EMOTIONAL DISTURBANCES (後編)  

作 ゆきかき





 「シンジ君、晩ご飯いいの?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  あなたの気持ちはわかる、痛いほど。
  でもこのままじゃいけないことは、あなたにもわかるでしょ?
  トウジ君のこと忘れろなんて言わない。
  いえ、むしろ、あなたはトウジ君を一生背負って生きていかなければ
  いけないわ。
  この悲しみはあなたに課された試練なの。
  これを乗りきらなきゃ、一生臆病者としてすごさなければいけないわよ。」
 シンジに反応はなかった。
 「これからは、トウジ君のためにできる事を少しずつでいいから
  やっていけばいいと思う。
  そうすれば、あなたの気分が晴れるでしょうし、トウジ君のことが
  思い出に変わって行くと思うの。
  シンジ君、つらいでしょうけど逃げちゃだめ。
  逃げてもなにも始まらないわよ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  ぶつぶつ言ってごめんね。おやすみなさい。」
 ミサトの足音は小さくなっていった。

 ミサトさんの言う通りかもしれない。
 泣いててもしょうがない、いま、自分に出来ることを・・・・・・・・・・・・。
 自分に出来ること。
 今できることってなんだろう?
 『人殺し、人殺し、人殺し。』
 ヒカリの言葉が頭によみがえる。
 たとえ僕が悪くなくても、僕は謝るべきだ。
 僕にも責任はあるんだから。

− − − − − − − − − − − − − − − − − − − − 
 朝日の中を歩くシンジ。
 大都会の空気を自分が初めて吸うようだ。
 新鮮な空気に雀の鳴声。
 朝日は顔を横から照らす。
 シンジの右手にはカバンがあり、左手には花が持たれていた。
 昨日のうちに花屋にいって買うことが出来なかったので、シンジは朝早く川原   
 にいって花を取ってきていた。
 学校に続く道は、まだだれも通った気配はない。
 朝の6時なら当然かもしれない。
 シンジは少し早起きしすぎたかなと思う。
 足音は朝という今までとは別の世界に響きわたった。
 新鮮な空気を胸いっぱいに吸いこんで、吐き出す。
 雀の鳴声は非常に心地よかった。
 「ヒカリに謝らなきゃいけない。」
 シンジの決心はついていた。
 どんなに馬鹿にされようと、けなされようと、僕は謝らなきゃいけない。
 殴られたっていい、蹴られたっていい。
 僕は謝る。逃げたりなんかしない。ヒカリが許してくれるまで、
 謝り続ける。
 トウジのことは悲しいことだけど、今現実に起きていることを先に解決
 するべきだ。泣くだけじゃ何も変わらない。
 シンジは自分でも変わったなと思っている、でもそれは自分にとって
 いいことだとも思っていた。
 学校の校門に近付いてきた。
 グランドには誰もいない。
 サッカーゴールは朝日に照らされ、光っている。
 いつもなら賑わうこの道も今はシンジだけだった。
 本当に空気がきれいだ。
 また大きく深呼吸をするシンジ。
 正面からシンジを照らす太陽。
 太陽のうえには一面の青空が広がっている。
 今、みんなが寝息をたてていると思うとうれしくなる。
 新鮮な空気、雀の鳴声、朝日、心地よい風、雲一つない空。
 全てがシンジを勇気づける。
 みんなシンジの味方のように見えた。
 正面の朝日によって前がよく見えない。
 ふと、シンジが取ってきた花に目をやると、花びらの朝露が光にあたり
 きれいだった。
 校門が見えてくる。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 左手にもっていた花がぱらぱらと落ちる。
 右手にもっていたカバンはどさっと落ちる。
 シンジのまわりの時間は、ぜんまいの巻きが足りないオルゴールのように
 ゆっくりとゆっくりと流れる。
 全てがゆっくりだった。
 なにもかもが。
 朝日はその物体を照らす。朝日があたりとてもきれいなその物体は、
 ただその場に存在するだけ。
 聴覚、嗅覚、感覚、全てシンジから消え去った。
 あるのは視覚だけで、目はそこにあるものを写している。
 言葉がでない、何も感じない、わからない。
 すがすがしい朝に存在するその物体は、動くものではなかった。
 シンジは上を見上げると、屋上に靴が二足そろえてあるのに気が付く。
 その物体は至る所から、液体を出している。
 液体は赤い色をしていたが、もうすでに固まっているようにも見える。
 その物体の頭部からは、液体が大量に出た様子がわかる。
 グランドは、空の青と対立するかのように真っ赤だった。
 シンジの体はけいれんを始めた。
 ぶるぶると震えている。
 あごがカタカタと上下に揺れている。
 その物体の顔は横を向いていたので、嫌でもシンジの視界に入ってくる。
 そこには、血だらけのヒカリの死体があった。



