◆シドニー五輪特別企画◆
 杉山茂樹氏現地レポート! ※無断転載を一切禁じます


●9月24日

●すぎやましげき/「Number」やサッカー専門誌などを中心に活躍中のフリーライター。CS放送などでは解説者としてもおなじみ。各種スポーツの海外取材経験が豊富で、1年の大半を海外で過ごしている。著書は『サッカーだけじゃ、つまんない。』(ビクタ−エンタテインメント)、『 ド−ハ以後―世界のサッカー革新のなかで』(文藝春秋)など。
 僕はいつになく興奮していた。延長戦は立ちっぱなしの観戦で、日本がシュートを外すたびに、スタジアムのコンクリートを蹴りつけ、PK戦ではキッカーがトライする毎に絶叫した。

 内外を問わず少なからずいるそういう手のタイプの記者を、僕はこれまで「バッカじゃないの」と、冷ややかな目で見つめていた。騒ぐ暇があったら何かを感じようぜと、気取ってしまうタイプだった。しかしこの時は、無意識のうちにそのバッカな奴になりきっていた。自分でも笑っちゃうぐらいに。

PK負け。この現実に、お茶の間のファンはさぞやがっかりしているに違いない。僕ももちろんその一人に違いないが、記者席に腰を掛けたまま、5分、10分と時間の経過に身を任せていると、別の感慨も湧いてきた。楽しかったじゃないか。面白かったじゃないか。こんな試合を、しかもナマで見ることが出来て、幸せだったじゃないか。その味はどこかホンワカとしていた。試合そのものは引き分けだったんだし。

申し訳ないけれど、お茶の間のファンより何百倍もゲームを堪能したと言う自負はある。莫大な経費を使って、ここにやってきた自分の選択に、拍手を送りたい気分だった。

 何を暢気なことを抜かしてやがるんだ! と、お怒りの方は多いと思う。でも、実際本当にそう感じてしまったのだから仕方がない。やっぱり五輪だからである。ワールドカップではないし、欧州人にとってのチャンピオンズリーグでもない。日本人にとって五輪は大きなイベントでも、世界のサッカー界においては、そうデカくないイベントだからである。絶望感は微塵もない。さあ、2年後だ。これからが本番だ。これでアジアカップの見所がまた一つ増えたぞ。そう気分をプラス志向に転じれば、ホンワカがカラっとに変わるのだ。いつもいつも眉間にしわを寄せていては、人生はつまらないと思うのだ。課題を探る前に、とりあえず、女子マラソンを楽しもうじゃないか。

時流に乗り遅れては行けないと、だから僕は、アデレードからシドニーへ戻るフライト時間を朝一番(午前5時)に変更した。睡眠時間はゼロ。シャワーを浴びて、ひげを剃り、空港に向かうべくタクシーに飛び乗った。

シドニー空港到着は予定通り。電車でミュージアム駅で下車するや、すかさず人垣のできている方向に走った。

 セーフだった。沿道観戦成功。日本の3選手をすべて確認することに成功した。ライターではなくミーハーファンのノリだった。

それは何年経っても忘れちゃいけないノリだと思う。基本は好奇心。そしてスポーツは何のかのといっても、所詮はエンターテインメントの世界にすぎない。政治や経済、社会問題とはワケが違う。それをどう楽しみ、どう付き合うか。ワーワー、キャーキャーも上等な選択肢だが、怒ることもエンターテインメントの一つだと思っている。日本のサッカーについてどのように怒るか。どのように怒れば日本のサッカーが面白くなるか。シドニー・オリンピックスタジアムで「君が代」を聞いて帰ってきたいまこれから、ゆっくりとそちらの方についても考えてゆきたい。

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