2003年3月10日

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陸上

世界陸上 マラソン代表発表
日本陸連理事会、評議員会より
(東京・渋谷、岸記念体育館)

 日本陸連は、9日の名古屋女子マラソンで、今年8月のパリ世界陸上男女マラソン選考をすべて終えて選考会議を行い、男女5人ずつの代表(世界陸上は団体戦があるため5人まで選ぶことができる)を決定した。
 基準はすでに3点で定められており
  1. 昨年の東アジア大会金メダル
  2. 国内3選考レース(男子は福岡、東京、びわ湖、女子は東京、大阪、名古屋)で、男子は
    2時間9分59秒以内、女子は2時間25分59秒以内をマークし、日本人1位となった選手
  3. 3選考レースで日本人上位に入り、世界陸上で入賞が期待される選手
以上の点から10人が決定された。
 日本陸連・沢木強化委員長は「女子は3レース中2レースで優勝し、男子は優勝がなかった。これが世界との差を明確に示していた」と、9日の名古屋終了後に講評をし、10日の理事会後、「女子は1年前のそれぞれの記録を見ると、これほど大化けする(マラソンの記録を伸ばす)とは思わなかった。記録的には上位者が揃った。力はあるので、(難しい)夏場にどうやって持っていくかになるだろう。男子も、捨てたものではない」と、前回男子メダルなし、女子は土佐礼子の銀メダル、渋井陽子の4位(ともに三井住友海上)の成績を上回ることに期待を寄せた。97年アテネ世界陸上で銅メダル(一万メートル)を獲得した千葉真子(豊田自動織機)は、小出義雄・SAC監督の指導のもと、6年ぶりに国際舞台に復帰する。
 世界陸上は、すでにアテネ五輪の選考会のひとつになっており、もし、パリでメダルを獲得し日本人最上位に入った場合には、そのままアテネ代表に内定するため、選手にとっては、パリがそのままアテネの続く84.39キロのスタートになる。

■第9回世界陸上競技選手権大会 女子マラソン代表
   選手(所属) 代表選考会での記録
松岡理恵(天満屋) 東京国際  2位 2:25:02
野口みずき(グローバリー) 大阪国際  1位 2:21:18   
大南敬美(UFJ銀行) 名古屋国際 1位 2:25:03
千葉真子(豊田自動織機) 大阪国際  2位 2:21:45
坂本直子(天満屋) 大阪国際  3位 2:21:51
補欠:小崎まり(ノーリツ) 大阪国際  5位 2:23:30
【参考】各代表選考会のレース結果はこちら:
東京国際女子マラソン(2002.11.17 Daily News)
2003大阪国際女子マラソン(2003.1.26 Daily News)
2003名古屋国際女子マラソン(2003.3.9 Daily News)

■第9回世界陸上競技選手権大会 男子マラソン代表
   選手(所属) 代表選考会での記録
尾方 剛(中国電力) 福岡国際  2位 2:09:15
油谷 繁(中国電力) 東京国際  2位 2:09:30   
藤原正和(中央大学) びわ湖毎日 3位 2:08:12
清水康次(NTT西日本) びわ湖毎日 4位 2:08:28
アジア大会 2位 2:17:47
佐藤敦之(中国電力) びわ湖毎日 5位 2:08:50
補欠 五十嵐範暁(中国電力) 東京国際  3位 2:10:11


Stadium REVIEW

「1本化か、専門化か」

 今の日本女子マラソンにおいて、長年のドタバタを何度も取材し、その陰で泣いた選手の無念さを学んだ記者として考えうるアテネ五輪に向けての最良の選考方法は、シドニー五輪金メダル、世界最高を挟んでの7戦6勝の高橋尚子(SAC監督)にまず代表権を与えることである。高橋を内定し、どこかで一度、マラソンに限らず調整が順調であることを正確に示すレースに出場義務を付加する。そして残り2議席を、パリ世界陸上、国内3選考レースの4レースの結果と、酷暑の、プレッシャーのかかる五輪での可能性、実績を多角的、専門的に熟慮して選ぶことである。
 おそらく各選手の実力を発揮してもらう上でも、これがベストの方法である。高橋が現時点で代表に内定したとして、これに反対する意見は、何よりその価値を理解している「現場から」出ることは考えにくいし、彼女が代表に選ばれず、若手と同じスタートラインに立たねばならないことは、世界的に見ても不可思議な「逆平等」である。