 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。」



 朝6時の第三新東京市に少年の叫びが響きわたる。
 少年は校舎に向かって走りだす。

 シンジの叫びに気が付いたレイは、校舎の前の惨劇を見て、抱えていた
 花束を落とす。
 そして、シンジ後を走って追い掛ける。

 「今度はヒカリを殺したんだ僕は、いったい何人殺せば気が済むんだ。」
 階段を駆け昇るシンジ。
 顔は真っ青で、涙がつぎつぎとあふれてくる。
 もう、全て嫌だ!嫌なんだぁぁぁぁぁぁ!
 シンジは屋上のドアに手をかける。
 鍵がかかっていた。
 「あけ!あけ!」
 シンジは扉にむかって、何度も何度も体当たりをくらわせる。
 屋上の扉は簡単に開いた。
 開いた扉の向こうに、鉄の柵が見える。
 あのハードルを越えれば救われる。
 あのハードルを越えれば・・・・・・・・・・・・・・・僕は全てから開放されるんだ。
 シンジはためらう事無く、鉄柵に手をつき飛び越えようとした。
 「だめ!」
 シンジの足は引っ張られ、屋上に引き戻される。
 シンジが振り向くと、そこにはレイがいた。
 レイはシンジの足を、がっちりと両手で抱き抱えるようにつかんでいた。
 「碇君だめ、死んじゃだめ!」
 今のシンジにレイは見えなかった。
 「はなせ!死なせてよ、死なせてよ、死なせてよ!」
 シンジはおもいっきりレイを蹴飛ばす。
 いくら力一杯シンジが蹴り続けても、レイは足を放そうとしなかった。
 「どいてよ、どけよ、死なせろよ。」
 シンジの涙と蹴はやまなかった、レイは足を抱えただ堪えていた。
 「碇君が好きなの、碇君が好きなの、だから死んでほしくないの。
  お願い死なないで、死なないで・・・・・・・・・・・・・・。」
 それだけ言うと、レイはその場で泣き崩れた。
 今まで聞いたことのないレイの大きな泣き声は、朝の街に響く。
 シンジももう力はなかった。
 トウジの血だらけの姿、ヒカリの叫び、ヒカリの死体。
 全てが頭のなかによみがえる。
 膝をつきシンジもその場で泣き崩れる。
 「僕、どうすれば、どうすれば・・・・・・・・・・・・・・・・。」

 朝日が二人の顔を照らす。
 心にかかった黒雲を青空は晴らせてくれない。
 涙を流す二人に異国の風は冷たく通りすぎる。
 朝の静寂のなか、雀の鳴声と、二人の泣き声が響く。
 いつからかはわからなかったが、二人は抱き合っていた。

− − − − − − − − − − − − − − − − − − − − 
 「ただいま。」
 相変わらず、ミサトの言葉に返事はない。
 下を見るとアスカの靴はなかった。
 その時、風呂場からガタッという音が聞こえる。 
 妙にミサトは不安になる。
 「シンジ君、お風呂に入っているの?」
 返事はない。
 「シンジ君、シンジ君!」
 ミサトはためらわず風呂場に入る。
 両手で口を押さえるミサト。
 浴槽は真っ赤に染まり、シンジの腕がその中にのびていた。

