相模原障害者大量殺人事件についての二つの疑問に対する精神科専門医の方のお答え

2016年726日未明に相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で障害者19人を殺害したとされる植松聖(うえまつ さとし)容疑者(26)に対する病院の対応について不可解な点が二つありました。

1)なぜ短期間で退院できたのか・・・勤務先であった同施設を襲撃対象と明記した詳細な犯行計画を盛り込んだ犯行予告(下の(a)犯行予告の一部をご参照ください)を2月24日に衆議院議長に提出したため措置入院させられましたが、12日後に退院しました。犯行予告には、「私はUFOを2回見たことがあります。未来人なのかも知れません。」などと書かれており、診断の際に医師に対して所持していたゲームのカードを示してその図柄から「横浜と銀座が滅びる」と断定するなどの妄想があり、素人考えでは、これほどの妄想が12日間で簡単に解消するなどとは考えられません。 

2)大麻を使用していたことを病院が把握しても警察に通報しないことがあるのか・・植松容疑者が大麻を吸引していた反応が確認されたにもかかわらず、その点は警察には報告されず、法的責任も問われませんでした。こういう場合、病院が通報しないこともあるのかどうか。

先日精神科の専門医の方(以下では「K先生」とお呼びすることにします)にお目にかかる機会がありましたので上記2点についてお尋ねしてみましたところ、専門医としてのご意見をお聞きすることができましたのでご紹介します。K先生、お忙しい中、素人の質問にご丁寧にお答えしていただき、また原稿にも目を通していただいきましたことに対して心からお礼を申し上げます。大変勉強になったと同時に、精神科医のお仕事がいかに大変であるかの一端をうかがい知ることができた気がしました。

(1)短期間で退院できた理由・・・大麻の使用による障害(「大麻精神病」)と誤診された

厚生労働省の検証チームが9月14日に公表した中間報告(「相模原市の障害者支援施設における事件の検証及び再発防止策検討チーム」中間とりまとめ)にかなり詳細な事件の経過が報告されていましたので、これによって事件の概要を把握することが可能です。この報告書によれば、措置入院が必要かどうかを決定する際には通常2人の精神保健指定医(以下、指定医)による措置診断が必要ですが、植松容疑者が同施設内で殺害予告発言を繰り返したため警察に保護されることになった2月19日は金曜日でしかも夜間であったため、1人の医師(第1指定医)による緊急措置診断が行われました。その結果、「精神障害のために自身を傷つけ他人を害する(以下では「自傷他害」)恐れが著しい」(精神保健福祉法)と認められたため、緊急措置入院が決定され、容疑者は19日夜に強制的に入院させられました。また、措置診断は入院する病院の医師以外の医師が行うことになっていますが、今回のケースでは、緊急性があったためか、入院していた北里大学東病院の医師が診断を行いました。

緊急措置入院となった場合には、72時間(3日)以内に通常の措置診療を行う必要があるために、3日後の22日(月曜日)には2人の指定医(第1指定医と別の病院から参加したもう1人の指定医(第2指定医))による措置診断が実施されました。さらに入院の12日後の3月2日に、主治医(おそらく第1指定医)が「自傷他害」のおそれがないと判断したため「措置解除」つまり退院となりました。その結果、植松容疑者は、措置入院の際3回、退院の際に1回の合計4回、措置入院の必要性を判断するための診断を受けたことになりますが、そのうち3回は主治医でもあった第1指定医が行ったとみられます。

私のような素人が検証チームの中間報告の内容から判断すると、わずか12日間で退院できたのは、この第1指定医の診断に問題があったためとみられます。最初の第1指定医による緊急措置診断では、主要な症状は「躁病」とされましたが、中間報告ではこの診断に対して「指定医として標準的な判断であったと考える」とされています。躁病でも、幻覚・妄想を認める場合もあるようです(「DSM-5を使いこなすための臨床精神医学テキスト」ドナルド・W・ブラック、ナンシー・C・アンドリアセン著、医学書院刊、111ページ)。

