ノースウエスト・アース・フォーラム

山階鳥類研究所見学

2008年6月30日、NEWフォーラムの第6回目の企画として我孫子市にある「山階(やましな)鳥類研究所」の見学会が実現した。 研究所は研究者向けの施設で、一般公開はされていない。研究文献収集や研究者との議論が主の場所でいわゆる標本類の展示はなく、研究用に大切に保管されているのだ。フォーラムリーダーの西沢重篤さんが賛助会員をしていることもあり、所長の山岸哲(さとし)氏にお願いして実現した。

山岸氏はNEW Forumメンバーの半分を構成する北ラス会メンバーである。信州大学教育学部卒業後、長野県内の中学校教師をしながら、鳥の研究に取り組み、その研究をまとめて京都大学で博士号を取得、大阪市立大学教授、京都大学教授、日本鳥学会会長等歴任された世界的鳥類学の権威者である。

山岸哲著「オシドリは浮気しないのか」中公新書を予習して参加した。JR常磐線の我孫子駅で下車し、そこで参加者34名が落ち合った。タクシーに分乗して研究所に向かった。タクシーはかなり深い谷に下る。運転手に川でもあるのか聞くと、手賀沼に向かって下っているのだという。

手賀沼

後で地図をみて分かったが、下総台地に出来た侵食谷の底に手賀沼がある。下総台地は徳川家康が東京湾に流れ込んでいた利根川本流を「東遷」させる前に利根川を東京湾に導いていた自然の高みである。 利根川本流が「東遷」してからは洪水に悩まされた。さらに時をさかのぼれば下総台地は平将門が活躍した土地だ。縄文海進が終わって、 関東ではいち早く稲作が普及した土地だからだ。関東武士団の勃興の地であることがわかる。地形上、沼の周辺が丘に囲まれていて上流から川が流れ込む水量が少ないため、宅地化するにつれて水質の悪化に悩んでいたが、現在では下水道が完備して水質も良くなっている。

山階鳥類研究所はこの手賀沼の北岸にあり、平地から少し丘にかかるところにある。ここの会議室で山岸さんの研究生活の逸話を2時間タップリ聞いた。


講演概要

山階鳥類研究所は旧皇族山階宮家の山階芳麿氏が1932年(昭和7年)、自邸に設けた『山階鳥類標本館』を母体に1942年に設立された財団法人で、1984年千葉県手賀沼に近い安孫子市に移転 した我が国唯一の鳥類専門の研究所です。設立の経緯から皇室との縁が深く、現総裁は秋篠宮文仁親王です。自身ニワトリの研究をされた現役の研究者で積極的に発言されます。1992年〜2005年まで紀宮清子(現黒田清子)さまが非常勤研究員として勤められ ました。現在の理事長は島津久永氏(貴子夫人)です。

当研究所には4万体の鳥の標本が収集されております。鳥の種類は約1万ありますが、その1/3がここに収集されていて、その規模は日本一、おそらく東洋で も一番でしょう。本来は国立博物館にあるべきものだとおもうのですが。さて分類され名前をもっている地球上の全生物の種の数は175万種です。そのなかで 一番多いのは昆虫で80万種に達して半分を占めております。しかし微生物など発見も、分類もされていないものの総数はもっと巨大であると考えられていま す。

の多様性を見事に表現したイラスト

当研究所が最近手がけた代表的事業にはアホウドリのヒナの鳥島から聟島への移転があります。筆者注1)鳥 島の火山の噴火に備えたものです。移転した半数のアホウドリの背中に「アルゴスシステム」と呼ばれる衛星追跡用の発信機を装着しました。1978年にフラ ンスとアメリカが地球環境の保護や観測のために開発したものです。発信機から送られた電波は、地球を回る軌道上を周回している人工衛星NOAAがキャッチ し、そこから地上受信局に送られます。そこから、電話回線を経由して送られた情報処理センターで位置の分析を行った後、山階鳥研のパソコンに表示されま す。位置や飛ぶスピードを1年にわたって報告してくれるすぐれものです。スピードは位置の変化量を時間で微分したもので、最高スピードが時速100km、 のんびり飛んで20kmです。スピードがゼロとは水面に降りて休んでいるか餌を獲っていることを示しています。

