アテネ五輪期間中連載コラム

「ゼウスもビックリ、1611年ぶり発祥の地に飛ぶ日本製砲丸」


アテネ五輪
第6日
 オイオイ、いくら何でも全裸はまずいのではないか? では、一体何をまとえばよろしいのでしょうか、ゼウス様! 明日の訪問客、まことに困ったもの……。

 アテネ市内から約400キロ、丘と豊かな緑、そして吸い込まれるような静寂に包まれる五輪の故郷・オリンピアは、今ごろ大騒ぎになっているだろう。18日、アテネ五輪の象徴として、古代五輪発祥地と同じスタディオンで砲丸投げが行われる。かつての大会主催者・ゼウス神は、今ごろ、全裸で競技した古代五輪ルールブックを引っ張り出して頭を抱えているに違いない。近代五輪がアテネに戻るのが108年ぶりなら、世界遺産でもある発祥の地での競技はじつに1611年ぶり、しかも、かつては参加を許されなかった女性が堂々出場するのだから。

 もっとも、全裸禁止と女人禁制解除には顔をしかめるゼウスも、今年5月、2種類34個、航空便で届いた「砲丸」には感心しきりのはずだ。1611年もの時間を埋めたのは、日本企業の、繊細で正確な「手作り」だというのだから、テレビ放映はなくとも胸がワクワクするではないか。

 企画開発し、男子競技に納品した「ニシ」(東京都江東区)社の砲丸は、シドニー五輪では決勝進出者全員が投げ(私物禁止、公認社複数の物を選手が選択)、アトランタでは金、銀、銅を独占した。製造は、従業員10人程、鋳物の町・川口にある小さな町工場である。重さ7.26キログラムの鉄球は、鋳物を扱う繊細な手作業をもって、選手の絶大な信頼を集める。

「名誉でもあり、ロマンでもある。今は競技が無事に終わるよう祈るばかりです」(ニシ・早野プロモーション統括部長)と、2つの企業は息を飲んで競技開始を待つ。一周192メートルの小さなスタジアムに入ることができる観客は約1万人。看板も装飾も電光掲示も一切ない砲丸だけは、入場無料だ。抽選に漏れた神々は、心地良い芝生席のどこかにこっそり座り、初めて見る砲丸と、ウェアに目を丸くするのだろう。日本からは唯一人、40年ぶりの出場を果たした森 千夏(スズキ)が、女性のパワーを見せつけてゼウスを驚かすことになっている。

(東京中日スポーツ・2004.8.18より再録)

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