明日香亮のつぶやき日記 2001年6月

6月6日(水) HEPホールで能を観た!
プロローグ「魅力的なお誘いメール」
■新たな職場に赴任して間もない5月初めのことだった。職場のノートパソコンの環境設定がようやく落ち着いた頃、見慣れない名前の女性からのメールを着信。(出合い系サイトが遂に小生にまで及んだか!ンなわけないか?)
発信者は大阪さくら会4月例会でお目にかかったカノ能楽ルポライター石淵さんだった。なんとも魅力的な以下の内容のお誘いメールだった。
☆6月6日(水)18:30・HEPホール・3,000円
『自然居士(じねんこじ)』 味方 玄(みかた・しずか)
シテ(主役)は、今年の京都芸術新人賞を受賞した能楽界屈指の実力・人気を誇る若手、味方玄。
囃子も若手ながら小鼓・成田達志、大鼓・山本哲也という力のある配役。
ことに笛は名古屋の若手、竹市学。映画『梟の城』のラストシーンからエンディングのクレジットを通じて流れる美しく印象的な笛の音は、彼、竹市学の能管です。
ご存知ない方は一聞の価値あり!です。HEPの舞台が客席になり、客席に舞台を作り、能の持つ変幻自在の魅力を手を伸ばせば届くような至近距離でご覧いただけます。(触っちゃダメですよ!杉良太郎じゃないんだから・爆笑)
まさに能は室町のミュージカル!エネルギッシュな舞台を存分にお楽しみいただけると思います。損はさせませんって!私自身も楽しみにしてるんですから。
梅田のど真ん中で能?しかも会場は以前行ったことのあるHEPホール(さくら会番外編・民博シリーズ「キムチ開封」)ではないか。
早速参加の返信。
■直前に石淵さんからの案内メール。当日の混雑が予想されるとのこと。18:00時開場の少し前にHEPホールに到着。例によって着物姿の石淵さんが、どこか落ち着かない様子で入口付近にたたずんでいる。チケットの代金を渡しがてら上演中のカメラ撮影を打診。予想通りやんわりとお断りの返事。ヤンヌルカナ。
さくら会の井上さんの顔も見える。遅れて友人らしき人と一緒に竹内さんも姿を見せる。
18:00開場。いつものHEPホールと見まごう会場の様子。客席に大きくせり出した急ごしらえの能舞台。周辺をパイプ椅子と座布団クッションが取り囲む。ホール舞台はパイプ椅子やクッションが並べられ客席と化している。どうせなら舞台上からの観劇としゃれ込むか・・・と靴を脱いで舞台上の最前列の座布団クッションに陣取る。(後になってパイプ椅子にすべきだったと後悔。薄いクッション一枚で窮屈な姿勢での90分は、正直かなり辛いものがあった。)
上演「舞、語り、囃子、地謡・・・渾然一体の能舞台」
■18:30開演。舞台奥から袴姿の人物が登場。これから始まる能舞台「自然居士」の解説を今風に口上。このあたりがHEP・FIVE学習塾「現代を生きる古典シリーズ」の所以か。『元来、庶民芸能だった能は神社仏閣の境内などで車座になって楽しんだものです。今日の舞台設定の感じは当時の雰囲気そのままにお楽しみ頂けるのではないかと思います。』(ナルホド。モノは考えよう。そう思えばこの窮屈な環境も納得できるというもの。) パンフレットのキャスティングによればこの人も観世流シテ方(主役俳優?)の役者さんとのこと。
口上の後の休憩後、笛の音が響きいよいよ開演。
笛、小鼓、大鼓の囃子の3人が能舞台とホール舞台の間に作られた一段低い席に着席。能舞台の客席寄りの端には袴姿の4人が着席。パンフレットを見ればこの方々はどうやら地謡(じうたい)といわれるバックコーラスの面々か。
■ほどなく客席の中に作られた「橋掛り」奥から肩衣(かたぎぬ)に袴の若い狂言方登場。そして突然、あの能独特の朗々たる語りが発せられた。さすがはプロ!初めて生で聴く私に、腹の底から発せられる迫力ある響きが迫ってくる。
狂言回しの前口上に呼び出されて自然居士がホール舞台奥の橋掛りからゆっくりとした足取りで登場。今回の主役(シテ)の「味方 玄(みかた しずか)」氏が演じている。出演者の中で唯ひとり「喝食(かっしき)」の能面をつけている。見る角度によって様ざまな表情が表現されると言う能面に思わず見とれてしまう。声量のある野太い声に、張り詰めた緊張感が漂う。
ここから自然居士を中心として、居士に小袖を布施する少女、少女を買取った人商人(ひとあきびと)が登場し、物語が展開するわけだがこれは省略。
圧巻は自然居士が人商人の求めるままに、当時の様ざまの庶民芸能を演じる場面か。烏帽子を着けて「舞」を舞い、「曲舞」を演じ、「簓(ささら)」を擦る真似をし、「羯鼓(かっこ)」を打つ(以上は当然のことながらパンフレットからの剽窃)。自然居士の舞に合わせてお囃子が奏でられ、4人の地謡の謡の合唱が渾然一体となって一気に舞台を盛り上げる。救出した少女を連れて自然居士が客席の中の橋掛りを退出し終演を迎える(左画像)。