5月に聟島を巣立ったヒナは鳥島のヒナとほぼ同じく、本能の教えに従い日本列島に向かって北上し、列島にそってアリューシャン列島に向かいました。2羽が 行くへ不明となりましたが、死んだのか発信機が脱落したのかはわかりません。これからアラスカに向かいますが1年後本当に聟島に帰ってくれるのか、または インプリンティング不足で途中で親達のいる鳥島に居ついてしまうのかかは全くわかりません。

私の父は戦争で亡くなったので母に育てられました。母は息子の好きなように育ててくれたので鳥類の研究でその道を極めることができました。当研究所に移る 前は、マダガスカル島に魅せられて、何度も渡ることになりました。なぜ魅せられたかというとマダガスカル島は1.4億年前にゴンドワナ超大陸が分裂したと きにアフリカ大陸を離れてしまいました。長い間の隔離で、ここには独特の進化をした固有種が多いからです。なかでもオオハシモズ科周辺の鳥は多様な口ばし の形状、異なる採食行動、異なる体の大きさ、異なる羽の色をもっていて形態的・生態的に大きく異なります。このことなる13種をなぜ単系統に分類 しなければならないかという疑問がありました。多分、競合する鳥の居ないニッチに適応放散したと推測されているのですが、本当でしょうか?

そこでミトコンドリアDNAの12SrRNAと16SrRNAの塩基配列から近接結合法で進化の系統図を作って検証してやろうという野心をもちました。文 部省から研究費をいただき、研究者を連れてジープを2台をもってマダガスカル島にでかけました。目的の鳥と近縁の鳥の全種類を捕まえて、血液サンプルを 持って帰るのが目的です。

ハシナガオオハシモズ Falculea palliata 

山岸哲撮影 掲載許諾

しかし島の面積は日本の2倍もあってジープを2台をもってすら目的の鳥をさがすことは容易ではありません。そこでまずマダガスカルの博物館にでかけ、鳥の 標本をみせてもらってそれが何処で見つかったかを調べました。そして同じところにでかけるのです。カスミ網で捕まえて、採血し、血液凝固防止剤を加えて冷 暗所に保管という作業を続けるのです。それでも短期間に全ての鳥の採血はできません。あとは博物館に協力してもらって標本の一部を分けてもらいました。協 力してもらうための仕掛けなど特別な工夫を要したのでした。

持ち帰った血と、標本の一片からプライマーをとりだしPCR法すなわちポリメラーゼ連鎖反応(Polymerase Chain Reaction)で増幅させ、シーケンサーで塩基配列を読みます。鳥ごとに少しずつ異なる塩基配列を近接結合法で系統図を作成する外国製のソフトに入力し、一晩計算させれば系統図を作成してくれます。結果は いままで別の科に分類されていたニュートンヒタキも仲間としなければならないという多少の修正を必要としましたが、先輩の鳥類学者たちが苦労して作成した系統図はほぼ正しいという結論でした。

既存の系統図をひっくり返すような結果にならなかったために論文はNatureには掲載されませんでしたが、米国の学者よりは先に結論を出すことができま した。最近はこの研究成果は教科書にも採用されはじめました。 またミトコンドリアDNAの塩基配列の突然変異の発生確率からオオハシモズ科のご先祖がマダガスカル島に渡ってから300万年の間にこれだけの適応放散が 生じたことも分かりました。この研究の副産物として一緒にでかけた研究者が前足しかないトカゲを見つけ、これに学名をつけました。京都大学の伝統にしたが い、学名には研究チームのリーダー即ちYamagishiの名前が入ることになりました。鳥にではなく、トカゲに私の名前が残ったのは不思議な縁です。

