適当な日記
2005/10/02(日)
土曜日(2005/10/01)は寝坊したので、自転車に乗って、おおよお、羽根木、梅丘、上町、鶴巻、用賀、瀬田経由で多摩川へ。二子橋を渡り、北見方、高津を通って府中街道近傍の道、府中街道へと進み、生田緑地へ。枡形山に登って一息。能楽堂の3階から眼下・遠景(新宿など)を見下ろす。さて、どうしようかと思い、急坂を下って岡本太郎美術館に寄ることに決めた。開館時間の09:30時に以降に生田緑地にいることは滅多にないし(※)、先週の外勤で見知らぬベンチャーの社長さんとかと話したりしていたので、美術館くらいは大丈夫だろうと思ったからだ。残念ながら入れ替え時期だったらしく常設展示しかなかったが(次は魯山人らしい)、まあ、堪能。画も彫刻も皆同じだけど、立体の方が迫力を感じる。どれも良い! 時間的には13:30からのプラネタリウムにぴったりだったが、美術館内で見たポスターに惹かれて、別の場所に向かうことに決める。しかし帰りに――実は行きに見かけたのだが――緑地に至る歩道で売っていた名物「多摩川梨」大粒2個600円をお土産に買ってしまったので、笹塚まで直行。向ヶ丘遊園駅、登戸駅近傍、多摩水道橋を渡り、世田谷通りで農大まで行き、そこから桜経由で上町に抜け、後は行きと逆に……。約1時間かかった。
つづく……
※05時から09時くらいが多かったか? もっとも05時でも、犬と飼い主は散歩してたけど……
※※大阪万博に展示された方の「太陽の塔」内部の「生命の樹」のラフ・スケッチを見て、成田亨が「円谷プロの予算には搬入費とか入ってないでしょ?」とかいって飾りつけの仕事を得、あとで円谷の親父さんに腹を立てられた、とかいった話を思い出す。出典は「特撮と怪獣 わが造形美術」フィルムアート社(1996)。現在絶版。
それから、家に帰って梨2個を冷蔵庫に入れて再出発。今度は電車(西部池袋線)で中村橋駅まで。実は岡本太郎美術館の出口に各種美術館のポスターが展示してあり、そのひとつに佐伯祐三展(練馬美術館)があるのを見つけたからだった(※)。滅多に乗らない路線なので、いろいろミスしながら中村橋駅まで。階段を下り、改札を抜け、下り方面に少し歩くと、すぐ練馬美術館だった。老人だったらぼやきそうな石段を登って美術館入り口へ。中に入る。受付でチケットを買い(500円、岡本太郎美術館も500円だった)、たいして広くないロビーに抜けると、いきなり「旅行鞄(大)」がガラスケースの中に展示してある。旧い鞄については詳しくないが、いわゆる木の皮を編みこんだ行李の鞄で、二階の展示場ロビーには(小)が展示してあった。
絵画の展示数は約140点で、はっきり言って多かった。その昔、美術の教科書で見たような絵がすべてある。歪んだ「モランの寺」だとか、「リュクサンブール公園」だとか、乃木将軍みたいな「郵便配達夫」だとか、いろいろ…… 個人的には「靴屋」が嬉しかったか? ちょっとびっくりしたのは、青い空の絵があったこと。全部で5枚くらいあったのが、そのほとんどが下落合時代に描かれたもので、その中でも、テニスをしているコートの情景を描いた絵の空は、同じ青色でも、他の画とは違って、抜けるような青だった。
で、堪能して岐路に着く。まだ陽が高かったので中村橋駅から中杉通りを下って鷺宮駅(西武新宿線)経由で阿佐ヶ谷駅(JR)まで歩き、少し疲れたので渋谷行きのバスで笹塚へ。そのまま買い物をして、夕食を作りはじめる。韃靼蕎麦、茶蕎麦、半生蕎麦を、とろろ、茗荷、ネギ、その他で食し、小説「亙り」でも紹介した鰯のつみれを実はメインに…… 結局、半生蕎麦と、とろろ芋焼き(汁にした余りの芋を輪切りにし、レンジで両面焼いたもの)は失敗したが、まあよしとする。
歩数25680(しっかり10416)歩。ま、自転車載ってたからね……
※「小松崎茂展」が愛知県で開催されているらしい。
で、本日は、また善福寺川踏破コースを…… 運動会とか(子供)、写真撮影会とか(お姉さん&おじさん)とか、やってました。和田掘公園の大猫たちは草やベンチの上でぐっすり。帰ってきて約13時。で、洗濯とか、いろいろしているうちに、はや18時。そろそろメシを作らねば……
歩数23470(しっかり22454)歩。
そういえば頭痛が1月以上続いている。左耳の上辺り。夏のは冷房→肩冷え→頭のてっぺんだったが、今回は肩と耳(左耳は昔から調子がよくない)と、もしかしたら歯かな? これだけ続くのは久しぶりである。あ、目かもしれない…… っていうか、眼鏡の度数が左右でずれてきた気も……
2005/10/05(火)
昨日(2005/10/04)都市住宅機構からの返事は、まだない。もう3週間だぜ! 超サービス悪い! と、3回目のメールを送ったのだが、家に帰ると速達で返事が着ていた。
掲載すると(HTML化に際し、字は右寄せにした。オリジナルは通常の手紙文)、
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平成17年10月3日
○○ △△号室
◇◇ 様
立行政法人都市再生機構
東日本支社赤坂住宅管理センター
TEL03-3402-6481
拝啓
当機構の業務につきましては、日ごろ日頃ご協力いただき感謝申し上げます。
遅くなりましたが、メールにてお申し出のありました件について、回答いたします。
@自転車を移動したのが警備員だった場合、なぜそれを行ったのかについて
まず、警備員は機構の警備員ではなく、区分所有している○○の管理会社の警備員でありますことをご承知おきください。
警備員に確認したところ、警備員が自転車を移動して有料駐輪場に置くというような事実はございませんでした。
A自転車を移動したのが警備員でなかった場合、なぜ駐輪器にあった機構シール付の自転車をそのまま放置したのかについて
駐輪場における、第三者による盗難、いたずら等について発生した損害等について、当機構において、損害賠償する責任は無いものと考えています。
従いまして、ご要望に添うことはできませんので、ご理解の程、よろしくお願い申し上げます。
敬具
営業時間9:15〜17:40
(土、日祭は休み)
(担当:○○、△△)
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という回答であった。
読めばわかるように第2の質問に対する回答が曖昧なので、その点について再度質問をすることにした。
今度はどれくらいかかるかな? わくわく……
※しかし、700円は損したのであった!
