koshimizu tougen
− 狸、語る −
混沌の狸が語る。
混沌はこの世の始原と共にあり。特に目新しいことではない。
奇怪なのは人間が姿を現してからの混沌であり、複雑なる仕組みを創り続ける。
視界の中に入る一切のものに人間の成す混沌を強請する。
木々にも、真っ直ぐに伸びた路面にも、並び立つ家々にも、そればかりか、始原の
混沌から遥かに至った頃の圧倒的な深さの蒼天、今はそれにさえ似非混沌が蔓延る。
本来の混沌は嬉々たる万象の創造であり、生の中に蘇りの死を忍ばせる繊細な感覚を保ち、
生きるものへの賛美を添えた。
否、すべては生きていたのである。勿論だ、死さえも生きていた。
薄汚れた混沌は生と死を分別し、死を忌まわしきものの地位に貶めた。死はまるでごみ扱いだ。
生を活気付けた死の死により生も萎えた。
幽の混沌が真昼を暗闇にし、黒い血を吐きながら這う。
吐瀉物の混沌では死もとよりむしろ生も厄介払いだ。
うす汚した天空に向かい聖なる混沌の峨峨を凌駕する楼を造り上げ、卑猥に突き刺し、
精緻なる創りに土足でどかどかと入り込み、我が物顔に振舞い、均衡を崩す。
そして反吐を吐きながら六欲にしがみつく。
いったい何をしているのかを省みることなく勝手気儘に聖なる大海に異物を投げ込む。
整然たる混沌の因果律に無用なる人工物を持ち込み猥雑なものに化す。
人間によって作られた神は一時の慰みものであり、聖なる混沌との対話にもならず、
それどころか、結託して腐乱死体を放流する。
もはや制御は利かず、狼藉のし放題の有様であり、自虐的な最後の審判など噴飯もののざれごとであり、
戒め、望みを叶える役目など端から持ち合わせない。
汚濁の星を遠く離れて暗黒の宇宙を彷徨ようも、清浄の世界に汚物をばら撒いただけで、
無応答の底知れない無辺を掴んで徒労を抱いて帰る。
辛うじて知るのである。まだ遠目に、か細く青く輝いて息づくこの星を。
しかしながら、ただそれだけである。
あれほど親しかった此の星の語らい星も今や賞美の的でなく、土足で踏みにじられて何やら怪しげな手段に貶められ、
単なる後景。
が、知るがよい、汚濁の混沌を本来の混沌に戻すべく満を持す胎動の在るを。
掃き溜めの混沌は続く。
この惑星が死するまで。
やがて来る死は本物、生きる死だ。混沌の創生だ。
狸は繰り返す、
狸は正真正銘の混沌、混沌、こんとん コントン、と
そして遠くに、ぽんぽこ、ポンポコ、ポンポコ、と。