− − − − − − − − − − − − − − − − − − − − 
 「何度目?」
 「4度目。」
 ネルフの中央病院内。

 点滴を受けているシンジの横にはミサトとリツコがいる。
 「彼このまま生きてても自殺をやめないわよ。」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
 ミサトは何も言わない。
 「彼が手首を切るたびに、いろいろ迷惑がかかっているのよ。」
 「わかってる。わかってるけど、もう私にはどうしていいかわからないの。」
 瞳が潤みはじめる。
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
 リツコはミサト見つめ黙っていた。
 「リツコ。」
 「なに?」
 「シンジ君の記憶を消すこと出来ないかな?」
 「な、なに言ってるのよ、勝手にそんなことしたら。」
 「わかってる、わかってるけどもうシンジ君は・・・・・・・・・・・・・・・・。」
 流れる沈黙。
 ミサトの頬にひとすじの涙が流れる。
 「わかったわ。碇司令にはあなたからいってよね。」
 そういってリツコは部屋を出ていった。
 「シンジ君ごめんね、ごめんね。」
 ミサトの涙はシンジの頬で弾けて消えた。

 


 




 AM 3:54

 はぁ はぁ はぁ はぁ はぁ  
 シンジは全身汗だくだった。
 これが僕の消された記憶・・・・・・・・・・・・・・・・。
 トウジも、ヒカリも・・・・・・・・・・・・・・・・。
 僕が・・・・・・・・・・・・・・。
 唇を噛み絞め、手を力一杯握る。
 シンジは悲しくて悲しくてしょうがなかったが、涙は不思議とでなかった。


 AM 5:23



 ぷるるるる ぷるるるる ぷるるるる
 ミサトの部屋の電話が鳴る。
 ガチャ
 「もう、なに?あ、リツコ?なんなのよ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  ・・・・・・・・え?使徒?そんなのわかってるわよ・・・・・・・・・・・・・
  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・べ、別に新しい使徒があらわれたの?」

− − − − − − − − − − − − − − − − − − − − 
 AM 6:42

 「現状は?」
 「太平洋上に未確認物体出現、パターンは青です。
 マコトはスクリーンを見ながらミサトに告げる。
 「かなりの大型です、第参使徒と同じ人型ですね。」
 「そう。」
 なんだってこんな時に・・・・・・・・・・。
 はっ、ま、まさか。




 「リツコ。」
 「なに?」
 リツコの研究室にノックも無しに入るミサト。
 「あの使徒、アダムを回収するつもりだわ。」
 「なんですって?」
 「大質量隕石でネルフ施設を地中深くまで破壊、そして地下数千メートル
  にあるアダムを新しい使徒が回収。」
 「そんな、使徒が連携プレーをするとでも?」
 「そうしか考えられない。」
 リツコは近くにあるコーヒーに口をつける。
 「それでどうするの?」
 「もちろん使徒は撃退するわ。」
 「どうやって?」
 「もち、EVANGELIONを使ってよ。」

− − − − − − − − − − − − − − − − − − − − 
 AM 8:15


 チルドレンたちは、ネルフ本部に集まっていた。
 アスカ、ケンスケ、レイ、シンジ。みんな緊張した面持ちだった。
 「みんなごめんね、最後までこんなことやらせて。」
 「なにいってんのよ、どっち道死ぬんだから変わりないじゃない。」
 いつものアスカらしいセリフだった。
 「そうですよ、ミサトさんが悪いんじゃありません。」
 ケンスケも、笑ってアスカに同意する。
 「みんな、ありがとう。」
 ミサトは子供たちを優しく見渡した。
 「それにしてもミサト、なんで先に死んじゃうのに
  後から来る使徒を倒さなきゃいけないの?」 
 「わたしたちが滅んでも、地球が滅ぶわけじゃないわ。
  生きているうちに精一杯やっておきたいの。」
 「つまりお人好しなわけね。」
 「そうかもね。」
 二人は微笑みあう。
 「それじゃあ、詳しい作戦を伝えるわ。12:23に落下型使徒襲来、
  この使徒を2機が受けとめて衝突の威力を少しでも吸収してもらうわ。
  そして、13:07に人型使徒襲来、これと地下に眠るアダムを残りの2機が
  抹殺する。この2機はネルフ最下部に移動してもらうわ。
  これが、今回の作戦よ。」
 「はい質問!」
 「なに?アスカ。」
 「ということは、残りの2機は生き残るってこと?」
 「わからない。隕石によって消滅する可能性と生き残る可能性は、
  50:50だとMAGIは判断しているわ。」
 「もし生き残ったらその後どうするのよ。」
 「碇司令の知り合いがEVAごと回収してくれるそうよ。」
 「うわぁ、生きてても最悪ね。」
 苦笑するミサト。
 「作戦開始は12:00、ポジションはアスカと相田君が落下型使徒を、
  シンジ君とレイは人型使徒を。」
 「あら、シンちゃん残念、変な人と一生すごさなきゃいけないのよ。」
 アスカがちゃちゃを入れる。
 「・・・・・・。」
 シンジはなにも言わなかった。
 「それじゃあ、作戦開始時間まで各人待機していて。」