日々雑感というが、本当に雑駁なことしか考えていない。仕事中も、力(りき)入ってないし……
一昨日はわずかだけ、昨日はほぼ頭痛がしなかったが、本日は復活。午後の1時間くらいのみ止まる。
先日仕事関連で、それまで見たことも訊いたこともなかった小型装置のマニュアルを読み下す機会があった。和訳というか、下訳のような作業である。その手の仕事は久しぶりだったので面白いことも多かったが、実際はかなり大変だった。
日本語のマニュアルなので、たとえばmustを「しなければなりません」と訳すのは躊躇われた。そこで「must系」は基本的に「〜する必要があります」としてみた。「may系」については「〜(される/する)でしょう」ではやはりまずかろうと、基本的に「〜(される/する)はずです」と訳し、主に時制の関係で使用されている場合は、混乱を避けるために、単に「〜(され/し)ます」とした(他の助動詞含む)。
その辺りのところはルール化すればいいので、それで良いのだが、最後まで困ったのはわからない言葉、というかテクニカル・ターム(専門用語)類で、これはネットを駆使して調べる以外に方法がなかった。法的な表現では――日本語訳のないものはともかくとして――参照したホームページで違っていることもあり、結構困った。それから、何々法では既知の頭文字表現(FBIとかNATOとかいったもの:例が旧い!)などでは、意味の違うものが複数ヒットし、選ぶのに迷ったものもあった。
※加えて言えば、誤訳しても、自分では見つけられないし……
他には思い込み、というか、そのとき頭に浮かんだ日本語から離れられなくなった例もある。たとえばflashは通常「閃光、(写真の)フラッシュ」の意だが、文意的にそれでは繋ぎが悪い。掌に載るほどの大きさの小型装置のモニタ内の文字が、日本語的に「閃光」するはずがないのである。最初に浮かんだ言い換えの言葉は「点滅」だったが、これは普通はblinkなので違うだろう。ということで、最終的に使用した「点灯」を考えつくまで半日以上もかかってしまった。
それとは別に、知っているのに意味がとれない単語類でも苦労した。たとえば、わかってしまえば、milkingが「搾り出すこと」の意なのは了解できるのだが、「うーむ、ミルク? 牛乳? 乳濁? 乳化ならemulsionだし、〜zingとはなってないし……」と考えること、考えること。他例では、push and holdなら「押し続ける」で良いだろうが、pushing and holdingとどう訳し分ける? とか、そういった問題もあった。また言葉によっては、頭の中だけではどうしてもイメージできず、装置や付属品の形を調べに行ったり、特にpromptという単語では実際に装置を起動してみたりした。promptについては、最終的に、「所定の付属品を装置に挿入完了するまでモニタ上でそれを促すように点滅する表示」の意と了解できたので、「挿入示唆マーク(プロンプト)」と訳したが、通常辞書では「後見する(名詞で「後見人」)」などとしか出ていず、そのとき主に利用していた「ライフサイエンス辞書(http://lsd.pharm.kyoto-u.ac.jp/ja/service/weblsd/index.html)」では、
prompt ***(共起検索)促す、機敏な、迅速な [うながす、きびんな、じんそくな]
といった具合。急に思いついて、いまgoogleで検索をかけると、「IT用語辞典e-words(http://e-words.jp/w/E38397E383ADE383B3E38397E38388.html)」に、以下のように載ってた。
プロンプト【prompt】読み方:プロンプト
MS-DOSやUNIX系OSなど、キーボードによる文字列入力で操作を行なうOSにおいて、システムが命令入力を受け付けられる状態にあることを示すために表示される記号。
すなわち先の訳は、間違ってはいなかったわけである。
ことほどさように、モノを知らないということは、知らないことを知る楽しみを生ずる(年齢とは関係なしに)ということを感じた体験であった。
※もっとも痛切に、しばらくそういった調べものは御免! と感じている。
(具体的には、もっといろいろあったが、それはまた機会があれば……)
日本水産が1993/05/20に出願し、1998/09/25に登録された特許(特許番号:2829817)「塩味茹枝豆の冷凍品及びその包装品」は、登録後、他9社の冷凍食品メーカーから訴訟を起こされたが負けなかった。
必要な項のみを抜き出してみる。
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【要約】
【目的】塩味茹枝豆の冷凍品及びその包装品の提供。
【構成】豆の薄皮に塩味が感じられ、かつ、豆の中心まで薄塩味が浸透している硬度0.3kg?0.6kg塩味茹枝豆の冷凍品。収穫した新鮮な枝豆を塩水の熱水中でブランチングおよびスチームブランチングして、或いは熱水中でのブランチングおよびスチームブランチングし、その前又は後で塩水処理して製造されたものである。緑、青又は赤の有色透明包装材により包装する。
【効果】もぎたての新鮮な枝豆の塩茹品を自然解凍するだけで食することができる塩味茹枝豆の冷凍品及びその包装体を提供することができる。包装材の色により茹枝豆の鮮やかなグリーンの退色を抑制することができる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】豆の薄皮に塩味が感じられ、かつ、豆の中心まで薄塩味が浸透しているソフト感のある塩味茹枝豆の冷凍品。
【請求項2】塩味茹枝豆は硬度が0.3kg?0.6kgの範囲にある請求項1記載の塩味茹枝豆の冷凍品。
【請求項3】茹枝豆が、塩水の熱水中でのブランチングおよびスチームブランチングの処理工程を経て製造したものである請求項1又は請求項2記載の塩味茹枝豆の冷凍品。
【請求項4】 茹枝豆が、熱水中でのブランチング及びスチームブランチングの前又は後で、少なくとも塩水浸漬処理することを特徴とする請求項1、請求項2又は請求項3記載の塩味茹枝豆の冷凍品。
【請求項5】 請求項1、請求項2、請求項3又は請求項4記載の塩味茹枝豆の冷凍品の緑、青又は赤の有色透明包装材による包装品。
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もちろん重要なのは、
【請求項1】豆の薄皮に塩味が感じられ、かつ、豆の中心まで薄塩味が浸透しているソフト感のある塩味茹枝豆の冷凍品。
であり、この項のため、他社は「皮に塩をふることは可能」だが、「豆に塩味をつけられない」。「ソフト感がないものしか作れない」などの制約を受けることになった。すなわち、特許というものは「条件が少ないほど請求範囲が広い」ということだ。
※後に「緑色の維持された」という追加事項が、「浸透している」と「ソフト感のある」の間に付け加えられたようだが、今回「特許情報図書館(http://www.ipdl.ncipi.go.jp/homepg.ipdl)」で調べた限りでは、その項は追加されていなかった。追加されていた場合は、他メーカーは「緑色のもの」まで作れなくなってしまう。
※本来【請求項1】だけで成立して良さそうな特許だが、日本の場合、どうしてか範囲を狭めよう、狭めようという傾向があるため、こういう形になったのかもしれない。
ということまでは知っていたのだが、その後、ニッスイは訴訟に負けていた。
まず最初の訂正訴訟「緑色の維持された(追加項目)」では、勝っている。
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対象特許 特許2829817号
【登録日】平成10年(1998)9月25日
【発明の名称】塩味茹枝豆の冷凍品及びその包装品
【特許権者】
【氏名又は名称】日本水産株式会社
平成11年異議第71860号
特許異議申立人 株式会社ニチロ
特許異議申立人 株式会社 ニチレイ
