3:南館(1)


 連休明けの一週間後、竜一郎たちは再び委員会室で係会をひらいた。
「よっ、待たせた。これでみんな揃ったな。じゃ、始めるか」
 竜一郎は何やら大荷物を抱えての登場である。
「じゃ、まず俺から。田舎で聞いてきた話なんだが……」
 3人が席に着くなり、まず口火を切ったのは良寛だった。
「この星望学館七不思議の話は、かなり昔からあるそうだ。俺、この話を姉貴達に聞いてたんだけど、そこへ親父が口を挟んだんだ。『ああ、そういう話なら、俺が高等部行ってたころからある』ってな。びっくりしたぜ、もう」
 良寛の父親が高校生だった頃〜約40年前〜には、既に『七不思議』は語られていたことになる。
「ええーっ!これってそんなに古い話なの?」
「いや、それが……。結局、二人の姉貴の話も総合してみたんだけど、時代によってほんの少しづつ違ってきているんだ。まず、その1の『3Eに出るという女子生徒の幽霊』、姉貴’ズは2Dの教室だと言った。それに、親父の時代には、太平洋戦争の時招集されて、戦地で死んだ先生の幽霊だという話になっていた。その3の糸ノコは、親父は鉈だと言った。その5のピアノは親父の時代には無く、音楽室で誰かの歌声が聞こえるという話になっていた。それで、下の姉貴の時には『そのピアノで、モーツァルトのトルコ行進曲を弾くと呪われる』という余談があったそうだ。その6は親父が言うには『昔、成績の悪い生徒達がそこに赤点のテストを埋め捨てたのが祟っている』というのが理由らしい。さらに、下の姉貴の時代には、成績のいい奴の答案用紙を燃やして灰を埋め、真っ赤な花の咲く種を蒔くと、そいつが赤点になるという陰険な裏伝説があったそうだ」
 と、良寛は、聞き取った話をまとめた一覧表を広げてみせた。
「……いわゆる都市伝説っていうやつだな」
「なにそれ、竜一郎?」
「人工密度も情報密度も高い都会では、噂が一人歩きし、成長を遂げるっていう、社会現象だよ。学校っていうのは、いわば凝縮された1個の社会だろ?それに、独特の閉鎖性、構成人員の定期的・定量的な入れ替わり、そういった特殊性を考慮すると……」
「……竜一郎、お前もたまには高尚な話ができるんだな」
 良寛は、友人の珍しく格調高い話に、目を丸くして感心していた。
「りょーかん、お前、人をバカにしてるのか。俺は本当は博識なんだ」
「何えらそうにしてるのよ。能書きはともかく、七不思議の話を続けましょうよ。……ところで竜一郎、あなたのそのお荷物は何なの?」
 ふん反り返った竜一郎を小突くように、恵理奈は竜一郎を促した。
「そうそう、これ、ちょっと見てくれよ。さっき用務のおじさんにコピーとって貰ったんだけど……」
 竜一郎は“お荷物”を広げて見せた。
「なあに、これ?」
「問題の旧校舎の見取図。ここは大学校舎で、ここからここまで伸びているのが男子本館と女子本館。そしてこれが体育館で、これが……。それから最後のこれが南館」
 以前の校舎は、生徒数を増員するたびに増築を繰り返したため、おもちゃのブロックを組み合わせたようなつぎはぎの建物である。そのうえ、低層建築であったため1フロアー当たりの床面積が異様に広く、まるで迷路の様だ。
「……で、七不思議の場所を照合してみると、ここらへんが3Eや2Dの教室、更衣室、工芸室、本館1階の男子トイレ、第二音楽室、中庭」
 竜一郎は、ポイントとなる場所を指し示し、サインペンで印をつけていった。
「そして、これが7つめの南館、っとね」
 “南館”の部分だけ、竜一郎はペンの色を変えた。
「あら、何で色、変えたの?」
「まあ見てろって」

 竜一郎は旧校舎の見取図を、委員会室の窓ガラスにセロハンテープで貼りつけた。
「そして、ここにもう一枚、見取図がある。縮尺は一緒だ」
「何だこれは?これは今の新校舎の図面じゃないか」
 竜一郎はそれを、旧校舎の見取図の上からぴったり重ね合わせて貼りつけた。
「あっ!」
「……そう、旧校舎のあった場所には、現在大学部の新校舎が建っている。現在の中・高等部新校舎は、かつての校庭と大学の老朽化した旧校舎を取り壊した跡地に造られたものなんだ」
「じゃぁ竜一郎、俺たちの調べている今の七不思議の場所と、そっくり同じ昔の七不思議の場所とは、全く一致しないってことになるじゃないか!」
「ところがぎっちょんちょん(死語)、ここに御注目あれ」
 竜一郎はそこだけ色を変えて塗り分けた建物を指し示した。「ここは、何だと思う?」
「何って、そこは南館じゃない」
 恵理奈は、上に重ねた新校舎の見取図を見て言った。
「御名答。この南館は昔の校舎がそのまま残ったものだ。しかもこの南館は、現在も使用されている校舎の中では、星望学館で最も古い建物なんだ」
 現在、南館には高等部演習室、理科講義室、物理実験室Bなどが入っている。
「えっ?南館ってそんなに古い建物なの?たしかにあそこだけ煉瓦作りの建物だけど、設備も壁も綺麗で空調も行き届いてるわ。暖房すらほとんど効かないっていう大学部の北斗館や昇星館のほうが古そうだけど……」
「ちっちっ、甘いな。南館は、新校舎建築に合わせて、1年掛かりの大改修工事をやっているんだ。それも、建物の枠だけ残して、他は全部入れかえるようなね。……でも、手始めに調べてみる価値はあるだろ?」
「調べてみるって?」
 恵理奈と良寛は首をかしげた。
「不思議その7『南館のどこかにある“龍の壺”』……“7つ目のドラゴン”さ!」