読書録

シリアル番号 944

書名

未来をつくる資本主義 世界の難問をビジネスは解決できるか

著者

スチュアート・L・ハート

出版社

英治出版

ジャンル

ビジネス

発行日

2008/3/29第1版第1刷

購入日

2008/4/5

評価

原題:Capitalism at The Crossroads Alligning Business, Earth, and Humanity by Stuart L. Hart

丸の内の丸善にでかけ別役実の「ただしいお散歩の仕方」を購入して出てきたとき、入り口に平積みにしてある本書を目にして手に取った。 アル・ゴアが序文を書き、クレイトン・クリステンセンらが推薦の言葉を述べている。

「環境、エネルギー問題、貧困、人口増加、テロなどの世界の難問をビジネスは解決できるか」と帯に書いてある。グローバル環境問題は国民国家の枠を超える問題で世界政府のようなものがなければ旨く調整できない。国連は拒否権を持つ米、ソ連、中国などがノーといえばそれでおしまいである。国民国家内部ですら日本を見ても分かるように、それぞれの利害団体が役所も取り込んで我田引水をするため、動きがとれず 、最適解にたどり着く仕組みとなりえていない。

残るは政府の枠を超えて作用する資本主義の原理であるところの、マーケットにおける神の手ではないかと私は考えて過去1年間かけて書き上げた「グローバル・ヒーティングの黙示」の「グローバル・ヒーティング v.s. 化石燃料枯渇 v.s. 人口」の章でそのように結論していた。こういういきさつがあったので同じ論旨のようなこの本を衝動買いした。

隣に環境問題、エネルギー、貧困、紛争解決のカギを握るのは政府ではなく、政府よりパワフルな世界的企業、ワールドインク(Woreld Inc.)だという論旨のブルース・プアスキーの「ワールドインク」も平積みされていた。そして人類の運命を握る強大な企業に、良心はあるのか?私達はそれを本当に良い方向にコントロールできるのか?世界を天国にも地獄にも導きかねないワールド・インクとある。 しかしこれはアンチョコなハウツーもののように見えたので平積み書棚にもどした。

読み始めて有用な情報と感じたのはモンサントの失敗である。1990年代半ばでCEOに就任したロバート・シャロピがモンサントを一化学メーカーからライ フサイエンス企業に生まれ変わらせるビジョンを具現化 しようとした。いくつかの戦略的ビジネスユニットに分離独立させ、ライフサイエンス企業にふさわしいものだけを社内に残し、膨大な負債をつくってまでして 社外のバイオ技術企業を買収し、ターミネーター遺伝子特許を得てアグリビジネスの独占に乗り出した。しかし全世界からの支持を失った。アグリビジネスの失 敗で2000年にスウェーデンの医薬会社ファルマシア・アンド・アップジョンPharmacia & Upjohn, Inc.と合併し、ファルマシアPharmacia Corp.となった。モンサントの社名は、分社化された農業化学品部門が引き継いでファルマシアの子会社となり、2003年にファルマシアがファイザー Pfizer Inc.に買収されたため、ファイザーの子会社として存続している。

モンサントは法を犯したわけではない。グローバル化によって国家政府の力はそがれ、代りにNGOや市民団体が社会基準や環境基準を監視し、時には強化する役割を担い始めているということがモンサントの失敗の直接の原因である。インターネットの普及により 、「スマートモッブズ」が出現し、政府や企業が隠し事をできなくなっているためであるとしている。

この本には触れられていないが、ICIも同じ頃、モンサントと同じようにコモディティー・ケミカルからファイン・ケミカルに舵を切った。幸い食に直接関係 しなかったためにNGOや市民団体の監視対象とはならなかったにも関らず、世界最大のペンキ会社であるアクゾ・ノベルに吸収合併されてしまった。

1985-87年に当時ブームとなったバイオテクノロジーをビジネスとして成功させうるのは生命現象をよく理解したほんの一握りの企業だと思っていたにもかかわらずバイオケミカルテクノロジー担当のプロジェクト部長に任命されてしまった。2年間サイエンスとビジネスを存分楽しんで、早々に逃げ出した判断は当たっていたのだ。

小松氏がゲイリー・ピアス著の「サイエンス・ビジネスの挑戦 バイオ産業の失敗の本質を検証する」を読んで面白かったと語っていたが、読まなくとも何が書かれているか分かる。モンサントはたしかに「スマートモッブズ」の 対象となって消えてしまったが、ICIだって同じく失敗したのだ。材料供給会社がコモディティー・ケミカルからファイン・ケミカルに舵を切るという冒険がはやされて株が高騰し、それを 原資に資金を調達してファイン・ケミカル会社を買収したところで、所詮マネーゲームに過ぎない。

世界の63億人のうち、購買力平価15,000ドルを越える富裕層は8億人、購買力平価1,500-15,000ドルの新興中流階級が15億人、残る購買 力平価1,500ドル以下の低所得者 (BOP:Bottom of Pyramid)は40億人である。政治が無力になってしまった今、このBOPのニーズをボトムアップで掘り起こしてマーケットを創生する多国籍企業 (MNC)のみがグローバル環境破壊と貧困、格差、絶望、尊厳の喪失によるテロ、地政学的崩壊を根源的に防止できる資源、能力、グローバルリーチをもった 唯一の制度ではないかと著者は述べる。

著者がこの本で述べたかったことはアントニオ・ネグリ、マイケル・ハートの「帝国 グローバル化の世界秩序とマルチチュードの可能性」でもっと普遍化した語り口で述べられている。

Rev. January 29, 2016


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