特許異議申立人 マルハ株式会社
特許異議申立人 明治乳業株式会社
特許異議申立人 株式会社 明商
特許異議申立人 ライフフーズ 株式会社
特許異議申立人 五十嵐冷蔵 株式会社
特許異議申立人 株式会社 ノースイ
特許異議申立人 福嶋 唯夫
結論 訂正を認める。特許第2829817号の請求項1ないし3に係る特許を維持する。
【特許請求の範囲】(訂正後)
【請求項1】豆の薄皮に塩味が感じられ、かつ、豆の中心まで薄塩味が浸透している緑色の維持されたソフト感のある塩味茹枝豆の冷凍品。
【請求項2】茹枝豆が、熱水中でのブランチング及びスチームブランチングの前又は後で、少なくとも塩水浸漬処理することを特徴とする請求項1記載の塩茹枝豆の冷凍品。
【請求項3】請求項1又は請求項2記載の塩茹枝豆の冷凍品の緑、青又は赤の有色透明包装材による包装品。
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すなわち、「中心まで塩味なら抵触」するわけで各社は困惑(「塩味の枝豆など当たり前で、特許が成立するとは思わなかった」)、ニッスイは41社に使用料を求めた。
※ちなみに特許には「方法(製法特許)」と「物、製造品(プロダクト特許)」があるが、法的に保護範囲が広いのは後者で、ニッスイの特許も後者のため、他メーカーが色めき立ったわけだ。製法特許はモノを作る際のプロセスに焦点を当てるもので、保護されるのは工程のみだが、製品特許はできあがった物質・製品そのものの権利を保護するもので、他の企業が異なる生産方法で製造したモノでも特許に抵触する。
(2000年の冷凍枝豆の輸入量約7万5000トンのうち、塩味つきは半分の3万5000〜4万トン。)
だがニッスイを除くメーカー各社は、「塩味つき冷凍枝豆は日水の発明ではない」と口をそろえる。「塩味つき冷凍枝豆は1980年代半ばにノースイと台湾メーカーが共同開発し、日水が特許出願した93年以前から日本で販売していた。メーカーにより製法は様々だが、製品の味や品質がほぼ同じなのは当時から常識だった。にもかかわらず製品特許が認められたのは理解に苦しむ」と台湾区冷凍蔬果工業同業公会理事長(当時)は困惑の表情で話した。「2年連続の天候不順で台湾メーカーはどこも赤字なこともあり、納得いかない特許権行使に台湾側は怒り心頭だった」と関係者も打ち明けていた。
つづく……
つづき……
ニッスイ側の最終前の声明を示す。
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当社「冷凍塩味茹枝豆」特許権の無効審判審決および特許権侵害訴訟事件の判決に対する対応について
日本水産株式会社(代表取締役社長 垣添 直也)は、保有する「冷凍塩味茹枝豆」特許権について本年2月18日付で特許庁審判部から下された本特許権に関する無効審決に対し、この取り消しを求める訴訟に踏み切ることといたしました。
一方(株)ニチロに対する特許権侵害差止等請求については、2月26日付で東京地裁から請求棄却の判決が下されたことを受け、本件を慎重に検討した結果、これを控訴しないことといたしました。
ニッスイは、冷凍食品業界各社が独自の技術開発を競い合い、互いの知的財産を尊重しあう環境こそが、お客様にご満足いただける多様な付加価値商品の提供につながると考えています。これまで業界では、類似商品が出回りやすい傾向にあり製品開発に伴う知的財産を尊重するという意識がややもすると稀薄な状況にありました。ニッスイは本特許権の取得と行使によって業界内に知的財産権に関する意識の醸成を図りたいと考え行動して参りました。
このたびの特許無効の審決については、その審理の過程および結論に承服できないため、改めて司法の判断を求めることにいたしました。一方、損害賠償の訴訟については、お客様をはじめ流通関係等のお取引先とともに業界の健全な発展に寄与するという当社の基本方針、ならびに現下における業界の状況考慮して、本訴訟を継続することはニッスイの意図せざる影響をもたらすと判断し控訴しないことを決定いたしました。
当該商品は「えだ豆の豆の中にまで塩味が染みている」こと等を特徴とする発明であり、1994年の特許公報による公開以降、その発明の周知を図りながら販売し1998年に特許権を取得したものです。この間当該商品はお客さまのご支持を得て順調に売上げを伸ばし、冷凍枝豆の市場全体の拡大もこの発明が大きく貢献したものと確信しております。
ニッスイは今後も生活者の視点から独自性のある商品を開発し、お客さまとの間に信頼と調和のある関係を構築してまいります。
「冷凍塩味茹枝豆」特許の概要および特許権取得の経緯は以下の通りです。
【「冷凍塩味茹枝豆」特許について】
・発明の名称:塩味茹枝豆の冷凍品およびその包装品
・登 録 番 号:第2829817号
・出 願 日:1993年5月20日
・登 録 日:1998年9月25日
・特許の内容: 自然解凍・流水解凍いずれの解凍方法であっても、いつでもどこでも塩味の効いたおいしいえだ豆が簡単に食べられるよう、「えだ豆の豆の中まで塩味が染みている」ことを特徴とする、製品そのものに関する特許です。
・特許の要件: 下記の5つから構成されています。
(1)豆の薄皮に塩味が感じられること
(2)豆の中心まで薄い塩味が浸透していること
(3)緑色が維持されていること
(4)ソフトな食感であること
(5)茹でた枝豆の冷凍品であること
【「冷凍塩味茹枝豆」特許の経緯】
・1993年5月20日 本発明を特許出願
・同年12月 家庭用冷凍食品「塩あじえだ豆」を発売
・1994年11月29日 特許公開公報により、特許が公開される
・1995年11月 「塩あじえだ豆」商品パッケージに特許に関する表示を開始
・1996年3月 特許庁へ審査請求手続きをとる
・1998年9月25日 特許登録されて特許権を獲得
・以降1999年6月までの間 8件の異議申立てが特許庁に提出される
同庁審判部で全面的な審査の見直しが行われる
・2001年6月30日 権利の維持が決定、本特許が安定した権利であることが認められる
・同年10月1日 特許権行使のため、実施許諾交渉を開始
・2002年2月13日 (株)ニチロ、特許庁に無効審判を請求
・2002年3月26日 特許権侵害を理由に(株)ニチロを東京地裁に提訴
・2003年2月20日 (株)ニチロが請求した無効審判請求事件について特許庁審判部より2月18日付けで、特許無効の審決を受ける
・2003年2月26日 ニッスイが提訴した特許侵害訴訟について、東京地裁より
ニッスイの請求を棄却する旨の判決を受ける
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そして、「冷凍枝豆特許訴訟、日本水産が訴訟取り下げ(2003/04/14)」となるのであった。
有名な訴訟事件だったらしいが、寡黙にして知らなかった。本当に、モノを知らないということは楽しい!(かな?)
2005/10/08(土)
本日も寝坊して、というか、もう起きられなくて、10:30くらいに自転車で出発。この数日は平日の早起き散歩も行っていない。
さて、ふらふらといつもの道を南下し、でも何故か城山城址で右折し、経堂駅を抜けて千歳船橋駅から折れて千歳通りに乗って千歳烏山駅近辺まで進んだので、足を伸ばして給田の中央自動車道近く、その(高速の)向こうに日本女子体育大が建っている千歳変電所まで行ってみた。そこから送電中富線を追いかけながら、中原、深大寺と知らない道を進み、貯水タンクを左手に見つつ三鷹駅方面に向かうと、前に徒歩で追いかけた送電境−新線を発見(竹薮近くでネコを撮影)。経路は同じではないが西部多摩川線を渡り、東小金井の西で踏み切りを越え(踏切が少ない!)、東に向かってJRの武蔵境交流変電所まで。その辺りで雨に祟られる。最初に境−新線を遡ったときも、台風10号にやられてびしょ濡れになったし、武蔵境変電所は鬼門というべきか?
