ゴールトベルク変奏曲
ゴールトベルク変奏曲を私はまともに聞いたことがなかったのだが、数年前職場のK氏がBGMとしてMacでCDをかけながら仕事をしていたので同じ部屋にいた私は全曲を聞く機会を得たのである。通常BGMとしてバッハというのはいい選択なのだが、この曲に限って言えば変奏曲ごとに曲想や強弱が非常に異なり、全体的には非常にダイナミックな曲なので通常の意味でのBGMとは一線を画すべきであるように思えた。その後、会社の出張の折りライプツィヒに寄る機会を得たときにバッハ博物館や楽器博物館を訪れる時間が取れたのだが、その展示物を見るにつれてバッハの音楽に対して更なる親近感を覚えたものである。その辺の詳しい話は別途記述するとして、ゴールトベルク変奏曲について少し記したい。
この曲は(真偽の程はともかく)カイザーリンク伯爵に仕えていた演奏者ヨハン・ゴールトベルクが、不眠症に悩む伯爵のために睡眠を誘導するためのいわゆるBGMとして、バッハに作曲が依頼された変奏曲を夜な夜な演奏したことに由来するという。ゴールトベルク変奏曲というからには通常のクラシック音楽でいう変奏曲と思いきや、さにあらず。通常の変奏曲というのはメロディーラインである主題に対しそれのバリエーションが幾通りにわたって続くというものである。しかしゴールトベルクの場合は同じコード進行に対するメロディーのバリエーションであり、ジャズの形式を髣髴とさせるものである。だから私が予備知識なしに聞いていたときは、どこが変奏曲なのかよく解らなかった。
私がさらにこの曲に対し思い入れを深めたのは、これの第30変奏曲が98年に競輪のCMでBGMとして使われていたときである。古館伊知郎主演のこれが実に味のあるCMで、自称CMマニアである私が、これを聞き逃すはずはなく、以来、ゴールトベルク変奏曲に一目置くようになったのである。
CD屋を訪れると、この曲はピアノのみならず、チェンバロ、弦楽オーケストラ、ギターなどのアレンジで出ていることを知った。最近買ったものは曽根麻矢子(曽根綾子、刀根真理子などと間違えそうな名前だ)のチェンバロ演奏だが、これがなかなかよい。ただ、CDの値段と演奏の質がマッチしているかどうかは疑問である。ちなみにこの曽根麻矢子という方の売り出し方も、ギターリスト村治佳織の売り出し方に似ていて、その辺は中村紘子の章を参照されたい。また、これに関して言わせてもらえば、国内業者は暴利をむさぼり過ぎるように思う。この前案内申し上げたズィンマンのベートーベン全集が国内版だと値段が倍以上に跳ね上がるのにはあきれた。どう考えても二倍の値段をつけるべき付加価値が国内版に存在するとは思えない。
ま、それはともかく、ゴールトベルク変奏曲、いいですよ。最後にラルフ・カートパトリックのコメントを引用したい。「おそらくバッハは、自分の一作品に対してこの時ほどの報酬を受けたことはほかにないであろう。伯爵は、100ルイ金貨を盛った黄金の酒杯を贈ったのである。しかし、たとえその千倍も高価な贈物であったとしても、これらの変奏曲の芸術的価値が完全に報われたとはいえないであろう」