デンマークの現状
政治、福祉、教育について
その分野での日本との比較
2014/7/11
Mr
Bent Lindblad
講師は元デンマーク大使館参事官。
日本は人口減少を止めることができなくて危機感をもっているようだが、デンマークはこの問題を50年前に解決して、現在は人口減問題はない。デンマークの
女は
子供生むことに抵抗感を持たない。その理由は幼児の養育、老人の介護はすべて国がしてくれるからである。生み落せばあとは国が面倒をみてくれる制度がある
からで日本を含む他の先進国はこの問題を解決できていない。
デンマークは50年前に労働力不足を補うために外国人の導入をしたが彼らにデンマーク語を教えるのが難しいとわかり、女性を労働力としてつかうこ
とに決定した。デンマーク人、スェーデン人、ノルウェー人はドイツから移動してきた人々でドイツ語の系統に属するが長い間に少しずつ差が出てきている。今
では自国語で話した時、これら三国の人ならかろうじ
て理解できる程度の差異である。ちなみにフィンランド語は全く異なるウラル語族でハンガリー語に近い。ウラル・アルタイ語族の日本語と共通点は殆どない。
aho →「阿呆」、vaaka →「馬鹿」などは偶然の一致。ちなみに1994年の英国映画「フォー・ウェディング」
のなかでヒュー・グラントが Baga,bagaと呪いの言葉を吐く場面があるが、これは何語なのだろう。
デンマークの人口は神奈川県より少ないのに面積は九州程度あり。かつフラットであるため農業が主産業だった。人口の8倍の2,000万人分の食糧を生産し
ている。農家の三世代は一つ屋根の下に住み、そこで女
性は日本と同じく子育てと老人の介護をしていた。50年前に人手不足に直面した時、これを補うためには女性をこの子育てと介護から開放しないかぎり無理と
分かった。そこで国家がまとめて子育てと介護を行うことになった。そのための税負担が50%になっ
てもやむを得ないということを全国民が民主主義の原則に従い皆で話し合って納得してきめた。したがって日本のように税金はお上に取られるという意識はな
く、自分達で金を出し合って育児、教
育をまとめて国にお願いしようという意識が高い。政治家の40%は女性で、政治家はこれらを管理する人
間として信頼されている。市会議員は無給。夫婦共稼ぎとなるため家計の年収は2倍となるため、税負担が50%でも実質25%になり、悲惨な感じはない。と
はいえ法人税は国際競争のため20%程度に抑えている。
さてノルウェーの産業はなにかといえば、まず農業。それも豚肉である。チーズは名産品として日本人も知っているが豚肉がデンマークの日本への主要な輸出品
だとは日本人はだれも知らない。その理由はデンマークの農家は子豚をドイツに輸出し、自分がもつドイツの農場で育てそこでそこで屠殺して冷凍肉にして日本
に輸出し、日本はこれを輸入してハムやベーコ
ンを作っている。鎌倉ハムなどがその代表例。デンマークでは環境規制がうるさいので屠殺はドイツで行うのである。豚肉の次はNOVO社のインシュリンが主
要な輸出品である。昔は豚の膵臓から抽出していたが、いまでは組み換えDNA技
術によって製造されている。日本と中国には糖尿病患者が多く、日本と中国が最大の顧客だ。日本にはこれを販売するNOVO社の社員は1000名いる。海運
業も主要産業で、A.P.
モラー・マースクはコンテナー輸送に強い。横浜港の横浜・南本牧は2バースはこの会社の専用である。北海油田をもっているため石油生産も主要産業である。
全てのデンマーク人は18才になれば、月9万円の手当がでるため、アルバイトをすれば親の仕送りなしに大学を出れる。初任給は月40万円で、昇給はないた
め高給がほしければ転職する。
デンマークも一時期原発を持とうと計画したが、コペンハーゲンの目と鼻の先のスエーデンに先に原発ができたのを見たデンマーク人はその危険性に目覚め、つ
いに原発を建設しなかった。その代わり風力発電に力をそそぎいまでは風車輸出が主要な産業になっている。
建前は徴兵制であるが今時の軍は人数は不用。徴兵は忌避できるが2年間の奉仕が代償。徴兵されれば車や重機の運転資格が手に入るので従う人が多い。一旦入
隊すればドイツのような抗命権・抗命義務は
ない。
アンデルセンは各国語に翻訳されよくよまれているが、デンマークでは江戸時代の草紙を読むようにデンマーク古語のためデンマークの子供たちは読めない。
2014/7/19
のNHKスペシャルで「人手不足対策の特集」をしていたがシンガポールで移民政策を採用したが移民が少子化してしまい人口は増えず、結
局減少しはじめた。したがって移民は人口減の解決策にはならない。人口減対策はその人口減の原因となっている女性の負荷を減らす政策を採用しない限り解決
しないということが分かる。
神経科学者のロバート・M・サポルスキーがケニアの森でヒヒの群れを20年以上観察した回顧録「サルなりに思い出すことなど」のなかでストレスを下位の個
体に押し付けるヒヒの社会は崩壊に危機に瀕したと記す。この記録は人間社会にたいする黙示録だろう。ヒヒの社会は人口減の社会の縮図かもしれない。
養老孟司は「身体巡礼」で「家族をはじめとする共同体が完全に機能していた時代には死と生の境界はあいまいである。しかし共同体が崩壊すると人は社会保障
と立派な墓にたよえうようになる」という。「20世紀は石油という偶然のおかげで社会保証は機能し、共同体がなくとも死ぬことは可能になったが、石油がな
くなったら人はどのようにして死ぬことができるのか?立派な墓は共同体が消えた補完物である。墓の延長上に建物や都市がある。ヒトは安らかに死ぬために建
物や都市は死を隠ぺいするのだ」という。しかし養老氏はデンマークのことを勉強していない。国
を共同体にできればよいのだ。た
しかにデンマークには北海油田があった。しかしこれは枯渇したのに、デンマークは破綻していない。
Rev.July
20, 2014
July 13,
2014