読書録

シリアル番号	1166
書名	アルゴリズムが世界を支配する
著者	クリストファー・スタイナー
出版社	角川書店
ジャンル	サイエンス
発行日	2013/10/10初版
購入日	2013/10/28
評価	優

原題：How Algorithms came to rule our world by Christopher Steiner, 2012

角川EPUB選書

自由人のエネルギー勉強会出席のため学士会館に出かけた折、丸善本店で購入。

著者はエンジニア、ジャーナリスト、企業家、Yコンビネーターが出資するAisle50の共同設立者にしてCEO。

1987年に自作のアルゴリズムでデルタ・ニュートラル取引を完全自動化したパイオニアはハンガリー移民のトーマス・ピーターフィーである。ブラック＝ショールズ・モデル出現前に類似の式を独自に開発していた。これが彼に12億ドル（1,200億円）の富をもたらした。大手も同様のシステムを導入し、取引はアルゴリズムの対決になった。結果2010/5/6にラッシュ・クラッシュ（Flash crash「瞬間暴落」）で1兆ドルが吹き飛ぶ事件も生じるようになった。

アルゴリズムは9世紀のペルシャの数学者アル＝フワーリズミーに由来する。ガウスは測定誤差がベル・カーブを描くガウス分布になることを発見したが人間の心理や行動が関与すると異常値をもたらす確率が高くなりファットテールとよばれる分布曲線となる。ウォールストリートはガウス分布に準拠してアルゴリズムを構築するからときどき大きな富が失われる。1987年のブラック・マンデー、1998年のロシア財政危機、2008年のクレジット・デフォルト・スァップ（CDS）のバブルによるリーマンショック、2010年のフラッシュ・クラッシュなどである。

金利の複利計算式はベルヌーイが定義し、数学乗数eを発見した。その弟子のレオンハルト・オイラーがeとした。

二進法を発見したライプニッツは電子計算機を可能にし、ジョージ・ブールは理論言語・思考言語を定義するために考案したブール代数は人間がもつ合理性の内部構造を分解・分析してアルゴリズムを作る道具となった。

ネブラスカ州出身のマクレディーがスペインのバルセロナで開発した音楽評価会社Plyphonicはフーリエ変換やそのたの数学関数をつかって三次元モデルを作成し、これと過去のヒット曲の三次元モデルとの比較をして似た構造を持つ曲をえらんでくれる。今はMusic X-Rayとして多数の曲を発掘している。

カリフォルニア大サンタクルーズ校のデイヴィッド・コープ名誉音楽教授は交響曲、オペラ、オラトリオをLispを使ったアルゴリズムで作曲している。過去の名曲のパターンをルール化しただけではだめでそのルールをあえて破るということをすると輝きのある名曲を作れる。同じ手法は俳句にも適用できる。

とはいえニルヴァーナの「ネバーマインド」、アウトキャストの「ヘイ・ヤー」などのインディーズ系アーティストの曲を模倣できるかどうか？

1960年代のビートルスのハード・デイズ・ナイトの1 秒足らずのオープニング・コードは市販されている楽譜とは違うということをフィッシャー・ブラウンがフーリエ級数をつかったアルゴリズム解析で明らかにした。ハリソンは十二弦ギターのFとGだといっているが、分析結果はハリソンがリッケンバッカ―でA2、A3、D3、D4、G3、G4、C4だった。レノンが六弦ギターでC5、マッカートニーはヘフナー・ベースでD3、そしてプロヂューサーのジョージ・マーティンがスタインウェイ・ピアノでD3、F3、 D5、G5、E6を出している。

2008年のとあるヘッジファンドはシカゴの指数先物とニューヨークの原資産の価格差をみつけだすアルゴリズム・トレーディングのためにスプレッド・ネットワ-クス社を設立し、専用の最短距離のダークファイバーを敷設して4ミリ秒稼ぐことを企て、成功した。

1997年にIBMのディープ・ブルーがチェスのグランド・マスターのガルリ・カスパロフを打ち負かした。しかし、ポーカーゲームでアルゴリズムが人間をやぶるには人間の狡猾さを模倣するし、予測できるようにしなければならない。フィンランド生れのカーネギーメロン大学コンピュータサイエンス科のトゥオマス・サンドホルム教授はゲーム理論の専門家だ。彼がゲーム理論をアルゴリズムに組み込んだボットを開発中してロードアイランド・ホールデムで優勝している。

