読書録

シリアル番号 1170

書名

劣化国家

著者

ニーアル・ファーガソン

出版社

東洋経済新報社

ジャンル

歴史

発行日

2013/10/3

購入日

2013/11/20

評価



原題:The Great Degeneration by Nial Fergason 2012

日経2013/11/17の福田慎一の書評で買う気になる。

BBCが毎年1回、著名な学者を招いて行う講演リース・レクチャーの2012年版でハーバード大の経済史・金融史学者ニーアル・ファーガソンが行ったもの である。

なぜ西洋は衰退するのかという命題への回答の模索から始まる。

西洋および日本の再収斂は債務がGDPの250%となった債務の「債務の圧縮」又は「デレバレッジ」又は「バランスシート修復」による総需要の落ち込みに よるとする説はとらない。その衰退の原因は制度的衰退にあるとする。

人は階層的な巣の中で割り当てられた役割を果たすハチに似ている。制度には「アクセス制限型」と「アクセス開放型」とがある。

「アクセス制限型」とは低経済成長、小規模で中央集権的な政府が、被統治者の同意を得ずに運営される。ダグラス・C・ノースによる「匿名的交換」社会がこれに相当。特権を通じたレント(地代)創出という自然状態の論理。

「アクセス開放型」とは急速な経済成長、多くの組織からなる、豊かで活気ある市民社会、より大規模で分権的な政府、法の支配まどの非人格的な力が支配する社会的関係。そこでは所有権、公正性、平等が確保される。ダグラス・C・ノースに よる「非匿名的交換」社会がこれに相当。エリート間の非人格的関係が生まれる環境を整え、政治的・経済的機構へのアクセスをエリート層の間で開放させるイ ンセンティブを新たに考案し、維持する必要がある。こうしてエリートの個人的な特権が、非人格的な権利へと変換される。すべてのエリートに、組織を結成す る権利が与えられ、新規参入によるレント(利潤)縮小というアクセス開放型の論理に変わる。

イギリスを筆頭とする西洋は 「アクセス開放型」制度で世界を制覇した。1689年の「権利の章典」で獲得した「臣民の権利および自由」という名誉革命→農業革命→帝国の拡大→産業革 命という好循環がたまたま生じたためである。

しかしアジアの「アクセス制限型」は中央集権的政府が被統治者の同意を得ずして運営するため、沸騰するような 社会とはならず低成長に留まった。橋爪大三郎らのように西欧の成功を 「ユダヤ=キリスト 教的文化」に求める考えは」自分の都合のよい事例だけをつまみ食いする「チェリーピッキング」のおそれがある。

中国の成功は西洋文明のキラーアプリケーションすなわち「経済競争」、「科学革命」、「現代医学」、「消費者社会」、「労働倫理」をダウンロードできたた めだ。

名誉革命が国家の信用付保に寄与し、巨額の戦費を賄うことができたが、同じ信用が国家の巨額の債務を生む原因ともなっている。かくして 西洋の崩壊は制度的欠陥によって生じていることだ。その制度的欠陥とは現世代の有権者が投票権を持たない若者やまだ生まれていない人たちの金をつかって生きることができるという制度にある。いわば現在の世代は未来の世代の了解もなく、借金してキ リギリス生活をしているわけだ。こうして世代間の社会契約をどう回復するかが最大の課題である。財政均衡憲法修正案は有効であろうか?不幸にして金融危機が不況時の景気刺激策として政府が赤字支出をすることに大義名分を与えてしまって憲法によ る方法を閉ざした。クルーグマンが提唱したようなグラス・スティーガル法類似法の復活など金融危機防止のための規制は多分うまくゆかない。複雑すぎる規則 が危機を生むからだ。「意図せざる結果の法則」(Unintended Consequences)が支配しているからだ。誰が監督機関を監督するのか?(Quis custodiet ipsos custodes)そして結局、システムの複雑性のカタストロフィーに陥るのがおちだ。