G8などと世の中が騒がしいですが適応拡散はニッチが生じたときにそこに生物が自らの形態を変えて適応してゆくという進化の法則の好例です。 人類は現在人為的に進化を止めてしまいましたが、過去10万年の進化はたどることができます。これをみると気候変動で仮に人類が地球環境に適応できなく なって絶滅しても、他の生物がその隙間を埋めるべく進化するので気に病むことはないというのが生物学者としての達観であります。

かってマダガスカル島に生息していたが1,000年前に絶滅した体重400kg身長3mのエレファント・バードがのこした大きな卵の欠片が今も沢山島に 残っております。マダガスカル島は人口の増加とともに自然が破壊されてこれら貴重な固有種の絶滅が危惧されます。これを防ぐには人材養成が大切と京都大学 ではマダガスカルから留学生を受け入れて学者を育てました。お手元の鳥図鑑「マダガスカル鳥類フィールドガイド」はこの学生との共著で日本語とマダガスカル語のバイリンガルで作成し、2,500部をマダガスカル文部省に寄贈したもの の残りです。いまになってマダガスカル文部省にではなく、村々をまわって人々に直接、手渡すべきだったと悔やんでいます。

筆者注1:アホウドリの繁殖地は鳥島と尖閣列島にしかなかった。しかし鳥島は活火山であるから聟島への移転が企画された。戦前、農林鳥獣実験所によって行われたイワツバメの移住作戦の成功例があるが3年経たないとこの作戦の成否はわからない。

質疑応答

Q:DNA操作で不老不死の夢は実現できるのでしょうか?

A:無理でしょう。

注)我々の体細胞は60回分裂すると分裂が止るように設計されている。その設計は遺伝子の末端にあるテロメアと いう部分が分裂毎に欠け落ちて全てなくなった時に寿命が尽きる仕掛けである。クローン羊はしたがって親の生きた分だけ早死にする。生殖細胞だけはテロメ アーゼにより欠け落ちたテロメアが修復されるからであると分かっている。テロメアーゼにより欠け落ちたテロメアを修復しても我々の体細胞は協調ある細胞分 裂ができなくなり、癌化するだけで不老長寿の秘薬の開発は不可能である。テロメアは進化の過程で必要だから発達した機能である。

Q:コンラート・ローレンツの「ソロモンの指輪」では順位の低い若いメスが最高位のオスとつがいになるとナンバーツーになると読んだような記憶がありますが、本当ですか?

A:そのとおりです。それは本能として遺伝子に書き込まれている価値観です。鳥も人間に似ているという感想を持ちますが、人間が鳥に似ているというほうが正しいでしょう。

Q:SARSなどが鳥から広がるといわれているいますが、国境を越えて移動する鳥は大丈夫なのでしょうか?

A:渡り鳥などの野鳥からパンデミックが広がるということはないでしょう。ニワトリ、ブタ、人間など日常的に近く住む鳥がSARSの媒介者となるのです。

Q:PCR装置とシーケンサーの価格はいくら?

A:所有権は別にして当研究所にも置いてありますが、PCR装置は60万円、シーケンサーは2,000万円でいずれも米国製です。

Q:カラスはパートナーのいずれかが死ぬまでつがうとされていますが、不倫または浮気はしないのですか?

A:死ぬまでつがうのは子育てにおいて必要だからで、不倫または浮気は子供をより多く残すとという意味で進化上有効なため、多分しているでしょう。もうこれは学者の常識のため、DNAの配列まで使った研究をする人は居ないでしょう。

Q:ミトコンドリア・ゲノムの分析で人類の進化史を語った「イヴの七人の娘たち」の著者、ブライアン・サイクスの「アダムの呪い」 にY遺伝子と姓名が非常に高い確度で一致するということが紹介されていました。ケルトの英雄サマーレッドのY遺伝子はマクドナルド性50万人の男性に受け 継がれ、ジンギスカンのY遺伝子は1,600万人の男性にうけつがれています。英国の名家の子孫は米国にも拡散していますが同じ姓名を持つ人は同じY遺伝 子をもつということは、文学に描かれるほど不倫または浮気がないことの現われではないでしょうか? しかし鳥より人間が互いに誠実であるというのは奇異が感じがしますが。キリスト教の影響でしょうか?

