問題4-1(思想史)の答え・・・a.b.c.がすべて正解です

問題4-2(思想史)の答え・・・d.実存主義哲学者のハイデッガー、f.心理学者のユングが正解です。

フロイトとフロムはユダヤ人で、ヤスパースはナチズムに対して一貫して否定的な態度とりました。ハイデッガーとヤスパースの間の、ナチズムの問題などに関するやりとりについては、NHKテレビ「沈黙か断罪か」でも詳しく取り上げられました。

以下の情報は主に、小俣和一郎著『精神医学とナチズム、裁かれるユング、ハイデガー』(講談社現代新書)によっています(一部引用した個所はページ数を示しました)。

問題4-1の説明

ナチスドイツの大量殺人は、最初は国内の精神障害者が対象となっていました。1933年に成立した「ナチ断種法」(正式名称は、遺伝病の子孫を予防するための法律)によって、精神薄弱者、精神分裂病者、躁うつ病者、てんかん患者、重症アルコール依存症患者、先天性の盲人およびろうあ者、重度障害児、小人症、けい性麻痺、筋ジストロフィー、フリードライヒ病、先天性股関節脱臼の患者が断種処置(つまり安楽死)の対象となりました。1940年4月には、「T4作戦」という正式の暗号名でこの安楽死計画が大規模に展開され始めました(同書32ページ)。つまり、ドイツ国内の4カ所の精神病院施設に、ガス室と焼却炉が付設され、アウシュビッツのユダヤ人虐殺の2年以上も前に精神病患者の虐殺が始められたことになります。ナチ政権下でこの法律によって「強制断種」の犠牲となった人間の総数は、20-35万人にのぼると推定されているそうです。アウシュビッツ強制収容所などでの大量殺人(ホロコースト)は、T4作戦を担当した医者や現場の責任者が指導し、T4作戦の方法をそのまま拡大し、対象を精神障害者からユダヤ人へと転換したものであったようです。強制収容所でのユダヤ人などの犠牲者は400万 人に上ったと推定されています。

ナチス断種法の根拠となった理論の一つが、生存に適しない動植物は次第に淘汰され、適応力のある有能な種だけが生存競争に勝ち残ってゆく、とするダーウィンの適者生存の法則です。動植物の進化についての法則をそのまま、人間社会に適用したため、「社会ダーウィニズム」とよばれています。このような思想はプラグマティズムとも結びついて、産業革命後の19世紀末以降に欧州で広く受け入れられたそうです。

ニーチェの超人思想はヒットラーに強い影響をもたらしたといわれていますが、それだけでなく、ニーチェはいくつかの著作のなかで末期患者や障害児の抹殺を巧みな比喩や寓話によって肯定しているようです(同書19ページ)。

問題4-2の説明

実存主義哲学者のハイデッガーについて・・・ハイデッガーは、(1)1933年にフライブルク大学の学長に就任したため「やむなく」ナチ党に入党したこと、(2)約1年後に自ら学長を辞任した後には脱党したこと、(3)反ユダヤ主義者ではなく、そのためユダヤ人学生やユダヤ人教員の排斥に反対したなどというハイデッガー自身による弁明がこれまで歴史的検証を全く受けることなく一方的に信じられてきたそうです。

しかし、ハイデッガーの晩年の弟子であったヴィクトア・ファリアスが12年間にわたる広範な歴史資料の調査に基づいて、1987年に発表した「ハイデッガーとナチズム」によって以下のような点が明らかとなりました。ハイデッガーは(1)1933年のナチ政権の登場以前から、ナチズムに共鳴しており、ナチの突撃隊の行動を支持していた、(2)ハイデッガーの党員番号は3125894番で、1945年のナチ崩壊にいたるまで一度も欠かすことなく、党費を納め続けていた、(3)学長の辞任は、ハイデッガーがナチズムに反対していたからではなく、ナチ党内の大学改革方法をめぐる対立によって、自発的になされたものである。

また、小俣氏は、ハイデッガーの思想そのものも明らかに自民族中心主義(アーリア民族至上主義)の立場に立っていたとしています。またヒットラーの主著である「わが闘争」とハイデッガーの主著である「存在と時間」の内容には、非常に密接な関係が認められるようです。つまり、同氏によればハイデッガーは「個人的政治信条のみならず、その思想・学問にいたるまでナチズムに染め抜かれた」ということになるそうです。ハイデッガーは死ぬまで、ナチスを支持していたことに対する反省の意思を表明することはなかったようです。


心理学者のユングについて・・・ユングは、ナチ思想に即した新しい精神療法学会を組織することを目標として設立された「ドイツ一般精神療法学会」の副会長でした。この組織の会長は、ナチス党幹部のヘルマン・ゲーリングの従兄弟にあたるマチアス・ゲーリングでした。また、この組織の母体であった「一般精神療法学会」は会長だったクレッチマーがナチ党員でなかったことから辞表を提出したあと、ユングが会長の座におさまっていました。

「わが闘争」とハイデッガーの主著である「存在と時間」に非常に密接な関係が認められたのと同様に、ユング心理学の中心となる概念の一つである、「集合無意識」は、ナチスの全体主義、集団優位主義に似ており、集合無意識の現れとされた「元型」は、ナチスの民族主義に、さらに、ユングが民族神話を重視している点は、ナチスが「古代ゲルマン民族主義への回帰」を呼びかけている点に通じていると小俣氏はみなしています。

実存主義哲学者のヤスパース・・・妻がユダヤ人であったこともあって、ハイデルベルク大学の教授職をナチスによって追われることになっりました。

精神病患者の研究が元になって、精神医学が発達しただけでなく、哲学にも大きな影響を与えたのと同様に、一種の社会全体の精神の病ともいえるナチズムから、多くのことを学ぶ必要があるのではないでしょうか。特に、複雑、難解な理論を展開してきた大哲学者でも、誰の目にも明らかな過ちを犯し得ることが明らかとなったという点は大きな教訓となったのではないでしょうか(97年9月25日)。

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