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銅の谷の女神秘録(序)

《前編》

銅の谷の女神秘録・表紙

序 章
第一章 前夜
第二章 邂逅
第三章 追憶


序  章


世界の中央に生まれた砂漠は、緩やかに時を掛けながらも確実に広がりつつある。
かつて、その世界を皇帝の名のもとに一つに治めていた血統は、その出生と同様、謎めいた終わりを迎え、唐突に途絶えた。
今では、伝説と迷信に埋もれ省みられることもない。
最後の皇帝の治世の後は、皇帝の両の腕に例えられたカーディーン大公一族とアーメルド公爵一族とが、残された地と人を二つに分けて治めた。
彼らの間には、元々些細な競争心と言ったものがあったが、皇帝空位の長い時に、それは猜疑と憎しみへ、やがては戦へと育っていった。
人々が記録を逆上れる限り、すべてが戦いのなかに始まり終わる。
この果てし無い戦いは、人々にとって発端も定かではなく、また、不本意ながら日常でもあった。


そして、今一つの伝説がある。
かつて砂漠は、点在する湖と緑の樹海だったという。
それは、楽園というに相応しい地だった。
女神のただ一人の子供が、人の子に殺されるまでは…
女神の息子は、人の子を愛し、人の子の中から妻を娶った。
妻の兄は、人の子の王だった。
彼は、女神を崇拝したが、人の子の中に降り立った女神の息子を、神の子故に妬んだ。
ある時ついに、人の子の王は、神の子を手に掛けてしまう。
神の子は、それでも人の子らを愛し、祝福を送りながら死んでいった。
しかし、憎悪に狂った女神は、楽園から、ありとあらゆる恵みを剥ぎ取った。
人の子の王は、楽園から逃げ去った。
女神は、人の子を追い立てる。
楽園に生まれた死の砂漠は、女神の足跡に従って広がった。
始まりの刻、その慈愛で楽園を生んだ女神が、憎悪と砂で世界を覆い尽くさんとしたのだ。


一人の男が、女神の前に現れた。
女神の息子と人の子との間に産まれた、半神である。
彼は、祖母なる神を宥めることができないと知ると、父の骨から造った杖を、女神の額に打ち込んだ。
女神の絶叫は、世界を震わせた。
砂漠は、凪いだ。
消えることはなかったが、広がることを止めた。
半神は、女神を深淵に沈めた……。


時は、ハンナム・カーディーン大公の治世、十六年の、ある夜の事である。
赫く錆びた月光の下、砂原は泡立ち、デモナゼン城郭は崩壊した。
銅の女神が目覚め、再び世界に復讐の爪痕を残したのである。


今また、女神は、深淵に微睡む。
人々は、稀に見る凶事に、幾通りもの恐怖譚を創り、やがて、それを忘れ去った。
あえて、真実を語る者はいない。
銅の谷の最後の聖洞騎士は、憮然として瞑目する。
黒い血筋の末裔は、ただ微笑んだ。

(第一章へ続く)

 


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