− − − − − − − − − − − − − − − − − − − − 
 更衣室でプラグスーツに着替えるケンスケとシンジ。
 もう着ることのない洋服をたたみ、右腕のボタンを押す。
 ケンスケはシンジよりも先に着替え終わる。
 「なあ、シンジ。」
 「ん、なに?」
 ケンスケは、ためらったが意を決してシンジに問う。
 「おまえ、トウジってやつ知らないか?」
 シンジは心の動揺を押さえ付け、口を開く。
 「なんでそんなこと聞くの?」
 「いや、別に知ってるかなと思っただけだけど。」
 シンジははっきりと思い出せる。
 三人の楽しい日々を。
 たわいもない話で盛り上がったていた日々を。
 そして、トウジに殴られたことも、殴ったことも。
 全てが僕の思い出だ、忘れることなんて嫌だ。
 「ごめん、知らないよ。」
 「そうか。」
 シンジは嘘をついたほうがいいと思った。
 感覚的に、たいした意味はないのかもしれない。
 「ケンスケ、楽しかったね。」
 「そうだな。」
 二人とも嘘をつく。二人もの友達が死んだことは自分たちの心に
 まだ傷として残っている。とくにシンジには。
 でも、これでいいんだ、これで。
 「ケンスケ。」
 「なんだ?」
 「トウジって、棚のうえに乗っていた写真のなかにいる子のこと?」
 シンジの問いにケンスケは戸惑う。
 「いや、違うよ。」
 「そう。」
 お互いに嘘を付き合う。それは自分を守りたいためだけじゃなく、
 友達を守りたいからかもしれない。
 シンジはそう思った。

− − − − − − − − − − − − − − − − − − − − 
 「レイ、つらかたでしょ?」
 「・・・・・・・・・・・・・・うん、少し。」
 こちらの更衣室でも、アスカ、レイがプラグスーツに着替えている。
 「結局シンジは知らないままでいいのかしら。」
 「・・・・・・・・・・・・それはわからない、でも、私は知ってほしくない。」
 「そうよね。」
 アスカは着替えおわり、持って来ていた写真をとりだす。
 その写真は机にしまっておいた、自分とヒカリの写真だった。
 「・・・・・・・・・・ヒカリさんの?」
 「そう。」
 レイも着替え終わる。
 「・・・・・・・・・・・・アスカ、あなた未練はないの?」
 レイは初めてアスカと呼んだが、お互いにそれほど違和感を感じなかった。
 「ない。って言ったら大嘘つきよね。あるわ、正直言って。
  でも、私はEVAに乗ることが全てだったの、最後もこれに乗って
  死ぬんなら本望なのかな?」
 「そう。」
 アスカという人物を誤解していたとレイは思う。
 「もう着替えおわったわよね、行きましょう。」
 「そうね。」



 AM 12:00

 「アスカ、相田くん、いいわね。」
 「もちろんよ。」
 「もちろんです。」
 中央作戦司令室は緊張が走る。
 ミサトは二人を優しく抱く。
 「ミサト。」
 「ミ、ミ、ミサトさん。」
 ケンスケは一人赤くなっていた。
 ミサトは微笑む。
 「それじゃあ、シンジ、レイ、楽しい人生送りなさいよ。」
 シンジはアスカに微笑む。
 「シンジ、じゃあな。」
 ケンスケはシンジにむかって敬礼する。
 出動時のケンスケのそれが嫌だったが、シンジは右手の指を一生懸命伸ばし、
 ひたいにそっと置く。
 「シンジ君、レイ。」
 ミサトは二人もそっと抱く。
 「ミサトさん、僕・・・・・・・・・・・。」
 「なに?」
 「僕、僕・・・・・・・・頑張ります。」
 「頑張ってね。」
 シンジは記憶のことを言い出せなかった。
 ミサトは子供たちを見つめる。
 そして、ゆっくりと口を開く。
 「搭乗。」