で、道もわからないので、雨の中JR中央本線に沿って三鷹駅の先まで進み、その先は井の頭公園を抜けて井の頭線、神田川経由で帰路に着く。三鷹台駅付近で送電高井戸線、浜田山で送電和田堀線、永福で送電北堀線と交わりながら、和泉で送電駒沢線を見て環七を渡り、やっと家に辿り着く。永福の辺りで体力が切れた。吉祥寺の辺りで送電北多摩線を見かけているはずなのだが、記憶がない。道的に見えなかったのか?
大変疲れた!
都市再生機構に関しては若干進展があったのだが、まだ対応していないので、またそのうち……
2005/10/10(月)
昨日(2005/10/09)は終日雨だったので、家でまったりとした時を過ごした。結局、スパイダーをやっていて、一月くらいかかった盤面をクリアし、やっと次のゲームに進めた。
※ここの日記には記していないが、win95にアクセサリで付いていたカードゲームのスパイダーは、筆者が唯一行うパソコンゲームである。上記のように、いつの頃からか、クリアできるまで同じゲームを続けるようなプレイ・スタイルとなった。これまでで、もっとも時間がかかったのは4ヶ月、400回近く繰り返した盤面だ。想像に難くないように、難しい盤面は、最初に降ってきた(配られた)カードが動かず、最後に降ってくるカードが、そのままでは動かないタイプのものである。
【で、本日は】
雨だったが、昨日サボってしまったので、歩くことにした。その前に、先週ギシギシ、ギアが鳴っていた自転車に、オイルをかけた。
※機械オイルがなかったので、酸化が速いと思いつつ、食用油を使用した。近所の100円ショップに、(結構品揃えは良いのだが……)機械油がなかったからだ。
09:30くらいに出発して、自転車で良く通る道のままに二子多摩川駅(二子橋)まで。途中、上町で「探しネコ」の張り紙を見て、一句。
探されているネコの面影宿す月(浮かんだママ)
編集:迷い猫路地と路地裏顔残し 迷い猫の彷徨う路地に月明り
どれも大したことがない。ちなみに「奥の細道」が編集の名著と看破したのは松岡正剛。
二子多摩川の東横線の高架下では、霧雨の中ご苦労にも写真撮影会、というか参加者が5人くらい(内モデル二人)だったから、それの特化したプライベート撮影会か?(何度か同じ場所で見たことあるけど……)が行われ、また(たぶん)近所に居住されている方たちのバーベキュー会が開かれていた(焼く前だったけど……)。ここまで約2時間。二子橋から会社まで歩くと約30分だから、非常時に橋が落ちていなければ、帰宅には約2.5時間かかることになる。
ちなみに会社から(ひとつ上流の)多摩川水道橋までは約40分。さらに小田急線・喜多見駅まででは計約1時間。だが、これが成城学園前駅で行くと、直線コースがないために(迂回が多い)、計約1時間半かかる。こちらのコースはそこまでと、会社から経堂駅まで、成城学園前駅から自宅までを試したことがある。
さて、それから橋を渡り終えて大山街道から府中街道経由JR久地駅まで、そこから府中街道と多摩川の中間を走る道路(名前ないのか? 珍しい……)を通って、登戸駅まで。まだ疲れていなかったので、それからJR南武線沿いに稲田堤駅まで進む。といっても、線路にぴったり寄り添うような道はなく、小学校を迂回したり、途中、柵のない線路を眺めたり(※)、中之島駅付近の小学校で、給食調理室を見て、感慨にふけったりしながりだ。それから京王線・京王稲田堤駅近くの靴屋で、すでに履き潰しかけていて、雨漏り(×)、浸水(○)、する靴の新型を買い求める。お気に入りは、SPALDINGで、大きさは27。そして、京王線で帰宅。電池が上がっていたらしく、万歩計は真っ白。約4時間歩いたので、25000歩以上はあっただろう。こちらも買い換えないと……
※JR武蔵野線もかなり広範囲に渡り、柵のない部分があったが、向こうは単線だし…… もっとも用水が近くを通っているところは似ている。それに南武線は、昔、いわゆるジャリ電だったわけだし……
【落穂拾い】
前に北鎌倉に行ったとき、書き記すのを忘れたが、澁澤龍彦のエッセイにあったように、ヌエ(トラツグミ)の「ヒョー、ヒー」という物悲しげな声を聞いた。が、当該エッセイには、「四月から五月にかけて、しきりに鳴く。」とある。聞いたのは9月だった。ま、生きていれば、鳴くか? 北鎌倉駅のわずかに鎌倉駅寄りの(電柱の)電線に止まった細くて白っぽい鳥だった。こちらがしきりにそれを見上げていると、筋骨隆々(たぶん)、体格の良い若い坊さんが近くを通り過ぎていった。
それだけ……
また「落穂」を思い出したら、書く。
【夢】
いまでもあるが、実家の風呂は家の外壁とブロック塀との隙間(いわゆる勝手口)を改造して、いまは亡き爺さまがひとりで造ったものだが、金曜日の明け方くらいに、その風呂が再改造された夢を見た。最改造したのは、いまはストリート・ミュージシャンかバイトか海外旅行をしている実弟で、よく考えてみれば不可能なのに、元々1畳くらいの風呂場の大きさが4倍くらいに拡大され、いわゆるホーローの風呂釜は(銀に反射する)ステンレスに変わっていた。もちろん風呂釜も大きくなっていえて、洗い場のところには、別の小さな湯浴もあった。それに釜がついていたかどうかは、憶えていない。で、その風呂に入ったのは改造されて間もなくだったようで、風呂釜を洗うと出てくる湯垢の塊みたいなものが浮いていたあたりが、リアルといえばリアルだった。
これは何を意味するのだろう?
筆者はあまり不思議な夢は見ない(上記が不思議というなら、見るといえるが……)。些細な点で辻褄が合わないことは多いが、基本的には日常の延長のような夢を見る。ただ夢自体は、そう多く見ない。
他人でもそうかもしれないが、いつも行く「町」があって、その現実のモデルもだいたい察しがつく。その「町」で不思議な(実はそうでもない)事件が起こる連作を昔から書きたいと思っているのだが、話自体が思いつかない。唯一、小説「亙り」には若干、その要素が入っているといえるか……
夢については、その夢から本日までにもうひとつ見ているのだが、これを書いている途中で忘れた。いずれ思い出したら、「落穂拾い」で……
※実家の風呂の天井はガラス張りである。普通に木かトタンの天井をつけただけでは暗かろうと、爺さまが、近所の、いまはラーメン屋になっている当時呉服屋のガラス戸(一部欠けて入れ替え予定だったもの)を譲り受け、天井部分に据えたのである。もっとも、ただそれだけでは隣のアパートから見えてしまうため、一部プラスチックの波板で覆われているが……
ちなみに、そのラーメン屋はよく代替わりする。当時から考えると、職種(店の種類)自体も良く変わっている。
土地が悪いと言うことなのだろうか?