3日後の措置診断では、19日の緊急措置診断後に行われた尿検査の結果、大麻成分が陽性であったことの影響を受けて、第1指定医は、「大麻精神病」を主たる精神障害、「非社会性パーソナリティー障害」を従たる精神障害と診断を変更しました。Wikipediaの「大麻精神病」の項には、「1997年の世界保健機関 (WHO) の報告書は、大麻精神病 の存在は、臨床観察から言われている仮説の障害であり、大麻の使用を中止すると数日以内に治るもので、明確に定義されておらず・・・・経過も多様であり、大麻との因果関係を確定することは困難で、診断基準や分類も一定せず、大麻精神病という疾患単位は確立していない」と指摘されています。この医師は、定義もはっきりしない上、数日以内に治る病気である「大麻精神病」のために深刻な妄想などが起こったと誤診したのではないかと思います。実際、中間報告でも、「一般的に大麻の吸引のみで今回のような発言や行動をもたらす可能性は低く、措置症状消退を認めた指定医(第1指定医)は「大麻の使用による精神および行動の障害」以外の精神障害について、十分な検討を行っていなかったと考えられる。」と、実質的に誤診であったことを認めています。

これに対して、北里大学東病院以外の医師(第2指定医)による措置診断では「妄想性障害」(年単位の治療期間が必要となる場合が多い統合失調症の一種と考えられる障害)が主たる精神障害、「薬物性精神病性障害」が従たる精神障害に主要な症状とされました。

入院12日後の、第1指定医による最後の措置解除診断では「大麻使用による精神および行動の障害」が主たる精神障害とされ、「入院以降の症状又は状態像の経過」の欄には次のような記載がありました。

「入院時尿より大麻が検出され『国から許可を得て障害者を刺し殺さなければならない』との妄想が認められた」、「経過観察するなかでしだいに妄想と易怒性(いどせい、怒りやすさ)、興奮性が消失し、『あの時はおかしかった。大麻吸引が原因だったのではないか』と内省でき、他害の恐れはなくなった」

つまり、原因となった精神病が、「躁病」や「妄想性障害」だったとすれば、わずか 12日間で症状が解消するとは考えにくいため、第1指定医の「大麻精神病」という診断がこの誤った措置解除につながったと考えられます。

また、お話をお聞きしたK先生も短期間で妄想のような症状が改善するのは難しいとお考えになっているようです。伝統的な精神医学では妄想には社会的・心理学的に説明できない一次妄想と、妄想の発生や内容が患者の異常体験や性格特徴、状況などの社会的・心理学的に説明可能な二次妄想があるそうです。今回の「重度障害者は生きていてもしょうがないから安楽死させたほうがいい」などという考えは、「このまま家族・社会の世話になるだけ」、「家族・社会の負担は大変」等の雰囲気を多少受けた面があったとしても少なくても日本の社会では認められないこと等から、選択肢の中から選ぶ方式で診断するだけのアメリカ精神医学会から刊行された精神障害の診断マニュアルであるDSM-5の診断では妄想(本人の生育歴、社会との不適応から二次妄想に相応)になるとみられるとのことです。一次妄想だと投薬が必要ですが二次妄想は薬だけでは改善せず、心理社会的な治療が必要となり2週間で改善するものではありませんと指摘されました。

指定医が資格を不正取得していたことが判明

その後、措置解除診断をした第1指定医が、指定医の資格を不正取得していたことが判明し、指定医の資格を辞退しました。つまり、植松容疑者の措置入院と措置解除の決定は、不正に資格を取得した医師によって行われていたことになります。中間報告では、「(不正な申請によって資格を取得していた)医師が今回の措置入院に係る診察に関わり、措置入院に関する判断に疑念を抱かせ、措置入院制度に対する信頼を損ねたことは重大な問題である」と指摘しされています。

K先生によれば、アルコール・薬物関連のいくつかの学会が今年春に統合して「日本アルコール・アディクション医学会」となったばかりであるため、まだアルコール・薬物の専門医・指導医制度はできていないとのことです。それでもそれに近いアルコール・薬物専門医・指導医レベル(アルコール・薬物関係の学会員でかつ薬物専門病院で研修を受けていてその後診療・研究実績のあることが前提)の先生の下で研修・指導を受けて精神保険指定医を申請されているケースは少ないとのお話でした。そのため、第1指定医が正規に資格を取得していたとしても、薬物について十分な知識を持っていないことも考えられるため、同様な結果になった可能性があるとのお話でした。

また、K先生は年に一回程度保健所に頼まれて措置診察をされているそうですが、「仕事を途中で中断し他の先生に後の仕事を頼み、普通は保健所や警察署で、時には本人宅現場で衆人環視の中で行っています。診療所を出て、措置診察をしその後診断書・意見書を書き診療所に帰るまで半日はかかります。報酬とし交通費、税込み含めて5千円ほどです。誰もやりたがりません、特に若い医師は嫌がる傾向が強いようです」と指摘されています。このお話から、措置入院制度は指定医の方の能力だけでなく、奉仕精神にも依存している面がかなりあるようです。