ミルトン・フリードマンのいう「インフレーションはいついかなる場合も貨幣的な現象である」という説明は余剰貨幣を生み出すのは誰か?なぜそうするのかの疑 問に答えていない。実はインフレーションはエリート教育の内容、経済競争の有無、法制度、暴力の水準、政治意志決定のプロセスによって変わる。

過剰債務国が取れる施策は@技術イノベーション(突然変異)で成長 率を金利以上に維持する。A公的債務はデフォルトし、民間債務は破産で棒引きする。B通貨切り下げとインフレで債務を帳消しにする。の3つしかない。 FRB議長を辞退したサマーズ氏もIMFで同氏が行った約16分間のスピーチで認めている。ナシーム・タレブは規制は抗脆弱性(Antifragile)のた めに設計されなければならないが、現実は逆だ。法の支配の問題は悪法であり、法律家の支配なのだ。規制の代わりに処罰が必要となる。ヴォルテールが指摘したように「時折提督を銃殺する必要がある」。

国家が定常状態に達するのは「法と制度」が衰退し、エリートによるレントシーキングが、経済と政治のプロセスを支配するときだ。クルーグマンにそそのかさ れて先進国が積み増した公的債務は古い世代が若者やまだ生まれぬ者たちにツケを回して暮らす手段と化した。市民社会は、企業の利害と大きな政府に挟まれ た、単なる無人地帯になり果てている。

(原発も経済と同じく「意図せざる結果の法則」が支配しているから、誰が監督機関を監督するのかという問題が解決できない。システムの複雑性のカタストロ フィーに陥るのは必定。規制委員会が許可すれば原発再稼働を許可するという原発村のロジックも原発事故の再発で完全に敗北するだろう。こういうことが文系の役人には理解できないのでは。)

人間社会は進化論のロジックから逃げられない。英国のコモンローは進化でき。大陸法は硬直化して弊害があった所以だ。教育は公立学校から市民社会が取り戻 さねば先がない。人口の都市への移動はますます高まる。物理学者のジェフリー・ウエストは「都市は・・・豊かな生活を生み出す源泉である。都市は富の創 出、創造性、イノベーション、発明の中心だ。都市こそが刺激的な場所だ。それは人々を吸い寄せる磁石なのだ」規模の経済の弾性率は0.85である。そして ネットワーク効果が大きい。ただ都市化の問題点はいつか必ず崩壊をもたらすことだ。その弊害を緩和する抗脆弱性とは有効な代議政治、市場経済、法の支配 (法律家の支配ではない)、国家から独立した市民社会という制度なのだ。

たまたま秘密保護と知る権利を調整する国際指針のツワネ原則にほど遠い特定秘密保護法案が成立した。米国のオープンソサイエティー財団は21世紀の民主国の秘密保護法で最悪の法律と深い憂慮を表明している。ニーアル・ファーガソンならこの法案のごり押しをした石破を日本を「アクセス制限型」国家にし、国家を劣化させた男と断定するだろう。ヴォルテールの正しさを納得する。

この本にはファン・エンリケが指摘した新薬を市場にだすためでにかかる「逆ムーアの法則」がでてくる。FDAな どの官僚組織がもつ形式主義が原因。このバリエーションには「CPUに反比例して、技術者の全体の質は落ちている」。という意味で技術的楽観論は間違い。 1980年に始まったIT革命は確実に収穫逓減領域に入っている。結果、デフレーションと不完全雇用となっている。肉体の寿命を延ばしても脳の寿命を延ば すことができず、扶養が必要な高齢者が増えるだけ。

対武装勢力戦に疲れ果てた米国はフラッキングで化石燃料を手にれてから中東への石油依存から脱却出来ると知った直後、中東での覇権は放棄した。で はだれがこの真空を埋めるのか?暴力がピークを迎えるのは帝国が前進するときではなく、後退するときである。次の暴力のピークは2020年にアメリカに訪 れるだろう。

