読書録

シリアル番号 999

書名

Economics An Introductory Analysis Third Edition

著者

Paul A. Samuelson

出版社

McGraw-Hill Book Company

ジャンル

経済学

発行日

1955

購入日

2008/12/31

評価

K氏の形見分けの蔵書。Asian Students Edition

K氏は東大法学部を出たとき肺結核で3年遅れて大蔵省のキャリアとしてスタートした。新婚時代に藤沢税務署長として共産党との刑事・民事闘争に巻き込まれ、一旦バンクーバーのジェトロ駐在員となって冷却期間をおき、本省にもどった。1976年福田内閣秘書官、1978年大平総理秘書官となり夫婦ともども大平家の実印の保管場所まで知り尽くした。1982年中曽根総理秘書官、1988年主計局長、1990年橋本大蔵大臣の時大蔵事務次官となった。1990年から91年にかけ大蔵省は不動産向け貸出量を抑制する総量規制を行った。K氏はこうして奇しくも三重野日銀総裁と共に1991年のバブル崩壊の引き金を引いた人となった。バブルは大きくならぬうちにつぶさねばならないのだ。1992年公正取引委委員長、1998年日本開発銀行総裁、1999年日本政策投資銀行総裁などを務めていたが、橋本大蔵大臣の時の苦労で命をちじめ、72才で心筋梗塞で死去。

翻訳本「経済学」の原著。

著者はMIT教授。サマーズはポール・サミュエルソンの甥。サマーズの伯父にやはりノーベル経済学賞受賞者のケネス・アローがいる。ケネス・アローはサンタフェ研究所の創立者の1人である。

私が駆け出しのころ書かれた古い教科書なので当然1960年代に考案されたマンデル=フレミング・モデルなどはでてこない。ジョン・ヒックスが1937年に開発したIS=LMモデルすら言及なし。サミュエルソンもクルーグマンもケインジアンだと理解している。ケインズ自身は財政出動型のいわゆるケインジアンではなかったといわれるが、一般にはケインジアンは積極財政出動型の考え方をすると理解されている。

米国は1920年代の大恐慌以降、ケインジアン的な経済運営をしてきた結果として大きな政府を持つようになっていた。サプライサイド経済学をひさげて小さな政府を目指して登場したレーガン以降、共和党のブッシュ、民主党のクリントンもサプライサイド経済学のご神託にしたがい規制緩和をしてきた。1933年に制定された商業銀行業務と投資銀行業務(日本には存在しないが商社が一部同様な投資をしている)ないし証券会社を区別して規制するグラス・スティーガル法は1980年代の規制緩和のなかで骨抜きにされ 、1999年には廃止されてしまった。2008年に発生した米国の金融危機はこの規制緩和で大胆になった投資銀行が 行過ぎた投機行為をした結果発生したバブルが崩壊したため軒並みつぶれて発生した。米国ではこの反省に立ち投資銀行業務の規制が検討されている。日本はアメリカの動きに連動して法改正をしてきた。幸いなるかなまだアメリカ程緩和されていない。不幸中の幸いであろうか?

2008年10月の米国の不動産・金融バブルが崩壊した後、本書の著者、ポール・サムエルソンは朝日の取材にたいし「今回の不動産・金融バブルの破裂は極右サプライサイド経済学に乗ったレーガン以後の共和党政権に責任がある。なかんづくブッシュ二世政権は証券取引委員会委員長に無能で利益相反のコックスなる人物を指名し、規制をなにもしなかった。これに加え悪魔的でフランケンシュタイン的怪物の金融工学が危機を深刻化させた。グリーンスパンも95年の株式バブルに対策を講じなかったことも惨状をまねいた。レーガン共和党政権を米国民が支持したのはジョンソン民主党政権が公民権法を通したため、南部の白人層が共和党支持に回ったためである。1929年の世界大恐慌はフーバーが悪化させた。フーバーはケインズをマルクス主義者呼ばわりする人物で恐慌になんら手をうたなかったため、傷を深くした。大恐慌になるのを避けるためには赤字財政であろうとフランクリン・ルーズベルト的な財政出動が大切となる。ただ経常赤字が積み重なり、ドルからの逃避が発生するおそれがあることは気がかりではあるが」 と総括した。

時あたかも待っていたようにポール・クルーグマンがノーベル経済学賞を受賞した。ヨーロッパからのメッセージであろう。ながらくシカゴ大学のミルトン・フリードマンの説に従ってきた共和党政権はケインズ的な経済運営をする民主党に政権をゆずるのであろうか。来週には結果がでる。(民主党 のオバマ候補が選ばれた)日本の民意はどうなるのであろうか?