何の支援もないまま社会に放り出された容疑者

K先生のお話では、措置入院中は医療費はかかりませんが、措置解除後は自分か家族が医療費を支払わなければならなくなるそうです。植松容疑者は殺害予告の責任を問われたことから、2月19日に勤務していた津久井やまゆり園に退職届を提出して受理されたため、措置解除となると、生活費と医療費をなんらかの手段で稼ぎ出す必要がありました。精神障害を抱えた容疑者が突然職を探そうとしても非常に難しいことは容易に想像でき、そのため、中間報告でも、「退院後の医療等の支援の内容が検討されることもなく、単に措置解除だけが行われてしまった」ことを認めています。

植松容疑者は3月24日には、北里大東病院を外来受診し、不眠、気分の落ち込みなどの抑うつ症状を訴えたため、抗うつ薬などの処方を受け、3月31日の外来診療を予約をしました。同日には、ハローワーク相模原に雇用保険支給の申請をし、さらに相模原市の福祉事務所に生活保護の申請を行いました。雇用保険は4月から7月まで計90日分が支給されました。一方、生活保護費はいったん3月分から5月分までが支払われましたが、雇用保険の受給が確認されたため、4月分と5月分は支給されないことになり、植松容疑者は落ち着いた様子で返還を認めたそうです。雇用保険の支給が終わった7月末に犯行が行われたことから、金銭的に行き詰まって自暴自棄になり、反社会的な犯行に及んだ可能性もあると思います。そうだとすれば、精神障害者を支援のない状態で追い詰めたことが、事件の原因の1つとなったとも言えると思います。

子供が精神障害と診断された場合に一番頼りにするのは親や家族のはずですが、中間報告の「本事件の事実関係」を見ても、親が積極的に治療に参加したような指摘は見られませんでした。事件の12日前の7月14日に容疑者は八王子市の住む両親宅を訪れ、一緒に食事をしました。また、容疑者はそれまで月に2、3回両親宅を訪ね一緒に食事や運動をしたそうですがそれ以外の支援をしたことは指摘されていません。特に不可解なのは、「措置解除となった3月2日に、北里大東病院の主治医が、外来で薬物依存に対する精神療法を継続する旨や薬物の再使用の防止を支援する施設についての情報を盛り込んだ退院療養計画書を作成し、それを担当看護婦が容疑者及び母親に説明の上、容疑者同席のもと、母親に手渡したとしているが、母親は退院療養計画書を受け取った記憶がないとのことであった」という点です。子供が人殺しをするという内容の手紙を衆議院議長に送り、その結果強制入院となり、その後の治療について説明を受けて、計画書を渡されたにもかかわらず、その記憶がないというのは、母親がいかに子供に無関心であったかを物語っていると思います。小学校教師らしい父親もほとんど積極的に関与していないのも信じ難い点です。

2)大麻を使用していたことを病院が把握しても警察に通報しないことがあるのか

K先生のお話では、医療施設で患者の尿から大麻成分が検出されるなど、患者が大麻を吸引していたことが判明した場合でも通報しないことはあるようです。

医師は「麻薬、大麻又はアヘン中毒」の状態にある患者を知ったとき、法律上都道府県知事に速やかに届ける義務があるそうです。ただ問題は「中毒」の意味ですが、医学的には「中毒」とは一時的に過剰摂取した「急性中毒」と慢性的摂取により中止後も脳障害をきたしてしまった「慢性中毒」があるそうです。しかし、法律的内容の「中毒」は薬物による依存状態で薬物をやめられないという嗜癖のため不安・焦燥(しょうそう、いらだちあせること)、幻覚妄想、興奮、意識障害などの精神症状をきたしていることを言っているそうです。そのため普通の精神科病院、精神科クリニックでみられるような「過去に何回かやったことがあるが今はやっていない」、「やりたくなったらどうしたらいいですか」、「いま2~3回やっているがこのままでは心配です」などと訴える大半の患者の場合については、通報義務の状態には至っていないとみて、薬物専門医のいる精神科病院や、薬物依存の自助集団である「ダルク」を紹介しているのが現状とのお話でした。

