アテネ五輪期間中連載コラム

「微笑の団体」


アテネ五輪
第4日目
 ムフフ、エヘヘ、ホー。
 ベンチではこんな様子で5人がそれぞれに笑顔をかみ殺す。何だか不気味でもあるが、彼らはじつに楽しそうだから、見ているこちらもフフフ、と含み笑いをしてしまう。

 体操団体予選トップ通過の快進撃に、ひそかな笑いの中心的人物は、「個人総合に出られないことは、納得しています。それよりも今は、僕に与えられた演技を完璧にこなすことです。僕らの力を出し切れば、中国にも勝てます」と、日本トップの番狂わせに慌てふためく海外メディアを前にも堂々と、浮き足立つことは少しもなかった。

 高校生でアトランタ五輪に出場した、月面宙返りの息子・塚原直也(朝日生命)によれば、今回の代表は「微笑の団体」だそうである。塚原、鹿島、富田ら、たぶん史上最強の「体操オタク」が揃うからで、誰もが体操が好きで好きでたまらず、ビデオも何度でも見るし、他人の演技を細部まで正確に採点できる技能の持ち主ばかり。体操を黙々と追及し、めったに喜びは表現しない。金メダルを量産した競技の沈滞は、曲芸的大技の開発よりも、本当は「体操競技に対する執念にも似た探究心の欠如だった」と、月面宙返りを生んだ塚原光男を答えている。息子は、父の技以上に、日々の生活すべてを体操にかけるその執念の方を、受け継いだのだろう。

「体操オタクを自負してきた僕が、ベンチで浮かないのですから困ったものです。皆、体操追求型ですから、決めてもはしゃがず、騒がず、エヘヘの微笑でわかり合う」

 高校生で五輪デビューした直也も3大会連続出場、すでに27歳。シドニーでは鉄棒で落下。スランプを4年でヒラリ乗り越え、今回は団体のリーダーとして先頭に立つ。

 予選トップ通過は誰もが想像していなかったモントリオール以来7大会ぶりの金メダルを予感させる。父が最後に立った表彰台の頂上で、息子が28年ぶりに手を振る不思議な廻り合わせ。いや、手を振るよりも、おそらく「エヘヘ」と笑いながら。

(東京中日スポーツ・2004.8.16より再録)

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