中欧紀行その1
新日本トラベル
2002年5月4日〜5月12日
ベルリン、マイセン、ドレスデン

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 2002年は9月のアメリカテロの影響か、3月になってもゴ−ルデンウイ−クの団体旅行の募集があり、4月1日申し込む。他の旅行会社も含めこの方面で5〜6のコ−スと日程の組み合わせがあったが、この日程のみが30名以上と多人数で成立していた。最終的には34名になった。

 5月4日(土)
 伊丹空港までMKハイヤ−を利用したが、自宅からス−ツケ−スと一緒に低廉・親切に送ってもらえるのでありがたい。
成田空港JL405でパリ−に飛び、AF2434(エア−フランス)でベルリンへ。2001年7月から、成田での日本人の出入国用紙の記載が不要になった。ベルリン・テ−ゲル空港に着くも、一行の半分の人のス−ツケ−ス(小生らも)が未着。どうも、AFには荷物の事故が多いようだ。ス−ツケ−スの鍵を預けてほしいといわれた。何のためだろうか。だぶだぶのシャツや化粧品そして衛生用具も入ったおしゃれなケ−スを一時用として呉れた。

ベルリン、ポッダム:

 5月5日(日)
 ハイケさん(偶然だが、昨年ドイツ旅行でベルリンのガイドをいていただいた女性)の案内でベルリン市内とツェツィ−リエンホフ宮殿の観光。ペルガモン博物館は正面のペルガモンの大祭壇とアテネ神殿をみてから、建物左側のバビロンの展示を重点的に見学した。本日は日曜日で、ベルリンの店舗は完全に閉まっており、都市全体が静寂であった。
 

 5月6日(月)
 朝7時に専用バスで旧東ドイツのマイセン、ドレスデンの観光、そしてドイツとチェコの国境を越え、プラハに。 

マイセン:
 

マイセンはヨ−ロッパ第一ともいわれるマイセン磁器の街で狭い道路に車が混雑していた。国立磁器工場に入場し、団体入場の時間を待つ。最初の部屋でビデオ(日本語)でマイセン磁器の歴史と工程の解説があり、そのあと小部屋での実演を見る。約束事に従って実に細心にきめこまかい動作。マイセン磁器の購入を主な目的として参加される人もおられるようであるが、価格は一寸したコ−ヒ−カップものでも数十万円。博物館での鑑賞で時間をすごした。

 磁器の熱狂的なコレクタ−(特に東洋の、そして有田の。従って有田とマイセンは姉妹都市)であったザクセン選帝侯アウグスト2世は錬金術師ベドガ−を城に幽閉し研究に当たらせ、1709年粘土カオリンを発見し、白磁の焼成に成功。ベドガ−は製造法の漏洩を恐れたアウグスト2世によって幽閉の身で38歳の一生を終えている。

ドレスデン:

 ドレスデンはエルベ川に沿うザクセン州の州都で、17世紀末アウグスト2世の時代にはザクセン王国の首都として繁栄を極め、ツヴィンガ−宮殿、聖母教会、日本宮殿などバロック様式の建物が建設された。また、ルネッサンス以来の名画や陶器、宝石などが王様によって大々的に収集された。1945年3月の米英の無差別大空襲によりドレスデンは壊滅し、10数万人の死者を出した。東独時代には復旧作業が進展しなかっが、現在多くの建物が市民の努力によりドイツ人らしく、昔の通りに再建されている最中で聖母教会も60%位の再建中で、2007年には完成するとのことであった。ドレスデンのガイドは日本人女性クライシさん。

 オペラ広場でゼンパ−オペラや宮廷教会の説明を受けた後、ツヴィンガ−宮殿の中庭を見学した。ドレスデンの建物はその建築素材と酸性雨のため全体に建物が黒ずんでいた。宮殿にはアルテマイスタ−、陶磁器コレクションなどの美術館があるが、月曜日はアルテマイスタ−が休館日になるため、アルベルティウムの見学に振り替えられた。
 そのあと、ドレスデン城の奇跡的に戦禍を免れた高さ8m、長さ101m、2万7000枚のマイセン陶器のタイルにザクセンの歴代君主の騎馬行進行列を描いた壁画を見学。中央くらいアウグスト2世と3世が描かれている。ゲ−テがヨ−ロッパのバルコニ−と賞賛したエルベ河畔のブリュ−ルのテラスに少憩ののち、アルベルティウムで宝石や金銀をふんだんに使用し造られた歴代ザクセン選帝侯の室内装飾品を見学した。写真・ビデオには5.1ユ−ロが必要。

 聖母教会の修復は本年5月NHK-BSでも紹介されていたが、倒壊したブロック片に番号を振り、細かく昔あった場所において行くというドイツ人らしいやり方。新しいものに変えるということよりも、昔のものをという文化に対する態度に心服。

 新市街で昼食をとったあと、チェコのプラハにバスで走った。アルテンベルクを過ぎチノヴェックで国境を越える。国境近くの峠道170号線道路で可愛らしい緑色の小さなSL機関車に出会う。数回この道を通りましたが初めてですと添乗員さん。国境ではチェコ婦人警備員によりバス内でのパスポ−トの点検があった。われわれの横にいたスペイン人の一行のバスでは、一人のお婆さんが路上でス−ツケ−スをひっくり返してパスポ−トを探していたがなかなか見つからない。なんやかんやで、50分くらい所要して国境を通過する。トラックが数十台並んでいる。国境を過ぎると、上半身を顕わにした女性(ストリ−トガ−ル)が数人、手を振っていた。日常の風景ですとのこと。ドレスデンから国境へ55km、国境からプラハへ99km。
 
 夕5時過ぎにプラハ9区にあるDUO HOTELにつく。9時過ぎよりビ−ル大国のチェコビ−ルをピヴォヴァルスキ−醸造レストランで(ウ・クリハの予定になっていたが)ぐぅ-と一杯。


 
ブランデンブルク門 バビロンの行列道り ツェツィ−リエンホフ宮殿 マイセン磁器工場・博物館
絵付け実演 併設ショップ ゼンパ−・オペラ ドレスデン
空爆の跡 君主の行列 ツヴィンガ−宮殿 聖母教会復旧工事
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