もう少し書きたいことがあるような気もするが、とりあえず、この話題はこれまで。
一日中文章を書いて過ごしたい
【番宣風】
「あなたのことは恨まないわ……」といって彼女は死んだ。
だが――
「乙卵諒子は禁断の遺伝子治療を受けていたんです!」
わずかに遺った彼女の死への恐怖が、現実の災害として復活した。
「サーバが、ネット・システムが、制御不能です! あと数時間で、すべて機能停止します!」
「電力供給システムも止まります! 東京は、日本の都市は、壊滅状態です!」
「どうして、そんなことが…… 助かる道はないのか?」
「彼女の死体が、ばら撒かれたのは、偶然じゃなかった?」
「知っていて、それを仕掛けたものがいたのか!」
(破壊された諒子の組織の一部が、種種システムに感染していく映像)
政府発表の無差別テロに恐怖し、行き場を奪われた日本国民!
「膜? 国土を覆っているって? 出て行くことも出来ないのか?」
「能力が、拡大されて…… 強くなっているって!」
(失火が原因だが、いまや大都市を燃やし尽くす紅蓮の炎の映像)
「彼女が望んでいるのは、全員の死です!」
ドドーン!
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という話を書くかもしれない。「ウルトラマン」の脚本でやってみたいね。誰か売り込んで…… でも、「マックス」は顔がオジサンだから、やだ!(ゼウスはハゲっぽいし……)
※「ウルトラマン・マックス」は独自性が出て面白くなってきた。この前の話など、前半がエグイ「ネクサス」だったのに、きれいに終わったから…… もっとも最後のシーンは、年長者が子供に説明する必要があるかもしれない(見ていない人には、わからない話でした)。
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考えてみると、これまで書いてきた話の多くは、コンピュータが関連するものだった(番宣も……)。
そんなに機械が怖いのだろうか? いやたぶん、そうなんだろう?
2005/10/13(木)
どうやら、引っ越すことになりそうだ。すぐにという話ではないが、方向はそっちを向いている。しかも、いまでのところでさえ分不相応(な賃貸料:14万強)だと思っているのに、さらに高い(ただし1部屋多い)ところになりそうな勢いである。もっとも現在、妻がトランクルームを借りていて、その分を一部屋に当てたいという正当な理由があるので、どうにもできない。ひきこもりの(ひ)としては(人非人の(ひ)でもある)、まず手間と対応を考えただけで気分が悪くなる。怖い! 何もしたくない……
それはともかく、分不相応というのを検証してみよう。
まず会社が東京郊外(というほどでもないが、23区出身者としての感覚)にあり、会社より郊外に住む地方出身者は、妻帯しても、そこまでの家賃は払っていないと思われるからだ。だが、それはあくまで推論。
手取りが少なく出費が多いのが検討点といえるか? (ひ)は年寄りだが、管理職ではないので、手当がない分、給与は安い。実は裁量労働制が実施されてから若干上がってはいるのだが(しかし数年前、資格試験制度に移行するとき、額面で約4万下がった)、これからの増税と割当金比率の変化などを考慮すると、手取り23.5万円程度と考えるのが妥当だ。
そこから毎月必ず出て行く金額は、
死んだときにしか出ない保険料(2社)が、約2.5万。電気代は、今年は1.5万円が2ヶ月続いたので、平均して1万くらい。水道は突き当たり0.4万円。ガスは忘れたが、とりあえず0.7万円としておこう。電話代が0.5万円。ネット・カード関係で0.5万円。家賃の負担分約8万(年に1回8.5万)。ここまでの合計で、
2.5+1.0+0.4+0.7+0.5+0.5+8.0=13.6万円
しかし実際にかかるのは食費と雑費で、コーヒーや酒や漬け物、塩辛などの嗜好品、レトルト、乾麺、お茶類を含めた分の食費が9万円以上。そこから妻の負担分3万を引いて約6万円。もっとかかっているという説もある(計19.6)、最近は安さより健康面を重視しているので、お弁当材料費も嵩み、約0.6万円(計20.2)、いまどきは100円ショップがあるから、かなり減額にはなったが、そういった雑貨類0.5万円×4程度で、多くて約2万円(計22.2)。残りが土日に出歩くときの電車賃や飲み物代になる。食事に行けば、1回0.7万円程度かかるから、月2回行って、1.4万円の赤字(ちなみに交通費は、今年から半年分の定期代(相当額)で支給されている。定期券が(機械的&磁気的に)磨り減って、購入後4〜5月後目くらいに自動改札をピポピポ鳴らすのが厭という理由により、それ以下の期間で買うと赤字になる)。
そこで埋め合わせとなるのが賞与だが、最近まわってくる仕事の性質上、しばらくはD評価、手取りで約1月分くらいしか期待できない。年で2ヶ月分。それでも出るだけありがたい。ということで、ノートパソコンを1台買うと半期分無くなってしまう(赤字になる)ので、ここ数年間、かなり末期的症状が現れているのだが、買い換える踏ん切りがつかないでいる(会社用ということもある)。
※また賞与からは、同人誌出版関連で年に約10万円使用する。
さらにいえば、いまはまだ開発の名目で仕事をさせてもらっているが、最近担当しているのは制度改変や法律関連のものが多い(知らないことの方が多い)。実際、開発職から事務職にまわされた人の例もあり、その場合、給与が手取り17万円台になる。すぐにではないが、その可能性もあるわけで、そういった意味でも分不相応と感じているわけだ。
※現在は違うが、1月分の交通費約1.7万円込みで額面が約31万円だったときでも(交通費分先に引いておけば、約29万円)、実際に手元に渡るのは(交通費分を抜いて)、24万円を切っている。引かれるのは税金や介護費その他諸々だが、計2割近くも持って行かれているわけで、仕方がないが、将来的にはこれがもっと上がる。消費税も小泉任期満了後、7パーセントに、最終15パーセントまでは上がる。また給与自体は、人にもよるが、加齢にともなって下がる(実質的&物価的)傾向にある。数年前、最初に給与が下がったとき、CDと新刊本を買うのを止めた(例外あり)。夕食も、基本的に自分で作るようにしたし、結果的にひきこもり度を上げてしまうことになったが、会社の飲み会も、私的な飲み会も、基本的には非参加とした(例外あり)。最近は、先の制度変更のおかげで文庫本やDVDを買ったりできるようになり(新古が出るまで待ったけど)、酷暑のせいもあってペットボトルまたは缶内容物(多くは、コーヒーかお茶か水)を愛飲するようにもなったが、この先どうなるのだろう?