ポーカーゲームと同じく国防の戦略立案もむずかしい。テロとの戦いが高くつくのはそのため。相手の情報がなければ戦略は決まらない。しかしゲーム理論によるアルゴリズムは少ない情報で可能となる。南カルフォルニア大情報科学研究所教授のMilind Tambe教授はサンドホルム教授のポーカー・ボットのアルゴリズムに触発されてロス空港向けのテロ計画を事前に防ぐためのランダムな防犯パトロール計画を出力するアルゴリズムである。CIAの専門分析官もマスコミのコメンテーターも状況についてできるだけ情報を集め、どこかで主観的判断なを下すという手法を採用する。しかしスタンフォード大フーヴァー研究所シニアフェローのブルース・ブエノ・デ・メスキータ（Bruce Bueno de Mesquita）は政治を予測するテンプレートとしてゲーム理論の有効性を知り、みずから数理テクニックを学んでゲーム理論アルゴリズムを開発した。メスキータは諜報部の集める過去のデータは無視する。かわりに各プレーヤーのモチベーション、影響力、関心の程度を入力すればアルゴリズムが機能しはじめて予測を出力する。 CIAはメスキータの予測と傘下の分析官の分析を比較して、メスキータの予測が2倍も正確であったことを発見。具体的にはアラブの春の予測、イランの核兵器開発の動向はメスキータの予測通りとなった。文化の違い、宗教対立、民族や国、国民間の意見の食い違いなどの情報はあまり役に立たない。主観的判断のときに詳細でクリティカルな情報は脳の中で脱落してしまうため、人間の脳はアルゴリズムに負けてしまうのだ。かわりに支配者にとって何が最も得策なのかの情報が全てを決める。CIAは東海岸のアイビーリーグの文科系学部出身者でGPA(成績平均点)の高い学生を採用しているが、これが間違っているということがわかった。CIAや国防総省はこれからボットを改良して外交政策に採用する方向だ。

野球やバスケットの球団は統計学で選手起用を決めている。結婚相手のマッチング・ビジネスもアルゴリズムの成功率が高い。

医療の世界もこれからドクター・ボットが評価されるようになるはず。ハーバード大の経済学者アル・ロスは高校選択アルゴリズムを開発後、臓器移植ペアマッチングのアルゴリズムの必要性を訴え、サンドホルム教授が協力して全米臓器分配ネットワーク（UNOS）が採用。子宮頸ガン検査の細胞検査は技師より画像診断ボットのほうが発見確率は高い

2011年、Swisslogという自動倉庫建設会社がカリフォルニア大サンフランシスコ校（UCSF）の無人薬局構築のために処方箋から調剤するロボットを15MM$で開発した。これから普及するだろう。

ルネッサンス・テクノロジーズのクオンツであったパターソンがMITとハーバードの共同研究所であるブロード研に移籍し、DNAのゲノム配列データ解析アルゴリズムを開発し、人類とチンパンジーは一度別れたのち、数百万年後にもう一度異種交配し、その後永久に分かれたことをつきとめた。これによって人類は強い免疫力を得たという。

NASAは宇宙飛行士や管制センターの適材発掘に精神分析医マグワイヤはパーデュー大学の心理学者ティビー・ケーラーの人の話し言葉のパターンからロジックツリー理論や二者択一の測定法で人を分類する手法をアルゴリズム化した。ケーラーの教え子の精神科医ヘッジス・ケイパーズはテレコム・テクノロジーズ社のコンサルタントであった。彼はテレコム・テクノロジーズ社のCEOとなるケリー・コンウェイと親しくなる。このコンウェイは独立し、eLoyaltyを設立。音声認識技術で言葉を取り込み、話言葉を定量化しパーソナリティーや思考を判断するボットを開発。このボットは先行する言葉から次に来る言葉を予測するアルゴリズムを持っている。これが現在使用されている音声認識プログラムの根幹となった。コンウェイは一流大学のMBA取得者で言語学の経験あるものを採用したが使えなかった。かれが必要だったのはIQの高い理系だったのだ。

Google carは無事故で22万キロ走行した。唯一の事故は人間が運転しているときだった。弁護士も膨大なが人間をつかって読破するよりボットに任せた方が賢い。人材の選別も科学的に行う組織が成功するが、多様性喪失という問題が発生する。

のこされた分野は文筆するボットだろう。

リーマン・ショックまではウォールストリートが少ない理数系を高給で雇い債券担保証券（CDO）やガウス型コピュラなどに無駄につぎ込んで浪費したため、多様な分野でのボット開発は今までは低調であった。かといってウォールストリート以外の大企業が有能な理数系を高給で雇っても、既存路線の効率向上に浪費する可能性大だ。やはりベンチャーをそだてなければ使えるボットは開発されないだろう。まだ理数系を意識的にそだてるためには本質を理解している教育者が必要となる。

本著には米国のNSAが行っている情報収集活動にかんしては一切触れられていない。ユタ州ソルトレーク市40km南のブラフデールに完成したユタ・データセンターは近々稼働始める。

Rev. June 17, 2016

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