適当な日記


2005/06/29(水)
雨である。まだまだ暑いが、昨日よりはずっとマシ。
同人誌用小説(シナリオ形式)、脱稿! 結局最後は怪獣映画になってしまった。主人公は立ってないし、他のキャラも適当だし、伏線はいい加減だし、あと少し直して忘れることにしよう。
ちなみに登場人物の姓と警察署の名前はすべて東京近郊の送電線または変電所名からつけた(ただし「鳩ヶ谷」だけは「鳩谷」とした)。

2005/06/28(火)
昨夜は笹塚のライフで刺身(びんながまぐろ)を買ったのだが、問題点が二つ。
筆者は面倒くさいので透明なカヴァー部分を醤油皿替わりに使っているのだが、昨日は漏れた。すなわち穴が開いていたのだ。販売時は、その上をラップでくるんであるから、問題ないと言えばないのだが……
もう一点は、骨があったこと! 
筆者のにはなかったが、妻のにあった。小指の先くらいの大きさだったので、子供や老人にとっては、危ないことこの上ない! 妻も「今日の板さん、下手!」と怒っていた。
昨日から今日にかけて、大変暑い! 35℃、あるそうだ。ただし、今夜から雨となり30℃以下に下がるらしい。まだ7月前なのに…… 昨年のヒートアイランド現象といい、都市部高温化が進んでいる。税金も上げざるを得ないだろうし、いろいろな意味で暮らしにくいこと、この上ない。60過ぎたら、実際、死ぬしかないよな!
急に思い出したが、批評されて、してやったりと思うことがある。
どういうときかというと、当該作品を借りて、批評者が、己の小説論を展開するような批評をされたときだ。
(プロ作家でも、そういった批評をされやすい作家がいて、筆者が敬愛したフィリップ・K・ディック(*)もそのひとり)
かいつまんで説明すると、ストーリィを要約しただけでは何も伝わらないようなタイプの話を書く作家が当てはまる。それ以外には、ストーリィではなく意味を重視した作家とか、ストーリィのない作家とか、SF系にはけっこういる)
*SFファン以外に有名になったのは、映画「ブレードランナー」(原作「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」)からで、最近はトム・クルーズ主演で「マイノリティー・レポート」(原作短編元題「少数報告」)などが映画化された。ゲイリー・シニーズ主演の「クローン」(原作短編「にせもの」)なんてのもある。

2005/06/27(月)
土日は相変わらずスパイダーしていた(同じ盤面、全然勝てん!)。
小説が進まない。あと、怪物(化け物)が暴れて云々で終わりなのに…… 
その怪物を巨大化させようか、どうしようか、決めかねている。1958年生まれはウルトラ世代(初期)なのだ!
ウルトラ繋がりで、「ウルトラマン・ネクサス」が06/25で終了。前半の4回1話完結は、その昔ピープロの「マグマ大使」前半並だったが(ただし展開はもっとトロイ)、打ち切りが決まってからはスピーディーになった。もっとも、なりすぎて取りこぼしもあったし、展開としての矛盾も残ったが(ウルトラマンと来訪者って、いったいどういう関係? それに、イラストレーターが言った、あの言葉の意味は?(*))、ほぼ全話を埋め尽くす鬱展開が最高で、それが見事にラストの爽快感に繋がった。録画だったけど、ほとんど全話見たなんて、我ながら凄い!
*公式HPに、解明された謎として記載あり。
話変わって、小田急線は鈍い。ロマンスカーも、停車駅が少ないというだけで、取り立てて速いという感じがしない、というか、速くない。しかして、京王線は速い。体感ではなくて本当に速い。カーブでも速い。横浜線も速い!
その小田急線が、下北沢駅でオーバーランする。もっとも長くても2メートル程度なので、許容範囲以下だと思うが…… せっかく停止位置に立っていても、役に立たないのが悔しい。
下北沢駅といえば、線路の向こうの蓋が一部破損したU字型下水管から巨大な(といっても中型の猫くらいだけど)ドブネズミが出てくるのを見た。二回も見た。さらに二月か、三月か、05:45では辺りがまだ暗かった頃、やはり線路の向こうに、何げに光っている物体を目撃! 壊れた携帯電話なのか、それとも他の何だったのかは不明だが、ちょっと不気味な発光体であった。
そういえば小田急線には一部乗客にとって使えない区間準急という車種がある。行きは下北沢駅、帰りは東北沢駅を利用している者にとって、帰りが不便な車種なのだ。その近辺の駅名は、小田原寄りから、経堂、豪徳寺、梅ヶ丘、世田谷代田、下北沢、東北沢、代々木上原、代々木八幡、参宮橋、南新宿、新宿 と続くのだが、区間準急は、梅ヶ丘駅まで各駅停車で、そこから、梅ヶ丘 → 下北沢 → 代々木上原 → 新宿 と準急で止まる駅に停車するのだ。かなり、ウザイ感じ!