A:宗教じゃないでしょう。英国の貴族や上流階級の特殊事情で人間も鳥も基本的には本能は同じと思いますが。

これに関してはティム・バークヘッド が「乱交の生物学 精子競争と性的葛藤の進化史」でDNA鑑定すればペア外の男性が父親である確率は高くないだろうと予想してい ます。

なお、浮気、不倫 、貞淑、貞節とかシンメトリーでない用語を使うのは適切でないとのコメントがW側から出されました。そこでここでは不倫または浮気と併記し、互いに誠実としました。一語でわかる適切な用語があれば良いのですが。


講演後、玄関で島津久永理事長も入って記念撮影。久永氏の奥様は清宮貴子内親王。

山階鳥類研究所にて理事長と所長と記念撮影

安孫子市立「鳥の博物館」は月曜日は休館日であった。また、近くにある白樺派の「白樺文学館」も休館日であった。明治前半期の「自由民権運動」と大正期の「大正デモクラシ−」に我孫子は白樺派の拠点であったという。民芸の創始者、柳宗悦(やなぎむねよし)が叔父の嘉納治五郎の勧めで我孫子に移り住んだ。大恋愛の末、我孫子での新婚生活に入った声楽家の柳兼子(やなぎかねこ)は、夫・宗悦の精力的で多様な活動を物心両面で支えた。柳の勧めで志賀直哉(がやってきて、志賀直哉の誘いで武者小路実篤が移り住み、柳の勧めで、武者小路と同時期に我孫子にやって来たバ−ナ−ド・リ−チは、柳の家に寄宿し、庭に窯をつくった。志賀直哉の屋敷跡はいまでも「富枡」の近くにある。

手賀沼の岸を散策後、懇談会会場の「富枡」で懇親会。「富枡」で白樺派のカレーなるものを試食する。柳兼子が作り始め、バーナード・リーチの薦めで隠し味として味噌 を使ったとのこと。NEWフォーラムの今回の参加者が多かった動機は研究所が皇室との関係が深いことがあったようだ。ここで本日の参加者が共感されれば賛助会員になることを話し合った。

次回は7月30日に別役劇観劇会をすることに決定。それにしてもバオバブの木のあるマダガスカル島の鳥の話しから バオバブの木で壊れてしまう小さな星からきたサン=テグジュベリの「星の王子さま」に由来する別役劇を観劇することになったのも何かの縁であろうか。小さな星にとってのバオバブの木とは人間のことか?散会後、我孫子駅前でハシゴをする。

コンラート・ローレンツの「ソロモンの指輪」を読んだのは1991年だから今から17年まえだ。帰ってから久しぶりに一部を読み直した。卵からかえったば かりの ハイイロガンの雛に片目でジッと見つめられたばかりに その子を肌身離さずそだてなければならなくなったローレンツの困惑はインプリンティングにドライブされたものだった。これをつかってハイイロガンやいくつ かの渡り鳥を飛行機の音と姿、それに人間と一緒に卵から育て、特製の超軽量飛行機から空を飛ぶ姿を至近距離から撮影した ジャック・ペランのWATARIDORIという2001年のフランス映画を思い出したのであった。人間を仲間と思いこんで飛びながら感情を身振りで示す鳥たちの姿はアメリカ製のCGのような安っぽいものではなく、真の感動をよぶものであった。このような映画は2度と制作されることはないのだろう。

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July 12, 2008

Rev. April 12, 2018


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