※退職金の運用制度の見直し(これは国&自治体が制度を変えるから)もあるが、額が安いことも含めて、ここでは触れない。
【知ってる人には、面白いかもしれない特許情報】
(以下、箇条書きで)
実用新案法のある国は多くない。
「発明」とは、「自然法則を利用した技術的思想の創作うち高度のもの」をいう。
「経済法則」「永久機関」は「自然法則を利用していない」のでNG。
「ビジネス方法」「バッティング方法」は「技術的思想の創作」ではないのでNG。
発明を定義している国は少ない。アメリカ、ヨーロッパでは定義していない。
韓国の特許法は日本のものを訳しただけ。
ビジネスモデル特許(俗称)とは、「ビジネスの方法」+「IT」のこと。ITを絡める必要がある。
実用新案は、上記で「高度ではないもの」という建前だが、特許と同じ審査官に審査されるため、実質的には同じ基準で扱われる(大規模な装置を使わず、簡単に作れるもの程度の理解……)。
アメリカでは「パッティング方法」は特許になる。法的には、アメリカとそれ以外の国といった対立。
「発明のカテゴリ」には、「物の発明」と「方法の発明」があるが、法的に保護対象が広いのは「物の発明」。よって、特許は「物」として取ること(または「……装置および方法」)。
「プログラム」は特許法上「物」として扱われる。
コンピュータプログラムは特許法と著作権法の2法で保護される。
特許法では「プログラムで表されるアイデア(アルゴリズム)が保護」される。ソース開示の必要はない → オリジナルへのアクセス不問(絶対的権利)。
著作権法では「プログラムで記述される表現(ソースコードそのもの)が保護」される → オリジナルのプログラムを複製などしたときに効力が及ぶ(相対的権利)
特許侵害を発見した場合、通常はまず警告をするが、法的にはしなくてもよい。いきなり地裁に訴えても良い。
弁理士が言う「クレーム」とは「請求項」のこと。勘違いしないように……
「特許請求の範囲」には、「明細書」で説明した部分のうち、権利として欲しいところを書く。
表現ひとつで実際に欲しい権利の50%になったり、150%になったりすることがあるので、(よほど経験を積んだのでなければ)請求項を記載するときは、弁理士に相談することが望ましい。
請求項は一文。丸(読点)ひとつ。ゆえに、慣れると読み易い。
キーボードでNを二回押して「ん」と変換されるのも特許。
現在の日本の特許法では、不法なダウンロードも差し止めできる(「ネットワーク型特許」)。
特許法は、通常の法よりも法改されるのが速く、日本のものは世界でも水準が高い。
70年代は「電卓型特許(電卓などハードの特許)」、80年代前半は「マイコン型特許(マイコン制御用の電子釜、制御用マイコン)」、80年代後半は「ワープロ型特許(プログラムはハード制御用に限らない)」、90年代は「ソフトウェア媒体型特許(CD−ROMを差し止めできる)」。
請求項の記載で「。」の前が「装置」などなら「物」、「方法」なら「方法」の特許となる。
「発明の名称」も同じ(「。」ではないが……)で、これは「発明の分類」にもなる。
「人為的な取り決め」は「発明」とはならない。例えばコンピュータを使っても、主語が「人」なら特許とはならず(人が何何するという行為が入るため)、「サーバ」なら特許となる。
ソフトウェアによる情報処理がハードウェア資源を用いて具体的に実現されている場合、当該ソフトウェアは「自然法則を利用した技術的思想の創作である」と考えらえ、「発明」に該当する。
日本の場合、発明の定義に「自然法則を利用した……」とあるので、「プログラム」だけでは「発明」にならない(ソフトウェアはハードがなければ動かないのだが……)。
要約を作成するときは、具体的な方法を書く必要がある。ただしソースまでは入らない。アイデアは具体的に書く。内容のよくわかるフローチャート(装置の場合の「図」)も必要。
「出力手段」「入力手段」は「ハード」と見なす(表現)。
ソフトウェア関連の特許を検索するときは、ハード関連も検索する必要がある。IPC(国際特許分類:International Patent Classification)検索も利用する。
エンジン制御にソフトウェアを使う場合、エンジンがハードなので、「発明」に該当。
画像処理方法も画像データはハードによって表示・読み取りされるため、「発明」に該当。
請求項の中では通常「……を用いることなく……」という表現はしない。括弧内は「発明」の「効果」であって「構成」ではないから。
つづく?
2005/10/14(金)
【(特許の)つづき】
特許となるための主な要件は、
(1)「産業上利用性」
産業上利用性を満たさないもの
@人間を手術、治療、診断する方法
(猫ならばOK。また診断する装置、プログラムならばOK)
A実際上、明らかに実施できないもの
B個人的にのみ利用され、市販などの可能性のないもの
(2)新規性
NG:@公然知られた発明
A公然実施された発明
B刊行物・インターネットなどで公開された発明
(公然:守秘義務のない人に知られること)
(3)進歩性
NG:@公知の発明を単に寄せ集めたに過ぎない発明
A発明の構成要素の一部を書き換えたに過ぎない発明
「進歩性」という言葉は誤解を招きやすい(進歩性を意味しない)ので、「非自明性(アメリカなどの記載法)=当業者が従来技術から容易に思いつかないこと」と考えると良い。
当業者=その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者、平均的な水準にある技術者を想定。
ソフトウェアの場合の当事者は、複数いる(プログラムに詳しい人、関連する制御技術、電子技術、etc……などに詳しい人)。
特許の拒絶理由は「進歩性がない」が多い。
特許を調べていて「どうしてこんなものが特許に?」と疑問に思うようなものがあるが、それは審査官が前例(文献)を見つけられなかったから特許となった。
しかし文献がなかったとしても、自明と思われるものは弾かれる。
「紙幣偽造装置」では公序良俗に反するので特許とならないが、「紙幣印刷装置」ならなる。
発明の売り込みは特許を取得してから行うこと。または守秘契約を結ぶ(次善の策)。
アメリカは現状「先発明制」だが、実質は「先願制」で、制度も「先願制」に法改正される方向にあるらしい。
国際特許というものはない。国際特許弁理士というは何だか不明。
「ビジネスモデル特許」「プログラム特許」というのは俗称で、特許は特許。
主にアメリカの制度が足枷になり、いわゆる国際特許(アメリカで取れば、日本でも取れる)の調整は進んでいない(「先発明制」が大きな問題)。
「ABCを有する装置」というものを出願しようとする場合、たとえばABCが同じ文献に載っていれば進歩性なし。ABが同じ、Cが違う場合は微妙。当業者にとって容易に思いつくがどうかが判断のポイント。
それまで、その(それらの)組み合わせに阻害要因があった場合は、それを結びつけたわけだから「進歩性(技術性)」があり、特許となる。
特許を数カ国に出したい場合、日本で出してから1年以内ならば他国で出せる(パリ条約)。他にはPCT(特許協力条約:Patent Cooperation Treaty)。
物が完成していなくてもアイデアが実現されていれば特許となる。ビジネスモデル特許ならば、外注段階でOK(実際に実施されていなくてもよい。「発明」は「……技術思想の創作」だから)。
弁理士に説明に行くときには、発明提案書(図面つき)をまず書き、それに基づいて話す。
ソフトの場合は、細か過ぎず、また大まか過ぎない、特徴がよくわかるフローチャートを作成する。
弁理士協会のホームページには、それぞれの弁理士の得意分野も載っている(弁理士検索)。
「発明提案書(弁理士のところに持っていくもの)」では、変形例(実施形態の変形例:何らかの阻害要因で、いま現在実現していない/できないものも含む)も重要。
「商標」とは選択物(どれそれの中から○○というものを選んだ)であり、創作物ではない。
「商標」が保護するものは、その商標に「蓄積された信用」。
「商標」には、自他識別力が必要。
いわゆる「サービス」には直接商標が付けられないので、レストランの場合は「皿」、宅配便の場合は「トラック」などに付けることができる。
「宅急便」はヤマト運輸の商標。
テレビとビデオを組み合わせただけでは特許にならない。コードで結んだものを一体化しただけだから。販売されたテレビデオは特許を取得しているだろうが、何らかの(たとえば技術的な)進歩性を織り込んでいるはず。
コンビニには、ドアのところに身長測定センサがある。銀行などは、遠くから高さを判別できる木や、横棒が何本もついた棒(衝立)などを置いている。
特許審査官は上級の国家公務員で、技術者(各専門家)がテーマによって振り分けられている。
特許審査官は(定年)退職に際し、試験はあるが(免除もあるが)、弁理士の資格が取れる。これは公認会計士と同じ。
以上
【頭痛の件】
本当の理由は不明だが、この2、3日で頭痛が治まってきたので、その発生を含めて原因を探ってみようと思う。
最近の最初の頭痛は、頭頂にキリキリくるもので、おそらく肩凝りから上がってきたもののだろう。その肩凝りの主原因は冷房風の直撃で、ついで目や耳の疲れや痛みだろうと考えられる。その頭痛については主原因を取り除く(場所を移動する)ことで、かなり緩和された。ただし今夏の暑さが尋常ではなかったため、それに由来の全身の疲れが取れず(感覚器官含む)、完治とはならなかった。なんとなく痛くなくなったという感じ、かな?