通報義務に至るほどの「中毒」になっている患者はクリニック受診よりすでに警察が把握しているか一般市民や家族から保健所又は警察に通報されているか精神科救急又は一般救急病院で見つかり通報されているのが普通だそうです。今回の事件で措置入院先の病院の担当医が通報しなかったのは「中毒の状態」と見なかったのか措置入院病状報告(大麻精神病)だけで十分と判断したのか詳しいことがわからないため判断できないそうです。いずれにしても、普通の精神科外来で「麻薬中毒患者」を見る機会がほとんどないため、通報する機会はごく限られているそうです。

(3)不気味なナチズム同様の優性思想の広がり

今回の事件の最も恐ろしい点は、障害者、老人、病人などは抹殺してもいいという考え方が背景となっている点です。植松容疑者は、今回の虐殺を安倍晋三首相が承認してくれるだけでなく、資金的に援助して、超法規的な措置によって減刑してくれるという考えを持っていたことが下記の犯行予告から分かります。なぜこんなことを考えるようになったのかは不明ですが、こうした考え方は、ナチスドイツの優生思想(遺伝的に優秀な種だけが生き残るべきという思想)と一致しています。

ナチスドイツのユダヤ人大量虐殺は、その前に行われた「T4作戦」という障害者の大量虐殺の手法をそのまま使ったものであったことは問題4-1(思想史)の答えでもご紹介しました。

「1933年に成立した「ナチ断種法」(正式名称は、遺伝病の子孫を予防するための法律)によって、精神薄弱者、精神分裂病者、躁うつ病者、てんかん患者、重症アルコール依存症患者、先天性の盲人およびろうあ者、重度障害児、小人症、けい性麻痺、筋ジストロフィー、フリードライヒ病、先天性股関節脱臼の患者が断種処置(つまり安楽死)の対象となりました。1940年4月には、「T4作戦」という正式の暗号名でこの安楽死計画が大規模に展開され始めました。つまり、ドイツ国内の4カ所の精神病院施設に、ガス室と焼却炉が付設され、アウシュビッツのユダヤ人虐殺の2年以上も前に精神病患者の虐殺が始められたことになります。ナチ政権下でこの法律によって「強制断種」の犠牲となった人間の総数は、20-35万人にのぼると推定されているそうです。」

最近の政治家の発言から、狂信的な若者がそんな考えに傾いても不思議ではないような気がします。例えば、麻生財務相は今年6月に「90歳になって老後が心配とか、わけの分かんないこと言っている人がこないだテレビに出てた。オイいつまで生きてるつもりだよと思いながら見てました」と発言しました。政治家ではありませんが、最近ではTOKYO MXテレビの長谷川豊アナウンサーが番組で「透析患者なんか殺せと言ったら燃えた」と笑いながら発言したそうです。この発言に対して、先天的な奇形が原因の慢性腎不全のために透析を受けている野上春香さんが抗議運動を起こし、現在までに2万6,000人の賛同者が集まりましたが、長谷川アナウンサーはまだ謝罪はしていないようです。

今回の事件を含めて、これらの動きは、ナチズムが社会の中で静かに広がっていることを感じさせます(2016年11月14日)。


(a)犯行予告の一部

植松容疑者の衆議院議長公邸宛て手紙の全文 障害者抹殺作戦を犯行予告
http://breaking-news.jp/2016/07/26/026100)からコピーさせていただきました。

・・・外見はとても大切なことに気づき、容姿に自信が無い為、美容整形を行います。進化の先にある大きい瞳、小さい顔、宇宙人が代表するイメージ それらを実現しております。私はUFOを2回見たことがあります。未来人なのかも知れません。・・・

作戦内容・・・職員の少ない夜勤に決行致します。 重複障害者が多く在籍している2つの園【津久井やまゆり、●●●●)を標的とします。 見守り職員は結束バンドで身動き、外部との連絡をとれなくします。職員は絶対に傷つけず、速やかに作戦を実行します。 2つの園260名を抹殺した後は自首します。

作戦を実行するに私からはいくつかのご要望がございます。[引用者追記:原文のまま]逮捕後の監禁は最長で2年までとし、その後は自由な人生を送らせて下さい。心神喪失による無罪。 新しい名前(●●●●)、本籍、運転免許証等の生活に必要な書類、美容整形による一般社会への擬態。 金銭的支援5億円。これらを確約して頂ければと考えております。

ご決断頂ければ、いつでも作戦を実行致します。日本国と世界平和の為に何卒よろしくお願い致します。想像を絶する激務の中大変恐縮ではございますが、安倍晋三様にご相談頂けることを切に願っております。植松聖(うえまつ さとし)


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