読書録

シリアル番号 1277

書名

制度原論

著者

ダグラス・C・ノース

出版社

東洋経済新報社

ジャンル

経済学

発行日

2016/3/3発行

購入日

2016/05/27

評価



週刊東洋経済2016.4.3--5.7のレビューを読んで購入。著者は経済史の権威としてノーベル賞受賞。特定の概念を独特の用語で定義して厳密に組み立てている。

要旨

エルゴート性:ある物理量に対して、長時間平均とある不変測度による位相平均が等しい。現代の経済理論の前提になっている。

非エルゴート性:システムの関係が予測不可能な仕方で時間上で変化するかもしれない。現実の世界はこちら。従ってエルゴート性を前提とする経済理論は使い物にならない。

非匿名的交換:すべての原始的社会や伝統的農村共同体は自然環境の不確実性に対処するために、人間の遺伝的特性に基づく規範を非匿名的交換で成立してい る。すなわち相互統制、階級の尊重、地位を基盤とした威圧的社会である。ラテン・アメリカの経済失敗の原因はこの非匿名的交換制度のため。いわば顔の見え る関係で重要な決定がなされること。日 本にも残念ながら非匿名的交換がのこっている。例えば電力料金監視委員会は高等取引委員会のような経産省とは独立であるべきだが、ほとんど電力会社と経済 産 業省の隠れ委員に独占されているようだ。顔の見える範囲でお手盛り(非匿名的に)する疑惑が生じる関係だ。そういえば公正取引委員長だって警察と旧大蔵省 OBの指定席だった。

匿名的交換:(ananymouse exchange)人為的環境が増すとその不確実性に立ち向かうために非匿名的交換によって組み立てられた社会組織から参入と退出の自由、反対意見の受 容、民主主義的な統治、能力基準、社会経済的な分化が明示的に許容された開かれた社会への変容を迫られる。そのために市民にあらゆる権利を付与するために 政治家・行政官の行動に制限を設ける憲法を持つようになる。北米の経済的発展の原因である。安倍政権は非匿名的交換社会へのノスタルジ アをもっていて非常に危険。憲法9条はその隠れ蓑。

匿名的交換への移行が難しい2つの理由:@新しい事実をフィルタリングするときすでにもっている心的モデル、カテゴリ、神経ネットワークがない場合、A相 反する複数の信念が進化してきたとき、支配的な組織が不可欠な変化を自分達の存続に対する脅威とみなすとき、必要な変化を阻止できる。人類の狩猟採集生活 で進化した遺伝子的アーキテクチャーは小規模集団の相互作用に即したものだった。それは非匿名的交換には役たつが匿名的交換には対応できない。そして裏切 りが自然な反応となる。

経路依存性:経路依存性とは、制度や仕組みが過去の経緯や歴史的な偶然などによって拘束(ロックイン)されることをさす。生物進化も経路依存性をもって枝分かれした種はけっして元には戻らない。一旦失った機能は必要になれば新たに似たものが出てくる。典型例として、PCの QWERTY配列がよく挙げられる。これは入力のしやすさから考えられたものではない。元々、機械式のタイプライターが開発された際、連続したタイプでも タイプライターのバーが絡まないようにするという目的の元に考えられた配列で、今となっては何の意味もないものなのだが、この配列が普及してしまったこと により、ロックイン効果が働き、標準となってしまった。制度には経路依存性がある。米国の成功は英国で発達した匿名的交換を受け継いでいる。ラテン・アメリカはイベリア半島の非匿名的交換文化に 経路依存性をのこしており、北アメリカのように経済はうまくゆかない。ドイツは地方分権でボトムアップの気風は強いが、家父長的相続制がのこり、相互統制、階級の尊重、地位を基盤とした威圧的社会の気配がのこっていて、英国・米国とイベリア半島の中間。