2005/06/24(金)
昨日は午前中、雨だった。
雨の音を聞いていると時折、人間の会話に聞こえてくることがある。会社の屋上は数年前からコンクリートにゴム敷きなので音が小さいが、隣に建っいる倉庫がトタン屋根なので、パチャン、ピシャン、ポシャン、ポトトト…… と、けっこう大きく聞こえてくる。不思議なのか、そうではないのか、一度として同じパターンを繰り返すことがない。それが就業前にうつらうつらしている耳に、会話として聞こえてくるのだ。
具体的にどんな会話をしていたのかは、半分眠っていたので憶えていないが、
「そういえば、このあいだ行ったお店のスパゲティー……」
「ああ、あれ、美味しかったね」
「また、行きましょうか?」
「そうですね」
とかいった具合だったのだろう? 日常会話というより台詞のように聞こえた。いま書いている小説が(まだ終わらん。締め切り06末なのに……)、シナリオ形式だからなのかもしれない。
さて、その会話は思ったより長く、いろいろに続くのだが、元が雨の音だと不意に気づくと、単なる(けっこう煩い)ポシャン、パシャンに戻ったりする。川の流れや、風の音を会話に聞いたことはないのに、なぜ雨だと聞こえたのだろう? きっと、強弱とテンポが人の会話の速度に近かったのだろう?(あまりにも常識的な考察)

005/06/20(月)
朝(05:30くらい)、出勤時に下北沢の駅に向かって北沢の道を歩いていると、アパートの門扉の向こう、隣の家の塀の上に猫がいた。少し遠かったのだが、写真を撮ることにした。狙って写したが、いまいちだったので再度、撮る。と、それまで大人しくこちらの行為を眺めていた猫がブロック塀から急に飛び降り、向こうに行ってしまった。と、同時に声がする。「いま、写真を撮られてましたね」おじさん、というか、60歳前後の黄色いジャケットを着た人だった。答えて曰く、「ええ、猫を……」「猫ですか?」「見ますか?」しかし示した写真は(おじさんのせいで猫が直前に動いたために)酷いピンボケ。猫の姿など確認できない(こともないが、その猫の色を見ていないと無理だな! それしかわからないから……)。ということで、さぞや、怪しかったに違いない。
考えてみると、写真を撮っていて声をかけられたのは、武蔵野線を追いかけていたとき、第11番鉄塔のプレート見たさに東園教習所内にノコノコ入っていったときくらいか? そのときは、(自動車)教習所の職員らしき人に「何の用ですか?」と訊かれて、「鉄塔のプレートを確認したいのですが?」と答えたところ、すんなりと行かせてくれた。「鉄塔武蔵野線」(小説か、映画か?)の威力だろうね! 他にも同じような人がいたに違いない。

2005/06/19(日)
同人誌の主催から原稿が届く(昨日)。ご病気で、本当に大変そうである。130日も寝たきりとは……
そのワープロ原稿をOCRで取り込んでテキスト化した。読めない字とか、出難い字とかで結構苦しむ(*)。結局、約半日かかった。
*といっても、掉尾、劈頭、震駭、艤装、容喙、くらいのものであったが……