 ところが、こうはいかない特殊な事情が多くある。
 陸連は、第一に世界陸上の価値を低下させないこと、第二にアテネまで1年の猶予があれば十分に調整が可能という強化の側面から、第三に価値と興味が低下すること、すなわち視聴率の低下にならないこと(TBSが独占放送)、これら3点を配慮した上で、世界陸上メダリスト(銅メダルまで)で日本人最上位に五輪切符を与える決断をした。
 その決定は、若手、まだマラソンでの名前がなかったランナーたちに「私も五輪を狙える」といった強いモチベーションを与え、昨年以来半年のレースのその結果が反映された。沢木強化委員長をもってしても「女子は大化け」という言葉が出て来るのには、こうした背景がある。
 しかし、女子に限れば、本来、パリで代表権を取って、酷暑の五輪向けて十分な調整を積んで金メダルを獲得して欲しい、と陸連が、関係者が願ったはずの「実力ランナー」が結果的に一人もパリに出場しないことは、非常に皮肉な結果である。
 もちろん若手の、未知数の力は限りない魅力ではあるが、前回の銀メダリストで、日本歴代7位(2時間22分46秒)の土佐礼子、昨年10月のシカゴマラソンで高橋尚子に続く歴代2位(当時。現在は野口みずき)の2時間21分22秒をマークした渋井陽子(ともに三井住友海上)、何よりもオリンピック・ディフェンディングチャンピオンの高橋尚子と、3人ともが実に魅力的な五輪への「最短距離」を、故障のために走れなくなった(それぞれ国内3レースで狙う)。

 世界中どこにもこれだけのレベルで選手が揃った国はないこと、日本のマラソンがメディアの主催という、極めて特殊な形態で発展、強化されてきたこと、この2点はマラソン選考を考える上での基本となっている。その上で例えば、パリで1人内定。残る2議席を3レースで選らぶことになったら、という問題を解くとしよう。
 感情的なわかりやすさならば──日本では五輪の前になると必ず、インスタント評論がされるが──1本化がベストである。しかし、選手へのリスクは極めて高くなること、選考で全力を使い切ってしまうマイナスから、世界的には米国以外、この方法を取る国はほとんどない。また日本ではテレビ、新聞社といったメディアがスポンサーである以上、陸連は偏りを避けたい。
 今回は、より専門的に、より複雑になったとしても、3レースで2人を選ぶ状況に、プロフェッショナルな選択を、陸連は選手と多くのファンに対して行わなくてはならない。3レースでの結果を、ただ選考レースのみの成績だけではなく、複数レースの安定性、天候との関連性、調整の出来、不出来、トラックレースの速度など、徹底的に、できるだけ複雑に、プロの視点から分析した上で、3レースで2人選ぶ困難に対応していくべきだ。
 毎回毎回「もめた」と批判される一方で、これまで結果的には(女子は)3大会連続ですべての色のメダルを獲得していること(メダル含め入賞5人)も、堂々と主張すればいい。その上で、選考を行う時に諮られているのは、選手だけではなく、財団法人としての自分たちであることも強く意識して行くべきだろう。

 もちろん、世界陸上でメダリストなしの場合は、国内3レースの優勝者を決定する「クリア」な形が取れるかもしれない。反対に、メダリスト3人がわずかな差で、日本女子が複数入ったらどうするのか、こんなごちゃごちゃのシナリオも想像できる。スポーツの予想など絶対に不可能である。だからこそ、選ぶ方に求められるのは、「明確な選考基準」などといった小手先のテクニックではない。なぜ、どうして選ぶのかといった、決して揺らぐことのない哲学のほうなのである。
 3年前、当時日本歴代3位の2時間22分56秒をマークし、五輪銀メダリストとなったシモン(ルーマニア)を最後まで苦しめながら2位となった弘山晴美(資生堂)を落選させたこと、彼女の無念さを忘れるには、まだ早過ぎるはずだから。



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