次が2005/09/07からのもので、主原因はやはり肩凝りだと思われるが、その原因は不明。
同時期に行っていたことは、まず、夏の間中断していた朝の散歩(通勤に際し何駅か先まで歩く。1時間程度)を09/01に再開、1週間目から7・11の健康食品フォースリーンを飲みはじめる(「鰯の頭」で信じているわけではないが、別の行為が伴うと朝の散歩も継続しやすかろうと考えたため。痩せない体質になってしまったからねぇ……)。頭痛の発生はそれと同時期となる。さらに、以前からときどき調子が悪くなる左耳(軽い耳鳴り、軽い違和感あり。ただし聴力は正常)も疲れが取れていない感じがしていた(医学的には、耳は劣化するばかりなので、加齢に伴って必ず悪くなる。ただし、外耳炎みたいな外傷は別)。
痛み自体は、薄く、濃く(というのか?)の差はあれ、夕食を食べるまで続く感じ。眠っている(横になっている、床についている)ときは、あまり感じない。いま思えばリアルタイムで記述しておけば良かったと思うが、そのときはそんなに続くとは思っていなかったので、仕方がない。夕食後、感じなくなる理由は不明だが、飲酒によるリラクゼーションが関連しているのかもしれない。睡眠も、その頃はまだ暑かったためか、途切れがちだった。現在では1回に(眠ってから目が覚めるまで)4時間以上眠れるし、眠りに入るのも比較的容易だが、09月初旬は、数時間寝付けず、2時頃ウトウトしだし、枕元の時計を「あ、5分進んだ。……30分進んだから、その間寝てたのか?」と眺めながら、なんとなく眠り、4時半頃起床。トイレに入るなどした後、朝の散歩に出かけていた。
※本来「日記」にはこういったことを書くものなのだろうが、これまでほとんど「私小説」の方法論を採用してきたので、書いてこなかったような気もする? 他人に見せることが前提の「日記」(いわゆるブログならば、レスポンスまで前提に入れているが……)、これはやはり手紙(または手紙形式の(私)小説)に近い記述形式といってよいだろう。
つづく
2005/10/15(土)
【(頭痛の)つづき】
食事では、10月に入ってから、昼食(弁当)に大蒜を食するようにした。数ある薬草の中でも大蒜は伝統・効果において一番と考えられるから、というのも理由のひとつだが、単に好きなのでしばらく試してみるべぇ、というのが本音。その他、生活上の変更点は思いつかない。話的には、実は危険だった脳内血管部が大蒜の効果で血がサラサラとなって持ち返したという方が面白いが、温度的に眠りやすくなったというのが、本当のところだろうと思っている。
さて本日の散歩は、どこに行こうか思いつかなかったので、井の頭通りを自転車でズンズン進んでみることにした。まず送電北掘線、ついで和田掘線と出会い、それから高井戸線を見かける。抜けるのが大変だった吉祥寺駅(井の頭、JRとも)を越えて北多摩線を確認、境浄水場を過ぎて五日市線に乗り、標識に小金井橋とあったので、小金井公園まで行くことに決めた。道なりに進むと送電中富線と前−境線(名前は後で確認)が横切っていて、両線とも小金井公園内を通過していた。
ほどなく小金井公園到着。約1時間20分かかった。公園に入り、「そういえば、前に来たときは何時だったろう? 引越しの手伝いのときだったか?」とか考えながら、水分を補給。とりあえず一周まわってみることにする。途中で鉄塔の名前を確認しながら、近くにあった掲示板(地図)をみると、前に妻が言っていた「江戸東京たてもの園」がある。「ほお、こんなことろにあったのか? 田舎だ!」とか思いながら、寄ってみることにした。入場料400円を払い、中へ。まず展示室で江戸東京以前の土器や骨などをみる。出土場所をみると、やっぱり馴染み深いところばかり…… その後、前に岡本太郎美術館でしたように、壁に貼り出された他の美術館・展示館のポスターを見つつ、「白金の庭園美術館も良いな!」などと思いながら反対の壁、というか、ガラス展示の中を見ると、昔の車の精密画が、うるうるうる…… オート三輪のミゼットとか、当時のノーズのあるバスとか、多種類あって感激!
それから外に出て、建物巡り。そんなに長い時間いるつもりはなかったので、ざっと見ただけだが、家の中に入れるので、いちいち入っていたら、ひと通り見学するのに約1時間もかかってしまった。結構な運動にもなる。詳細を書いても面白くないので、興味のある人は自分で行って見てきてください。こちらが興味を惹かれたのが「小寺醤油店(昭和33年、白金)」内の往時の缶詰類、ついで「三井八郎右衛門邸・土蔵(明治7、西麻布)」にあった温度湿度記録計(博物館などで良く見かける自記式のもの)だったりするあたりが、ご愛嬌。その他、「万世橋交番」はぜったい見たことがあったはず、とか、そういえば女湯(「子宝湯(昭和4、千住元町)」)に入ったのは何年ぶりのことだとか?
しかし規模の違いはあれ、昭和の家の造りは実家と同じ。笑ってしまいました。
あと、もっと沢山あるのかと思っていたが、それほどの建物の数はなかった(〜25物件ほど)。
帰りは最初同じ五日市街道を上り、井の頭通りには乗らず直進。そのまま進もうと思ったが、曲がり場所を間違えて青梅街道に抜けてひた走り。JR荻窪駅の近くまでは下りで、とても楽だった。環八を渡り、そのまま中野通りに出れば1時間程度で帰れたはずだが、その手前で魔の和田、弥生町、南台辺りを彷徨することになったため、結局、家に辿り着くまで行きと同じ時間がかかった。
【都市再生機構、その後】
2005/12/07(金)午前に、巡回のついでに当事者のひとりが自宅を訪ねた。が、当然のように筆者はいない。幸い妻がいたので電子メールで連絡は受けたが、対応は後にすることにした。「電話をくれれば(メールをくれれば)応じる」ということだったが、会社から電話をかける気になれず、結局、10/09(日)に機構のフォームでメール。内容は以下。
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立行政法人都市再生機構
東日本支社赤坂住宅管理センター
○○さま、△△さま
拝啓
先日(2005/10/07:金)、自宅をお訪ねになってくださいましたようで、恐縮です。
しかし、特に会ってお話することがあるとは思えません。
当方が知りたいのは、先の質問に対する明快な回答だけだからです。
たとえば最初の質問に対して、御機構側とすれば、「警備員は、区分所有している会社の雇用者なので、質問はそちらにお願いします」でも良かったわけです。けれども御機構は、わざわざ警備員に第一の質問内容を確認してくださった。それならば何故、二番目の質問については聞いてくださらなかったのでしょうか?