2005/06/16(木)
現在、会社で全社をあげて種々節約しようとしている、というか、することにはなっていたのだが、これまで効果が出ず、また具体的に対策案が出たのも最近。で、あっという間に昼なお暗くなってしまった。実は蛍光灯の場合、一回消すと寿命が一時間減るとか実際的でない場合も多いのだが(パソコンも起動時に電力消費大になることが多い)、意識の問題としては(面白がるという意味も含めて)手はじめに節電は良いのかもしれない。もっとも明るさとともにモチベーションも下がるので、そういった意味ではどうなのだろう?

2005/06/15(水)
ぼーっとしているうち、瞬く間に日時が過ぎてしまった。
土曜も、日曜も、スパイダーをしていた。二組104枚のカードのスートを降順に並べ替え、盤面から消去するというWindows95に付随していたゲームだ。ゲーム嫌いの筆者が、ほとんど唯一行っている単純ゲームである(*)。
*妻は現在「ジュラシックパーク」に嵌っている。この前は「九龍城(クーロンズ・ゲート)」などだった。
何時の頃からかは忘れたが、クリアできない場合は必ず同じ盤面を繰り返すことにしている。もちろん操作ミスや設定ミス、OSの入れ替えに伴う移植ミスなどでクリアしないまま先に進んでしまった場合もあるが、そういった不可抗力以外は同じ盤面を右往左往し続ける。勝てるときは、もちろん一回でクリアできるが、そうでないときは数回繰り返す。2-10回程度が通常で、40-60回程度が二日がかりとなる(基本的に休みの日しかやらない)。
これまででいちばん長くかかったのは、負けが500回弱。期間にして約4ヶ月。その盤面では、まず最初のカードが動かない。そして最後に降ってくるカードも、その前に仕掛け(*)をしておかないと、そのままでは動かないというものであった。
*最後のカードが降ってきたとき、前のカードと重なって移動できるように細工しておく。または、降ってきたときにスートが一列消えるようにしておく。
しかしそれくらい長く続けると、「この組み合わせで上がるのは無理なんじゃないか?」などという気分に襲われて、暗くなる。だがこれまでの経験から言うと、スパイダーは必ずクリアできるゲームなのである。その経験則を信じて続ける!
頭が可笑しいとしか言いようがないナ……
で、そんなふうに勝てない盤面が続くと、当然のように小説が書けなくなる。なんとか連勝できた場合でも、3時間も続ければ、けっこうヘトヘトになって遣る気が失せる。
やっぱり頭が可笑しいとしか思えないのであった。
さて、火曜日は会社の創立記念日で、ここ10年以上、自主的に休みを取っている。「君が代」と「日の丸」があるからだ。日本人に愛国教育をしても、街中のアメリカ人やイギリス人(大使館)に投石する日が来るのかどうかはわからないが、個人的にはその意味がどうしても好きになれない(*)。
*デザイン自体は嫌いではない。また雅楽ヴァージョンの曲も嫌いではない。
これは田舎に人にはわかりにくい感覚かもしれない。T都23区内(または京都など)で育った経験がないと……