ポール・サムエルソンがドルからの逃避が発生するおそれがあることに懸念を示した事に関しては、ノーベル経済学賞受賞のジョセフ・スティングリッツはかってジョン・メイナード・ケインズが1944年、ニューハンプシャーのブレトンウッズ(Bretton Wood)会議で提唱し、受け入れられなかった国際通貨バンコール(Bancor)とおなじ、特定の通貨に依存しない多角的でグローバルな準備通貨が必要とされると、朝日の記者に語った。各国通貨のバスケット方式でIMFのSDR(特別引き出し権)を恒久化したものという。

バンコールのような単一通貨がのぞましい、だが1971年のニクソンショックで金とドルの交換が停止されたにもかかわらずドルの基軸通貨の地位は変わらなかった。「世界中の多くの人が基軸通貨として使うから世界中の多くの人が基軸通貨として使う」という「自己循環論法」 またはケインズが指摘した美人投票の心理に支えられて、通貨の発行国の経済力とは独立にドルは流通し続けた。米国はドルがシニョレッジを与えてくれていると自覚したので、自らは放棄しないだろう。ただ時期がいつか分からないが米国のシニョレッジは最終的には米経済の崩落に終わることは必定である。

文春新年号に掲載された東大の経済学者岩井克人が紹介したケインズの資本主義の理解の仕方が興味深い。その本質は「美人投票」だというのだ。心は「美人投票で正解率を競う場合、自分が美人だと思う人に投票しても成功しない。皆が美人だと思う人に投票しなければならない」である。株で金儲けをしようとおもったら皆が買う株を買わねばならない。こうしてバブルは必然として発生する。

だいたい貨幣そのものが、美人投票で成立している。紙幣や電子のドットにすぎないものを皆が信じているから、すなわち美人だと思っているから貨幣が成立しているのだ。ここに自己循環論法が成立する。

ニクソンがドルの金互換を停止してもドルが基軸通貨として生き残ったのも皆が美人だと思っているからにすぎない。世界中の人がドルは美人でないと思うだとうと皆が思いはじめたらある日突然ドルの取り付け騒ぎ(発行米ドルの7割は米国外の流通しています。もしドルの価値が下落するかもしれないと世界中の人が思い始めるとドルを米国産物品に交換するという騒動が持ち上がる)が発生して米国でスーパーインフレが発生し米経済は崩壊する。こうして死んだケインズは生き返ったのだが。

京都大学名誉教授伊藤清が考案した熱伝導方程式型偏微分方程式を転用して構築したブラック・ショールズ式を駆使する金融工学などはポートフォリオのマネジメントでリスク分散するだけのものでバブル破裂のような相転移的なカタストロフィー現象は当然扱えない。

ケインズにしろミルトン・フリードマンにしろ今我々が持っているマクロエコノミックスは今回のカタストロフィーを予言できなかったわけで不完全と言わざるを得ない。

アジア開発銀行総裁の黒田東彦氏は米国では消費と投資の合計が国内生産を上回ったために経常赤字なのに、投資が生産設備ではなく住宅投資に向かってしまった。アジアでは年金制度が未整備のため、貯蓄性向が高く、アジア通貨危機で疲弊した企業が投資をしなかった。こうしてアジアでは経常黒字が継続した。この経常収支の不均衡が危機の背景にある。加えるに米国の住宅ローンは返済不能になったとき、担保である住宅を銀行に差し出せば、債務者はそれ以上の負債はないという仕掛けであるためますます住宅価格は下落する傾向にあると指摘する。

Rev. January 31,  2009


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