抗脆弱性維持に失敗すれば、間違いなく革命と戦争になる。マカロニウエスタンの「夕陽のガンマン」の一シーンに金貨の在り場所を探りあてたときクリント・ イーストウッドが自分の銃に目をやり、仲間のウォラックに「世の中には二種類の人間がいるんだよ、友よ、弾の入った銃を持つ奴と・・・地面を掘るやつだ」

これが進化論の非情な論理なのだ。

Rev. July 13, 2016


本著と同じ趣旨の本がでた。ダロン・アセモグル、 ジェイムズ・A・ロビンソンの「国家はなぜ衰退するのか(上):権力・繁栄・貧困の起源」である。世界にはなぜ豊かな国と貧しい国が存在するのか?その問 いに答える鍵は、地理でも、気候でも、文化でも、あるいは為政者の無知でもない。問題なのは政治・経済上の「制度」なのだという。

書評によると、本書の主張は、イノベーションの必要条件が、「包括的な政治社会制度inclusive institution」だということに要約できる。そうでない極端なものが、収奪的な制度extractive institutionなのだが、これは基本的にエリート層だけに経済的利益を還元し、その他大勢を排除する。そして、政治と経済の相互の結びつきによっ て、包括性も収奪性も強化、永続する可能性があることを歴史事象を使って説明する。包括的政治社会制度の前提として、私的財産の保護、法の下の平等などと いう基本的な制度とそのための「中央集権制度」がある。包括的な制度の事例として、英米の事例が引かれるので、アングロサクソン政策の擁護に過ぎないとい う批判が出てくるし、中国の共産党一党独裁下のこれまでの経済発展をどう見るかという議論も出てくる。社会学者の稲葉振一郎は中国とアフリカの経済発展が持続するか どうかが、本書の主張の妥当性の試金石になるだろうと。

だとすると日本の赤字基調は制度のどこがわるいのかということになる。包括的な政治社会制度がいつのまにか変質して収奪的な制度に変容しているということ なのか。米・英はイスラム国に自発的テロリストを送っているので該当する。日本はまだのようだが時間の問題?ドイツはどうなんでだろうか?包括的な政治社 会制度が維持されているということでしょうか?
Rev. September 11, 2014


2015/1/3付け朝日新聞にインタービュー記事が掲載された。中国の勃興は毛沢東時代をすごしても中国人が企業家精神を忘れていなかったためで西洋で 開発されたキラーアプリケーションをダウンロードして適用したから。西洋が没落したのはそのキラーアプリケーションのアップデートを怠ったから。結果、国 家財政が悪化し、若い世代は高齢世代から搾取にあっている。制度や規制が複雑になって社会の病気をなおせなくなった、倫理的に行動するより見せかけのコン プライアンスばかり重視。法の支配が機能しなくなった。市民社会が衰退したなどなど。

しかし中 国は西洋のキラーアプリケーションの一つ「法の支配」を取り入れていない。彼らが成功するのを見守るしかできない。彼らが倒れれば世界が困る。

アダムスミスが国富論で一度豊かになったが成長をとめた姿を「停滞的状態」といった。日本がこれに当てはまる。その特徴として国は豊でも労働賃金が高くならない。この病は財政、規制、法制度を抜本的に変えれば直るが、政治が障害となって変わらない。

世界の中で米国だけは次の10年間に復活する。資源があることと、世界中から才能ある若者が集まってくるから。そのつぎはメガシティー、例えば上海、ムンバイ、メキシコシティーなどが世界をうごかして行くであろう。

Rev. January 31, 2018

ニーアル・ファーガソンの「劣化国家」を2013/11/20に読んでいたので7年後のNHKの「欲望の資本主義」という番組では見解はどう変わっているか興味をもって観た。

今回は階層社会とネットワーク社会を対比している。ネットワークは新しい概念だ。中国の階層社会は米国式のネットワーク社会に勝っているが、ツリー状の階 層化で保たれてきたかに思われる社会の構造に亀裂が走る時、いずれ中国は息切れがするだろうと予想。残念ながら2019年の収録なのでコロナが世界をねじ 伏せた後での見解は入っていない。

Rev. April 30. 2020

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