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●9月30日
スコアやドラマ性から見れば、上々の決勝戦といえるが、舞台の雰囲気に華やかさはあっても、重みはまるで感じられなかった。レベルも決して高くなかった。 開始1分に先制点を挙げたスペインが、4分にもPKのチャンスを得ると、11万人収容の五輪スタジアムをほぼ満員に埋めた中立的な観衆は、それが決まってしまうと試合への興味は半減するとばかり、スペインのキッカー、アングーロに大ブーイングを送り、それが失敗すると、以降、カメルーンへ一方的に肩入れした。で、試合が何となく膠着状態に陥ると、つまらなくなりかけている自分を盛り上げようと、ウエーブを始めちゃったりする。日本はそんな軽いムードのトーナメントに、フル代表に近い態勢で全力投球した。なんだかバカみたいな気がするのだ。五輪サッカーの価値を改めて考えずにはいられない。 表彰式では、荘厳なテーマ曲が流れる中、金銀銅3チーム選手すべてが表彰台に立ち、そして一人ひとりの名前が満員の場内に紹介される。オーロラスクリーンには同時にそれが活字で映し出される。僕はそこまで演出する必要があるかと首を捻ってしまうのだ。 優勝したカメルーンにはA代表でも活躍するエムボマやエトーもいたが、準優勝のスペインにはA代表選手が1人しかいなかった。その唯一の選手であるタムドにしても、今年のドイツ戦でたった10数分出場しただけである。 だが決勝戦を見ていると、それでも僕は両者に対し、日本にはない魅力をたっぷりと感じてしまった。高い独特の身体能力を備えるカメルーンとの比較は無意味なような気がするので避けるが、スペインと比較した場合、古くさささえ感じてしまうのだ。 中村俊輔とシャビ(スペインのゲームメーカー)。ボール操作という意味においての技術は互角かもしれないが、頭の中身はまるで違う。センス(具体的に言えば判断力)の差は歴然としている。濃くバタ臭い中村。シンプルで明快なシャビ。もちろん、チームへの貢献度で勝るのも後者だ。 A代表が1人しかいないスペインより、A代表がほとんどを占める日本の方が古い。中村俊輔は一国を代表する司令塔であるのに対し、シャビは一クラブのサブに過ぎない。この姿に、両国のレベルの差が集約されている気がする。 その差は両者が「サッカー」をどう捉えているかに起因していると思う。「サッカー」とは何か。 伝え聞くところによれば、海外のクラブから誘われた中村俊輔は「体力できていないので、海外移籍はまだ早い」と断ったそうだ。だが、プレッシャーの甘いJリーグでいつまでもプレーしていると、「サッカー」の捉え方は、どんどん時代遅れなものになるだろう。サッカーはイメージのスポーツだ。いくら足技があっても、イメージが悪ければお話にならない。もちろん、それは中村俊輔のみならず日本チーム全員にも言えることだが……。 イメージは選手を取り巻く環境によって形成される。つまり、「外に行け」は「新たなイメージを吸収しろ」と同義語だと僕は思っている。
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