余韻「新たな発見といくつかの感動」
■初めて能舞台だった。新たな発見があった。いくつかの感動があった。非日常の異次元の世界に遊んだひと時だった。
共同体の舞上手が舞出し、これを取り囲んだ仲間たちが囃し、手近な音の出る道具で盛り上げた。今日のあらゆる演劇の原点はこんな光景だったのだろう。「能」は形式美を追求しながら尚、こうした演劇の原点を忠実に伝えている。
笛、大鼓、小鼓の囃子3人衆の格闘の様も見事だった。それはまさしく奏者の全力をかけた楽器との戦いだ。奏者のこめかみに血管が浮き上がる度に鋭い笛の音が会場を切り裂く。ピンと伸びきった長い指が乾坤一擲の鋭さで鼓の皮を打ち据える。金属音に近い鋭くて、どこか優しい和楽器の響きである。
腹の底から振絞られるかのような語りの迫力と、間髪をおかずに飛び交う掛け合いの妙・・・。それはあたかもモダンジャズのアドリブにも似た掛け合いを思わせるものだった。4人の地謡の奏でる一糸乱れぬ合唱?は、人間の声は実は楽器の一種だったとの感をあらためて思い知らせるものだった。
■ところで少女役に扮したのは9歳の男の子である(上の画像)。彼の台詞は全くない。大人たちの指示に従い登場し、舞台に控え、そして退場する。彼は夜の7時台のゴールデンタイムを、ひたすら舞台上で片膝ついて過ごす羽目になったのである。無理もない。大人だけの客席ですら、かすかに寝息の漏れる事態なのだ。幼い子供が片膝ついたまま舟を漕いだとて誰がそれを責められよう。ただその場所が衆人環視の舞台上というだけではないか。とはいえこの場所の差は小さくはない。並みの神経では到底及びもつかない振る舞いではある。さすがは生まれついての役者の子と言うべきか。かくして子方を演じた観世流シテ方・上田顕崇君は、終演後の観客の話題を一手に集めることになった。
エピローグ「古典芸能の革新者?」
■石淵さんの事前のメールに従い9時からシテの味方さん、笛の武市さんを囲んでの懇親会が設けられた。
会場は、HEP・FIVEから歩いて数分のお初天神通りのお洒落な居酒屋「惣菜ダイニング・卯乃家」。
参加者は我々「大阪さくら会」ゆかりの面々と石淵さんの人脈に連なる能楽ファンクラブらしき女性グループの皆さんである。
ひとしきり各テーブルで懇談した後、参加者一人一人の自己紹介を兼ねた今日の能舞台の感想報告会に。味方さんへの自由な質問タイムも設けられる。
30代半ばの味方さんの、能にかける情熱と気さくな人柄が伝わってくる。
宴たけなわの盛り上がりの勢いを借りて、味方さん、武市さんを囲んでのグループごとの記念写真。さくら会ご一行様の記念写真もめでたく終了(左画像)。11時頃いったんお開きとなりさくら会グループは帰宅の途に。ファンクラブご一同様は尚、残留のご様子。気合の入り方の違いか。
■前日の能舞台の余韻に浸りながらその報告のためのホームペジアップに取り組んでいた私のもとに、「さくら会広報部の竹内さん」からのメール。『発見!味方 玄』のメッセージで味方さんのHPサイトの紹介だった。
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/duck-hal/
早速拝見。あらためて味方さんの多彩な活躍ぶりと大衆芸能だった筈の能を再び大衆化し革新しようという意気込みが良く分かる。味方さんの人柄と併せて1昨年5月の「自然居士」京都公演の時の画像を発見。我々が観た自然居士の舞台そのままである。勝手ながらこのHP報告で画像2枚をパクらせて頂いた。味方さんゴメンナサイ。ご指示があればいつでも削除します。
■石淵さんからも公演参加のお礼メールを頂いた。文中の石淵さんの味方さんに対する人物評は興味深いものだった。無断転載をお許しいただきたい。
「味方 玄」という役者は皆様のお声をも自らのエネルギーにしてゆける役者だと思います。技術、感性、センス、バランス感覚、いずれも素晴らしい才能だと思いますし、自分に厳しく修練してゆける数少ない若手役者の一人です。これからどんどん活躍してくださると思います。ご注目下さい。
■このHPアップの案内メールをさくら会メンバーに送信したところ、石淵さんから感想とともにいくつかの記述上の誤りも指摘して頂いた。本文中の色違い文字がその事項である。感謝を込めて早速修正させていただいた。
以上、能舞台初体験レポートでした。

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