※たとえば上記については、「他社の警備員なのでか、差し出がましいと思われる二番目の質問は避けた」という回答もありえるでしょう。
御機構の責ではありませんが、すでに700円を損した者として、判り得る範囲で事実を明確化し、この件に関しては早期に終了したいと考えています。
ご協力をお願いいたします。
(ご回答は、できれば電子メールでお願いいたします)
敬具
2005/10/10
◇◇ 拝
その後、10/11(火)付けの速達が届く。内容は以下(掲載に関し、分を右寄せにした。オリジナルは通常の手紙文)、
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平成17年10月3日
○○ △△号室
◇◇ 様
立行政法人都市再生機構
東日本支社赤坂住宅管理センター
TEL03-3402-6481
拝啓
当機構の業務につきましては、日ごろ日頃ご協力いただき感謝申し上げます。
メールにてお申し出のありました件について、再度回答いたします。
「自転車を移動したのが警備員でなかった場合、なぜ駐輪器にあった機構シール付の自転車をそのまま放置したのかについて」の質問について、
「駐輪場における、第三者による盗難、いたずら等について発生した損害等について、当
機構において、損害賠償する責任は無いものと考えています。」と回答させていただきましたが、機構の駐輪場においてという意味で回答いたしました。有料駐輪場に関する管理は機構では行っておりませんので、、管理会社の方へご確認いただきたいと思います。ご理解の程、よろしくお願い申し上げます。
敬具
営業時間9:15?17:40
(土、日祭は休み)
(担当:○○、△△)
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面倒臭くなったので、この腱に関しては、終わりとすることに決めた。
逆の立場で、ホラー小説が書けそうである(でも、怖いメール関連出来事なんて、ありきたりだよなア)。
ちなみに、そのひとつ前にこちらから送った文面を再現しておく。
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独立行政法人都市再生機構
東日本支社赤坂住宅管理センター
○○さま、△△さま
拝啓
先日(2005/09/20)発しましたメールに書面(速達)にてご回答いただき、誠にありがとうございました。
しかし質問2「自転車を移動したのが警備員でなかった場合、なぜ駐輪器にあった機構シール付の自転車をそのまま放置したのか?」に対するご回答が明確ではありませんでした。
つきましては、できれば、以下のようにご回答ください。
ご回答例)気がつかなかったから、不注意、そもそも駐輪器に注意を払っていない、など……
なお、自転車の移動が御機構の責任でないことは理解いたしました。
※警備員の行動を気にしたのは、以前大量の放置自転車を駐輪器に入れて(嵌めて)いる姿を見かけ、「大変な仕事だ!」と思ったことがあったからです。もっとも当時は(web)日記をつけていなかったので、証拠はありません。
以上、よろしくご対応のほど、お願い申し上げます。
(昨日(2005/10/04)、督促メールが前後いたしたました。ご容赦ください)
敬具
2005/10/05
◇◇ 拝
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字の間違いはご愛嬌。
金曜日の朝、浮かんだ句
(金曜日、2005/10/14)
暁の鰯見上げる己かな(情景そのママ:鰯→鰯雲のこと)
暁に鰯見上げる猫ふたつ(想像)
暁に鰯を映すビルの窓(ほぼ実景)
暁に鰯食すかビルの窓(映るを食べると解釈)
暁に鰯食すか銀食器(想像。食器はネコ用で水が張ってある。だが、ひとつの句に色が二色あるのは、どうも……)
暁の鰯映してもう一皿(壊れたか! もう一献、では前例が……)
で、未完……
2005/10/16(日)
雨が降っていたので散歩はせずに同人誌の原稿を直していたりした。まったりと……
それで、錯視関連でいろいろ調べていて見つけたのが、写真の立体(以下のURLにある展開図から自作したのも)。
作者は、調べてみると東大の人だった。
もう終わってしまったが、「ゆとり教育」というのなら、こういうのを教えてほしかったね。
http://www.simplex.t.u-tokyo.ac.jp/~sugihara/hobby/hobby.html
2005/10/23(日)
アイデアは単純なのに、いざ作るとなると大変だった。
階段、階段(元画)
※2枚目を直角に折り、左斜め上から見たのが1枚目です。
2005/10/30(日)
アイデアは単純なのに(2)、手順が複雑で、工程が多くて、プロトタイプを作るまでに約1週間、そこから多少マシにするのに、さらに1週間もかかってしまった。同人誌の自分のページの扉の素材にしようとはじめたのだが、大変過ぎた。素人なので、これで勘弁してもらうことにする。
階段を昇る人(イラスト版)、
階段を昇る人(正面上から)、
階段を昇る人(元画)
1枚目:しかるべき方向から見た階段上の人物の写真。
2枚目:同じ階段を正面上から見た写真。
3枚目:元画。
作成法:
1)まずPoserというポーズ決め用のグラフィック・ソフトで階段と階段を上る人物を作る。
2)メインカメラで見る方向を決め、その位置から見た階段平面(水平および垂直面)に小さなボールで印を付ける。
3)印を付け終わったら、フロント方向およびトップ方向から見た図をキャプチャー・ソフトでキャプチャーする。
4)メイン画像もキャプチャーしておく。
5)Photshopなどの画像加工ソフトで先の2枚の図の大きさを揃え、ついで1段目の垂直面+1段目の水平面+2段目の垂直面……といった順に並べ替える。
6)出来上がった印の付いた図の印に合わせて、階段の面毎に切り抜いたメイン画像の画を加工する(これが一番大変)。
6)加工が終わったら紙に印刷し、実際に階段を作り、不具合点を探す。
7)不具合点を修正し(素人には無理だ!)、再度印刷、組み立て、修正を繰り返す。
8)満足のいったところ(諦めた時点)で終了、完成。
つづき、で、イラスト風のものが出来たので、今度は写真風のものを作ってみた。
画自体は同じで、poserのモードの違いだけである。
※画像はjpegにしたので、元画が荒れてます。
階段を昇る人、
階段を昇る人(正面上から)、
階段を昇る人(元画)
そんなことをずっとやっていたので、散歩しにも行けなかったし、土曜は外食したし、文章も書けなかったし…… 厭きたよ!
せっかくなので、Poser 3の元画も載せてみる。
階段を昇る人(イラスト版・元画)、
階段を昇る人(元画)、
階段を昇る人(元画・位置ずらし)
これを段段型のあの形に変えるわけである。
人物だけをレイヤーに重ねて、切り抜いてとか、やっていた。
紙に印刷して実際に階段を折ると、どうしても折り角が白くなってしまう。そうならなければ、できあがりは、もっときれいなはず!
光の加減とかの問題もあるし、大きさの問題もある。パースがつくと、また変わってくる。Porser自体の焦点距離設定の問題もある。
ちなみに、前に作った枠だけの階段も同じ手法で作成した(垂直面と水平面の2面しかないので、手間はすっと少なかった)。
ヘロヘロ……