読書録

シリアル番号 892

書名

日米開戦の真実 大川周明著「米英東亜侵略史」を読み解く

著者

佐藤優(まさる)

出版社

小学館

ジャンル

歴史

発行日

2006/7/1第1刷
2006/8/10第3刷

購入日

2007/09/14

評価

新野哲也の「日本は勝てる戦争になぜ負けたのか 本当に勝つ見込みのない戦争だったのか?」を読んで、当時の軍が無能集団であったことは分かったが、対米戦争を始めた理由は陰謀史観でごまかしてしまっている。たまたま大船の本屋の店頭でこの本を見つけてもしかしたら分かるかなと衝動買いする。

1941年の真珠湾攻撃成功直後、当時の政府はなぜ開戦したかの論理的説明に当時の思想家大川周明に12回に渡ってNHKラジオの連続講演をさせた。この 速記録が翌年「米英東亜侵略史」として出版されベストセラーになった。大川周明はA級戦犯として逮捕されるが、精神障害として免訴となった。

佐藤優は「大川周明は日米開戦の論理的説明をしている」という。 その言わんとするところは英・米の植民地支配からアジアを開放するには日本が立たねば、彼らの意思は変わらないという反植民地主義である。歴史的事実を感情を交えずに論理的に説明された当時の国民が対米戦争を支持したとしても不思議ではない。

日本を開国させたペリーの米国はまだ英国植民地からの独立戦争の余韻が残っていたので自身は帝国主義的ではなかった。しかし日露戦争の停戦に人肌脱いで 1905年のポーツマス条約の仲立ちをしてくれたセオドア・ルーズベルトの時代はまだ孤立主義的であったが、日本が満州事変を起こして満州に傀儡政権を 作ったころになるとアメリカも次第に帝国主義的となり、ハリマンが満鉄の利権を買い取ろうとするなど欲をだしてきた。帝国主義の時代においては、他国の植 民地になるか、他国を植民地として列強の一員になるしか選択肢はない。国と国の間は最終的には戦争で片をつけるというのが当時のゲームのルールであるし。 いまでも原則はそうである。日本がハリマンの提案を拒絶してからアメリカはロンドン軍縮会議で日本の海軍力を制限し、蒋介石をそそのかして日本を牽制させ る工作をするようになる。そうして日本の唯一の同盟国であるイギリスとの関係にくさびを打ち込み、日本とイギリスとの同盟関係を解消させた。日本が何か見 えない大きな力に引き寄せられて真珠湾攻撃をしたとき、アメリカはすでに対日作戦計画「オレンジ作戦」 が完成していたのである。アメリカは表面上は同義国家を装っているのでそうとは気がつかないが、実際に行うことは帝国主義的拡張である。ダブルスタンダー ドの国なのである。大東亜共栄圏なる構想は中国、東南アジア、インドの善意に期待するという性善説に立脚しているために日本の独善で終わった。相手が原罪 という性悪説に立つキリスト教国を相手にする外交は性悪説で組み立てなければ通用しないのだ。

大川は日本は支那の領土保全を国是としてきたの支那国民は南京政府の王精衛を支持せず、蒋介石を指導者とあおいで日本に反抗しているのは残念としている。支那人民はやがてその非を覚るであろうと嘆息してみせて放送を終えている。 ここら辺は大川はレトリックでごまかしている。だがしかし日本の最大の間違いは反植民地主義の大東亜共栄圏を提唱しながら中国に対し、帝国主義的挙にでて、蒋介石を攻めたことにある。石原莞爾の対蒋介石和平交渉は東条によってつぶされるのである。大川の大義名分である反植民地主義に反した行動だ。中国人を敵に回す行為であり、彼らと共闘して列強をアジアから締め出す戦いに協力を取り付けることのできない、短慮だったといわざるをえない。

興味深いのは大川は天皇制については一言も触れていないことである。大川は天皇機関説にかぎりなく近い立場だというからうなずける。アメリカを独立戦争に駆り立て、共和国を建国した大きなプロパガンダを書いたトーマス・ペインの「コモン・センス」と大きく異なるところである。 当時の英国王は実権を持っていたのだ。

佐藤優は「もし日本があの戦争を避けるために、アメリカに妥協してゆけば、日本はアメリカの保護国、準植民地となる運命だった」とまで考えるのである。しかし私は佐藤もダメ外務官僚の はしくれとしてそういう逃げ口上を言いたいのだろうと思う。現在の日本の実態はアメリカの保護国、準植民地ではないか。とするとあの戦争は多大な犠牲を 伴った割りに日本にはなにも残さなかったことになる。結果論だがインド、東南アジア、中国が欧米の植民地から解放されて独立国になれたわけで、そこを評価 するしかないだろう。現にインド、東南アジアの人々はそこを評価している。中国だけは侵略されたと思っているので複雑な感情だろうが、欧米が日本を押さえ るために蒋介石を代理戦争に使ったのだからそれに乗った自国の指導者の失敗と思ってもらうしかない。

佐藤は「戦後GHQはNHKの真相箱という番組を使って日本国民にアメリカと戦争するハメになったのは日本軍閥その中でも陸軍が一番悪く、その親玉が東条 だと洗脳工作をした 」という。そして兵は良く戦ったが、将校がだめだったと説明した。ミッドウェーの海戦を日本では報じられていなかったことを逆手にとってそこに塩を塗るこ とをしていると。そうすると新野哲也の「日本は勝てる戦争になぜ負けたのか 本当に勝つ見込みのない戦争だったのか?」はGHQの洗脳工作のお先棒を担い でいるようなものか?はたまた佐藤は外務官僚なので新野哲也の説は受け入れがたいのかどちらだろう。

ところで大川の宗教と政治と軍事の融合を重視する「剣かコーランか」というイスラーム観はコーランに書かれているわけでもなく、キリスト教徒が悪意で言った言葉で時代遅れと見られているが、9/11以降の世界を見れば大川の見方は正しいと思われると佐藤はいう。

この本を読んで、我が父の世界観は大川のそれであったと思い至るのである。

Rev. May 8, 2013


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