2005/06/10(金)
朝は霧雨だったが、午後からは完全に雨である。
台風が近づいて来ているので、仕方がない。

2005/06/09(木)
本日は父親が退院ということで、会社を休んで実家に向かった。
下北沢で止まっていた電車に乗ったら、成城学園前まで行ってしまい、経堂まで戻る。それでも小雨のパラつく中、実家に着くと、いつもお世話になっている三軒先の小父さんが車を出してくれるという。当初は電車で行って、タクシーで帰ってくる予定であった。で、近くの駐車場まで歩いて車で出発(母親、小父さん、筆者)。時間的に車道も空いていて、途中、送電駒沢線や境―新線などを見ながら、一時間かからず目的の川崎市幸区の病院に到着。しかし病院で良く話を聞くと、仮退院だという。家で二日間、問題なければ退院になるらしい。よくわからんが、とにかく帰宅。荷物持ちの出番となった。といっても、たいした量ではない。帰りに、前に検査に付き添って行ったときにも見た送電線の名前を確認するも、失念。行きよりは時間がかかったが、それでも11時過ぎに実家に到着。12時過ぎまでそこににいてから、歩いて まで帰る。13時過ぎ。実家で、「(作る間)付いているのが大変だから」という理由で処分される予定の半生うどんを貰ったので、麺汁を作ってそれを食す。それからしばらくいろいろあって、横になったら爆睡。7時過ぎまで眠ってしまう。で、起きて、食事の準備をする前に、これを書いている。妻は今日は帰宅が遅い予定。
こんな日記みたいな日記は今後あまり書きたくない(が、前にも記したが、ネタなんてそうそうないしネ)。

2005/06/08(水)
「晴れときどき――」は読了。もの凄い捻りがあるわけではないが、文体と内容がマッチしていて印象に残った。でも、ある意味怖すぎて(化け物じゃないよ!)、続きが出なかったのもわかる。
続いて「プラチェ」正編の「No.3」を読みはじめる。思ったよりも「プラトニック・チェーン」そのものが出てこない。で、「ゲームキッズ」のイメージが蘇る。
明日は父親の退院の付き添いで、急に会社を休むことになった。朝に電話してこなくても良さそうなものだが、考えているうちに朝になってしまったらしい。退院が一週間延びただけで、いろいろと大変だ!
また小説が止まってしまった。今回はシナリオ形式で書いているのだが(*)、内容を何も決めずに100シーン、100枚くらいにしようとしてはじめた。現在、63シーン、50枚。シナリオ形式でなかったら、25-30枚くらいか? 最終的な字下げ処理とか、どうしよう? したくないというのが本音。だって、多すぎるからね……
*ストレートな娯楽ものを狙ったが、ストレート過ぎて、伏線も何もあったものじゃない。

2005/06/07(火)
渡辺浩弐の「プラチェ(*)」のスピンオフ(じゃないか)小説「晴れときどき女子高生―プラトニックチェーンJump J 単行本(2004/12)集英社」を読みはじめた。
(あ、そうか、日記ってこういうことを書けばいいんだ!)
長編前作は「怪人21世紀中野ブロードウェイ探偵 ユウ&AI 講談社ノベルス 新書 (2003/06/06)講談社」 だったが、今度はのっけから死体(オジサンじゃなくて、女子高生だ!)が、しかもバラバラで空から血まみれで降ってくる(だから、晴れときどきか!)。あの乾ききった文体でそれをやられると、神経が弱っているときには、かなり来そうだ! もっとも同様のシーン自体は、小松左京「エスパイ」にもあったはず。
*どんなことでも分かる調べ系サイト「プラトニック・チェーン」。それは或る天才ハッカーの個人サイトで、街中に設置されている監視カメラの画像を元にあらゆる人の行動を検索してしまうという驚異のサイトであった……(http://www.accessup.org/anime_j/Platnic%2520Chain.htmlから引用)。実際の設定は知性を持ったAIなんじゃなかろうか? 舞台は渋谷。もともとは「週間ファミ通」に「1999年のゲームキッズ」に引き続いて連載されている400字詰め原稿用紙で数枚くらいのS&S(ショーショート)だが、マンガやアニメ(3D画像のトゥーンシェーディング(3Dの影をアニメ風な影に変換することにより2D風に見せる画像処理))にもなっている。
ところで渡辺浩弐のS&S数は現在、何話になっているのだろう? 星新一が1000話を越えたところで止め、次点は都築道夫の約400話(以上)だという。週に1話を確実に書いているなら、年で52話、10年で520話。もちろんそれ以上書き続けているので、やがて一位になるに違いない(*)。
ただ、「ゲームキッズ」「プラチェ」とも連作なので、そういう意味では、「話数の多い連作小説」という評価になるかもしれない。
「ゲームキッズ」が取材したハイテク検証後の、それぞれに繋がりがない連作だったのと違い、「プラチェ」は設定が勝利の話といえる。各話に共通の主人公がいて、緩い繋がりもある。もっとも前者は「BLACK OUT」というスピンオフ作品を生んでいるのだが……
(「スピンオフ」という言葉は、昔「フォールアウト」と言っていた。「死の灰」という意味もあるので、「スピンオフ」に変わったようだ)
*「2999年のゲームキッズ」という、これもスピンオフ(というか、正しくは枝分かれか?)の連作S&S本には、本編でボツになったと思われるS&Sが載っていて、興味深い。

