビルから落ちる女と目を合わせるシークェンスから、次々と人が死に、ベトナムがカットバックされ、カーリー(ヒンドゥーの女神)が血に飢え、一家で敵を迎え撃つまで一気に読ませます。

『ミスター・マーダー』(上・下)
ディーン・クーンツ、松本剛史=訳、文春文庫

クーンツという作家は私にとっては鬼門だった。というのは作品数が多い上に初期作品には入手困難なものが多く、とにかく処女作から順番に読み込みたい私としては、どうしてもつまみ食いになるしかない。また、クーンツのような超自然もの、ホラー、SFはサブジャンル=副専攻で、ちょっと畑違いということもあり、あまり読んでいないのだ。『戦慄のシャドウファイア』『ウォッチャーズ』ぐらいか。しかも当初は「B級SF、ホラー書きなぐり」粗製濫造作家というイメージがあったせいか、邦訳出版はさらに安っぽい訳文・装丁でそのイメージを増幅してしまった。ベストセラー連発でスティーヴン・キングの後継者として持ち上げられた頃も、設定とプロットのマンネリ、人物造型が一面的、テーマの掘り下げに深みがない、などと批判が多かった。しかし、この作品は市井の読書子に評判がよく、しかも瀬名秀明による長い解説があるので買ってみました。

さて、これはなかなかよろしいです。作家本人が気に入っているのもうなづける。

1. だいたい、登場人物が少なく、しかもそれぞれが印象的な外見と個性を持っている。これが類型的に陥らず、むしろ象徴的なメタファーとして感じられてくる。とくに<ネットワーク>の追跡者のドルーとクロッカー、それに主人公の2人の娘、シャーロットとエミリー。なんか、聖書ではないが実に意味ありげで、想像力を掻き立てる。

2. 物語を推進する動因=ドラマトゥルギーをしっかり内包しているので、 ストーリーは単純だが力強い。つまり、暗殺者として養成された男が突然、任務を放棄して暴走し始める。自分の人生を取り戻すために。その行き先には彼とまったく同じ姿形の作家(=主人公)が平穏な家庭生活を営んでいた。ネタバレを恐れず言えば、クローンが元の遺伝子を探知して、失われている自己の「居場所」を求めて侵入してくるわけで、これはどちらかが破滅するまで戦いが続く。そこに、男をコントロールしていた<ネットワーク>が追跡をかけてくる。

3. なおかつ、筋の運びに破綻がなく、論理的整合性が高い上に、最後のトゥイスト、エピローグまで神経が行き届いている。難を言えば、DNA複製とか、自己再生(ケガを直す自己治癒能力による不死身に近い身体)という道具立てが新味がないが、その分よく吟味されてケチのつけようがない完成度のないプロットが実現しているとも言える(ただ、この結末だと、全体主義に反対するところだけ強調されてしまっていて、もったいない気がする)。

とはいえ、う〜ん、実に好みですねえ。

しかも、ミステリー作家を主人公にしている点、作家自身の投影を当然連想するわけですが、それを逆手にとって「物語の価値」についてびんびん問題提起をしてきます。あるいは、作品全体が本へのオマージュと言ってもいいかもしれない。

解説によれば、クーンツがジェットコースター的小説からより深い省察へと転換するちょうど転換期に当たる作品だそうで、たしかにまったく長さを感じさせないダイナミックな流れと、ある問題意識が共存しています。エンタテインメントとしては一級品でしょう。

なにより、主人公を襲う「片割れ(the other)」が内面を独白するあたりは、怖くて哀しい。ただのモンスターでも狂人でもなく、存在の根源的哀しさを思い知らされる。どこか、シェークスピアを想い出させるような。一過的な娯楽小説から人間の普遍的な問題への思索へと昇華しようとする境目に生まれた傑作(だろうと思います。クーンツを全部読んでいるわけではないので)。


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