これが経済力の差に出てくる。

思考は論理ではなく、統合されたパターンで発生する。統語論的または機械的関係を超えている。暗黙知は決して推論されることなく進化する。これはアルゴリ ズムで構築しようとしたエキスパートシステムが失敗し、ニューラルネットワークの接合部の重み係数を試行錯誤できめる方法が成功した事に相似だ。従って言語だけで意思疎通が可能と仮定する、文系の学問体系は間違いということになる。

本書の目的は人類がいかにして制度を発展させて不確実性に対処してきたかにある。社会の成員の中には問題の「真」の性格に気づいている人もいるのだが、そ の人達が制度を変更できる立場にはいない。そういった見識を政治決定にあたる者たち持っている必要があるのだが、政治体制がそのような人を意思決定の任務 に「登用」するかといえばはなはだ疑わしい。

いかなる社会も最後には崩壊して消滅してきた。ローマやソ連がその例だ。周期的な革命のない状況では利益集団が社会を硬直化させ、成長の背後にある生産性 上昇の息の根を止めてしまう傾向がある。アメリカはあらゆる形態の硬直的独占にたいして強力な制約を課してきたことはアメリカの発展の源泉であった。

コメント

サイエンスの理論に立脚した人文科学だからから主として進化論と脳科学をベースにして論を展開している。

なぜ西欧が成功し、南北アメリカ大陸では北米のみ経済的に成功し、中南米は失敗したのか。人類が進化の過程で遺伝子にため込んだ成果は縄文時代までの家 族・近親者が社会の構成員だったころまでは有効だったが、社会が大きくなり、地球規模に拡大して非匿名的交換を行い更に物質的に豊かになるためには、我々 の体に組み込まれた本能だけではうまくゆかない。社会の指導者が新しい事実に直面しそのエビデンスをフィルタリングするときすでにもっている心的モデル、 カテゴリ、神経ネットワークがない(特に日本では権力を持つ人々に欠落がある)とかその新しい事態が支配的な組織が不可欠な変化を自分達の存続に対する脅 威とみなしてつぶしまくる。こうしてローマもギリシアも中華帝国も大日本帝国も消え去った。

アメリカや英国が成功したのは、あらゆる形態の硬直的独占にたいして強力な制約を課してきたことにある。日本にも米国をまねした独占禁止法はあるが、型だ けで、電力の地域独占を法的に認めてきた制度上の欠陥をいまにひきずって次の新しいフェーズに入れないし、新しい産業を築けないでいるということになる。

2016/8/2 上野駅構内の書店で手にとって棚に戻した本は米国の女性科学者ケイト・ブラウンがかいた「プルトピア」という本であった。“Plutopia: Nuclear Families inAtomic Cities and the Great Soviet and American Plutonium Disasters”[『プルトピア〜アトミック都市の核家族とソヴィエト・アメリカ・プルトニウム大惨事』] (ケイト・ブラウン著。Copyright © 2013 by Kate Brown, オックスフォード大学出版米国、2013年4月刊)はハンフォードの被害を克明におったルポで米国産のアルファルファなんで口にしてはいけないとわかる。

米国も問題だらけ。トランプ候補には事態を冷静に認知する脳回路に欠陥があり、クリントンは自分達のエスタブリッシメントの存続に対する脅威を取り除く支 配的な組織の一員という問題を抱えている。グローバル化は歴史の必然だが、具体的にどう調教するかということ。そのためには組織を硬直化させてはいけな い。システムの関係が予測不可能な仕方で時間上で変化する非エルゴート性の世界で最適解を見つけるには進化論の原理しかない。すなわちなんでもやってみ る。多様な組織に平行した対応させ、成功したやりかたをまねして伝承する社会にするしかないと分かっているのだが、日本には「俺がお前たちを豊かにしてや るからついてこい」と思い込んでいる教祖もどきとそのフォロワー若干名が自分の信じる道にのみなけなしの血税を重点的に配分しで浪費していてどうしようも あない。どうして皆だまっているのだろうか?たぶん民間企業の経営者からして既得権益で腐っているからなのだろう。

Rev. August 4, 2016


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