2005/06/06(月)
「テキストジョッキー」の話の続き。
関連した同人誌で概ね的確な批評を戴いたわけだが、気になる点もあった。全然、文句ではないのだが、ある意味励まされて気が重くなることもあるのだな、と感じたわけだ。この歳(今年47歳)になると、自分の話や作劇法の欠点の多くは理解していて、上手く言えないが、それが直し難いことも知っている(創作に好きなだけ時間が使えれば、いずれ直せるのだとは思うが……)。気がつかない点について指摘されるのは大歓迎だが、いろいろ考えさせられてしまった。それに皮肉屋になってしまったのも、現在まで小説が売れていないことが最大の原因だし(*)、困ったな……
(なお、「散文と小説の中間……」という表現は、再考された方がよいと思う。もしかしたら、「エッセイ(随筆)と小説の中間……」の書き間違いかも?)
*生まれつき気が弱いとか、いまでいうPDとか、鬱とか、ひとりでお店に入れないとか、とにかく自分で一生の仕事と決めたものに芽が出ないのに、ただひたすら生き続けるのは、キツイ! 
(気が弱いと言うよりは、意志が弱いといった方が正しいか? とりあえず、禁煙が一年以上続いているくらいしか、止められたモノ(コト)がない)
禁煙と言えば、煙草を約30年間吸っていたわけだが、止めて困ったのが、煙草呑みの臭いが数メートル離れていても気になってしまうことだ。口臭が一番だが、体臭でも気分が悪くなる。煙草を吸う前には気がつかず、吸っているときは感じられなかった感情(感覚、嗅覚)だ。で、当時ご本人がそれを振りまいていたのだと考えると、ぞっとする。もっともまた煙草を呑みはじめることがあれば、そんなことはきっと忘れてしまうだろう。結局、煙草呑みとはそういう人種なのである。
では、酒呑みの方はどうかな?
ほとんど毎夜、記憶を飛ばしていても飲み続けるのだから、これまた質が悪いこと夥しい。
(廃人(に向かって突き進む様を描く)日記か?)

] 2005/06/05(日)
昨日は子機二機付き電話をヨドバシカメラ新宿店で購入し、実家にセットした。
それだけで、けっこう時間を取られた。
本日は、ノートン・インターネットセキュリティをインストールし、アクティヴ化した。
これが、重い! ま、仕方がないか!
自宅にいると小説が書けない。何だかんだとやることがある(というほど、してはいないのだが……)
そういえば、昨晩は「テキストジョッキー 2004」(*)が、註文しておいた本屋に届いたので取りに行った。
*文章系同人誌の批評本。基本的に、良いところを探して誉める形式を採っている(同人誌交流のため)。いろいろあって、こちらからは「ボレアス31-34号」と個人誌二冊と妻の本を送って、批評していただいた。詳しくは書かないが、的確だったと思う。

