アテネ五輪期間中連載コラム

「2人の“ディフェンディング・チャンピオン”が見守るゴールへ」


アテネ五輪
第10日
 女子マラソンの会見が行われた高級ホテルの壇上、1番左に野口みずき(グローバリー)、中央に土佐礼子(三井住友海上)、右に坂本直子(天満屋)が座った。たぶん意識していないが、笑みが絶えず、質問に答える度に、張りのある声が会見場に響き渡る。標高2,000メートルを超える高地の強烈な日差し、すさまじい練習を物語るように赤黒く日焼けし、みな堂々と胸を張る。

 誰も故障していない、誰も体調を崩していない、よかった。本当によかった、とうれしかった。気の遠くなる数千キロの道程も、本日最後の42キロと足し算してやっと終わる。
 日本女子マラソンのプライドと、量も質も、世界一とされる練習量を思えば、コースの難易度はあえて、中くらいだろう。しかしスタート時間午後6時は気温以前30度を下らず、1日陽を浴びた大理石まじりの路面はフライパンの如く。過酷な条件との戦いを前に、せめて彼女たちの幸運を祈って、「マラソンの女神」と話をしようと思った。

 日本で3人を見守る勝利の女神・鈴木博美さん(現姓・伊東)は、97年アテネ世界陸上、マラソン発祥のそのオリジナルコースで金メダルを獲得している。スタートは朝だったが、月桂樹を携え「どこにそんな坂がありましたか?」と笑った顔は忘れられない。彼女のアドバイスは胸にしみる。
 7年前、彼女はマラソンの史実を学び、毎朝練習でマラトンの兵士が眠る墓まで走り、手を合わせてその日を待ったという。
「今では素晴らしい靴、舗装道路、最軽量のウェアがある。でも兵士はゴールして息絶えた。すべてが違った時代でも、絶対にゴールでたどり着こうとした彼らの気持ち、歴史的コースを走る喜びは、どこかで思ってください」

 3人は、思いを馳せている。
 土佐は「走りながら実感したい」と会見で話し、野口は「素晴らしいところで走らせてもらうことに、心から感謝している」と言い、坂本は「無事にゴールできたら、昔の人は、こんなところをどんな思いで走ったのかな、と思いに浸りたい」と頷いた。

 鈴木さんは「きっといい風が吹くと思います」と言った。鈴木、そしてシドニー五輪の高橋尚子、2人の「ディフェンディング・チャンピオン」が見守るゴールへ。

(東京中日スポーツ・2004.8.22より再録)

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