 



 AM 12:13

 「使徒落下まであと10分です。」
 「もう、肉眼でとらえることが出来ます。」
 ミサトの隣には加持がいた。
 加持はミサトの肩をしっかりと抱き抱える。
 「アスカ。」
 「大丈夫よ、ちゃんと仕事は最後までやりとげるわ。」
 「相田くん。」
 「心配しないでくださいミサトさん、まだやることがあるだけ
  救われてるんですから。」
 ミサトは子供たちの強がりに涙が出そうになる。

 AM 12:18


 「使徒落下まであと5分。」
 「な、なんて大きさだ。」
 ミサトはたまらなくなり、口を開く。
 「シンジ君、私、私、あなたの・・・・・・・・・・。」
 シンジはそれ以上言ってほしくなかった。
 加持はミサトの肩をつよく抱き締める。
 それは、何も言うなということを表していた。
 「頑張ってね。」
 「はい。」
 リツコはゲンドウを見ていた。
 微動だにしていなかった。

 AM 12:20

 「使徒落下まであと3分。」
 「ケンスケ、あんたびびってるんじゃないでしょうね。」
 「惣流がだろ。」
 軽口をたたく二人。しかし、誰もが恐怖を感じていた。


 AM 12:22
 「し、使徒落下まであと1分です。」
 ミサトはみなの前で加持と抱き合う。
 リツコは目をつぶった。
 「いくわよ。」
 「わかってる。」
 「ATフィールド展開。」
 2機のEVAは隕石にむかい手を延ばす。
 ふたつのフィールドは隕石のフィールドとぶつかる。
 しかし、それは一秒ももたなかった。
 アスカの顔とケンスケの顔が歪んでいくのがシンジのモニターから
 わかった。
 二人の叫びは轟音にかき消されるが、シンジには聞こえていた、
 二人が『ママ』と叫んでいたのを。
 彼らの顔が焼けて、とけてゆく。その時点でモニターはきれてた。
 巨大物体は第三新東京市のビルを次々と破壊して行く。
 22層の装甲防御は何の役にもたたない。
 「ミサトさん!」
 シンジの叫びを聞くものはいなかった。
 閃光が放たれ、あたり一面が真っ白になる。

− − − − − − − − − − − − − − − − − − − − 
 シンジが気が付くと、そこは荒野だった。
 もう、なにもない。見渡すかぎり。
 日本で見ることの出来ない地平線までが見えた。
 初号機の第一装甲板は焼けただれていた。
 もう、何もかもが消え去った。
 みんな、ミサトさんも、アスカも、ケンスケも、父さんも。
 なんで僕だけ生き残ったのだろう?
 僕だけ・・・・・・。
 「碇君。」
 シンジはレイの声に気が付く。
 僕だけじゃなかった、綾波もいる。
 それだけがシンジの唯一の希望だった。
 「碇君、アダムは倒しておいたわ。」
 レイのプログナイフには液体がこびりついている。
 「え?いつやったの?」
 「碇君が気絶している間。」
 シンジは慌てて時計を見る。12:42分だった。
 「僕、気絶してたんだ。」
 「そう。」
 レイはプログナイフをしまう。
 乾いた死の世界。そこに立つ巨大な人間が二人。
 全ての人があっという間に死んだ。自分の大切な人たちも。
 シンジはこの悲しみをかみしめたかったが、そういう気持ちじゃあなかった。
 
 砂漠と化したここで、二人の思いは膨れあがる。
 二人だけが残されたこの世界。
 お互いにお互いを思い合う。

 その時、上空から降下してくるものがあった。
 シンジはそれに気付く。
 「綾波、あぶない。」
 使徒は手刀を零号機に向ける。
 初号機は走る、零号機に向かって、レイに向かって。
 シンジはレイをはね飛ばす。
 「きゃ。」
 零号機はふっとび、地面に倒れる。
 「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。」
 レイは立ちなおし、初号機と使徒を見つめる。
 使徒の手刀は初号機の胸部に突きささっていた。
 レイの目は恐怖に満ちている。
 「いやぁぁぁ。」
 零号機のプログナイフは使徒に突きささる。
 コアの閃光は辺りに広がり、一瞬にして大爆発が起きる。
 砂埃が舞う中、初号機はエントリープラグを強制射出した。
 それは半分に折れ、LCLがもれだしていた。
 零号機もエントリープラグを射出する。