2005/06/03(金)
違う蛙が若干離れた別の場所で、ちょっと伸びをするような格好で仰向きになって死んでいた。前の死骸は片づけられたらしい。その少し先では、二匹の猫が会話していた。
同人誌の原稿が届く。筆者よりも古くからおられる同人の方からである。ありがたや。前に伺っていたのだが、24年も前に書いた話だという。同人誌自体よりも旧い。編集のため、とりあえず読み終えたが、優しさが溢れた、ほろ苦い青春小説、プラス「アナザ・ヘブン」オリジナル風味という感じで、とても良く仕上がっていた。
ところで、この日記では、筆者自身をどう表記しようか?
まあ別に筆者でよいわけだが、(ひ)かヒが楽だ(フルネームは「ヒキコモリ」)。もっとも後者では、暗黒通信団のシンキロウさん(シさん)みたいになってしまう。が、日記を書きはじめようとしたのは、当該日記を見たためだから、どちらにしても真似なのだ。だから良いとしよう(*)。
*あちらの日記は、情報量が多く、かつリーダビリティーが高いので、全然比較にならないのだが……
さて、前の長編(一人称一視点)が膨大な独り言だったせいか、この日記もそうなりつつある。長編の方は、意味あって、あからさまな一人称(わたし)と二人称(あなた)を使わずに書いたのだが(*)、それが身に染みついてしまってもいるので、自身を表現しなければならないとき、おかしな気分を感じてしまう。
*たとえば小説の主人公は自分を名前で呼ぶか、「こちら」などという。「あなた」の替わりにも相手の名前を呼ぶ。他の登場人物も一人称二人称を使わない。けっこう気をつけて書いたのだが、そのためにかなりリーダビリティーが悪くなってしまった(当たり前だ!)。だが脱稿する頃には、その表記法がごく普通となっていたのだ。
(それについては、「自分」という言葉は、仕方がないので一人称としての使用を許した(主人公が女性ということもあったし……)。なお「自分」は関西では二人称だが、あくまで一人称表記以外には解釈できない形でのみ使用した。

2005/06/02(木)
若干、朝寝坊して急いでいたので、蛙の確認ができなかった。
それはさておき、今週月曜日(05/30)、同人誌の前号評が届く。的確でありがたい。原稿一番乗りである。
一昨日(05/31)、最初の小説原稿が届く。会員外で前号(ボレアス34号)にゲストで来ていただいた方からだ。直しも終了。そして他からは、まだこない。
自分の原稿も、完成にはまだまだ遠い。やっと話が見えてきて、そのため、すでに書いた部分に矛盾が出てきた。いつものことである。適当なところで直すことにする。最終的に数回見直しが必要になるであろう。
そう考えると、400字詰めで約100枚を3〜7日で書いていた頃が嘘のようだ。
もっとも、いまでもやろうと思えばできるのだろうが、シンドイ。
それにしても――いつものことだが――結末がどうなるかわからず書くのだから、先が見えないこと甚だしい。あるのは、わずかなイメージだけだ!
そういえば、この前の「イカ類図鑑」と「缶詰ラベル博物館」を紹介した北海道在住の知り合いの作家から、お礼とともにmixiへのお誘いを受けた。参加している別の同人誌(JURA)も先月mixiに加入した。いまさら流行っているのだろうか? こちらはパソ通の進化系という認識があるので、参加するのはあまり気が進まないが、その昔インターネットにも繋がっていなかった方からのお誘いなので(だから紹介は「はがき」でした。返事はe-mail)、はてさてどうしたものか?

2005/06/01(水)
蛙は今朝も、まだ同じ場所で死んでいた。
乾いてペラペラになって風に吹き飛ばされるか、はたまた雨に流されるかするまで、いつまでもいるのであろう。
さて昨晩は、実家にアスパラなどを貰いにいった。
ついでに、まだ入院中の父親の話などもしたが、それはそれ。ベッドを入れて、トイレの手すりや、風呂場のドアや、浴槽内に措く椅子の工事などするという。電話も子機付きのものが欲しいらしい。が、どんな方が良いか、わからないと言う。こっちだって、わからない。いつもは体力や行動源となる同居している弟は、現在フランスにいるらしい。やれやれ……
それとは別に、アスパラの袴の取り方や切り方などを母親に習った。
カリフラワーやブロッコリーなどは良く茹でるので案配がわかるが、あまり使わない素材はいつも、固すぎるか、柔らかすぎるか、になってしまう。茹でるだけなのに、けっこう難しいのである。



2005/05