 「シンジ君。」
 乾いた空気のなか、初号機のエントリープラグに近付くレイ。
 シンジの体は下半身から下がなかった。
 「レイ・・・・・・・・・・告白して・・・・・・・・くれたよね・・・・・・・・・・・・・・・・
  屋上で・・・・・・あの時・・・・・・・・・・・・うれしかった・・・・・・・・・・・・・。」
 レイの瞳は涙でいっぱいだった。
 「記憶が・・・・・・・・・・戻っていたのね。」
 レイは涙で顔がぐちゃぐちゃになっていた。
 「お願い、シンジ君死なないで、また悲しい思いさせないで。
  私だけ一人にしないで、お願い、お願い。」
 「レイ・・・・・・・・・・・・・す・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
 シンジは口を開けたまま動かなくなった。
 レイのプラグスーツにシンジの血がべっとりとまとわりついている。
 シンジの瞳をゆっくりと閉じるレイ。
 その時、上空をかなり多数の大型飛行機が旋回していた。
 レイはそれが、たくさんの固まりを投下したのに気付いていない。
 ヒューという音をたてて近付いてくる。

 「シンジ君・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
 ヒューー

 「遊園地の時に私が黙って帰ったでしょ、あの時すごく恐かったの。
  またあなたを好きになることがとても恐かったの。」
 ヒューーー


 「あなたが何度も何度も自分を傷つけ、自殺をしようとしているのを
  みるのが堪えられなかった。」
 ヒュゥゥーーー

 「だから、冷たい女でいようと思っていた。」
 ヒュゥゥゥゥーーー

 「でも、出来なかったの、どんどんあなたを好きになっていく自分に
  気が付いていた。」
 ヒュゥゥゥィィィィーーーー

 「忘れよう、あなたのこと忘れようと思っていた。」
 ヒュゥゥゥゥィィィィィィーーー

 「でも、出来なかったの。あなたが前の、記憶を消す前のあなたと
  ほとんど変わらないから。」
 ヒュゥゥゥィィィィィィィィーーーーー

 「私、愛というものから逃げていた。」
 ヒュゥゥゥゥゥグンゥゥゥゥゥィィィィーーーー

 「いつも色々なことについて考えていたのに。」
 ヒュウゥゥゥゥゥゥゥグンゥゥゥィィィィーーーーーー

 「死について、生について、自分について、その他色々な物体についても。
  でも、愛については何も考えなかった。」
 ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥグンゥゥゥィィィィィーーーーーー

 「その時にわからなかったわけじゃない。」
 ギュゥゥゥゥィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーー

 「あなたを愛していると認めるのが恐かった。だから愛について
  考えたくなかった。」
 ギュワンゥゥゥゥゥゥィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ

 「でも、今は言える。」
 レイの涙はシンジの瞳に落ちる。
 地面に落下した数十個のそれは、閃光と高熱を発する。

 シンジ、レイの体はその光に包まれる。
 ゆっくりと体が持ち上がる。
 シンジ、レイの顔は焼けただれ、とけて行く。
 体はゆっくりと崩れる。
 二人の血は沸騰し始める。
 最後にはレイの脳だけがのこる。
 「愛、それは甘くて、つらいもの。」
 やがてレイの脳もとけていった。

 荒野には全てのものがなくなった。

− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −

 翌日

 「キール様、64個のNN爆雷昨日投下完了しました。」
 「そうか。」
 「我々が投下したときに、まだ生命反応がありましたが。」
 「かまわん、そのためのNN爆雷だ。」
 「はっ、わかりました。」
 「ところで、この事実を知っているものは?」
 「はっ、全て抹殺しました。」
 「嘘をつくな!」
 「は?私は嘘は申しておりません。」
 「おまえが知っているだろ。」
 その男の額に穴があく。
 キールは銃を棚のなかにしまい、新聞を男のうえにかける。
 「醜い。」
 そう言い残し、キールは部屋を後にする、
 そのかけられた新聞には、『東京でサードインパクト』と書かれていた。

 

 

<終わり>




 

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