縄文の森・白神1 白神2 白神3
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 縄文の渓を彩るダイモンジソウ。山釣りのフィナーレを飾るこの花に、何故かいつも心惹かれる。小さい花だが、純白の花を連ね「俺たちは小さな巨人だ」と言わんばかりに「大」の字に咲いている。清冽な飛沫を一杯に浴びて咲くダイモンジソウは、秋の沢を彩る代表的な花だ。
 虫食い状の斑紋をもつ縄文岩魚。餌が不足しているのだろうか、頭が大きく全体的に痩せている。釣れた時は、真っ黒にサビついたような体色をしていたが、しばらくすると本来の綺麗な体色に戻った。体全体が橙色に染まった独特の岩魚だ。
 苔とダイモンジソウに彩られた岩の間を聖なる水が落走している。ブナ、カツラ、サワグルミ・・・の巨木、林床には、シダ類が斜面を覆い尽くしている。早春には、熊と遭遇したり、残雪に熊の足跡を発見したり、対岸で芽吹いた木の芽をついばむ熊の姿を目撃したり・・・ここは、白神マタギたちの貴重な狩場でもある。
 今晩のオカズに1人2尾を目標に中村会長が岩魚を釣る。背後で岩魚釣りを楽しく見ている人、釣った岩魚を網袋に入れて生かしたまま登る人、デジカメのシャッターをただ夢中で押し続ける人・・・縄文の森と渓では、例え竿を出さなくとも、満足度は100%だ。
 見上げれば、巨木たちの深緑が眩いばかりの輝きを放っていた。縄文の森は、木と木の空間が広く、太さもバラバラである。一見雑然とした森に見えるが、このランダムな空間こそ自然が造り出した美とも言える。
 ポイントは小さいが、入れ食いで釣れてくる。北海道静内川水系シュンベツ川の渓魚と遊んだ記憶が残っていただけに、サイズや魚体に不満があった。厳しい源流に生息する縄文岩魚は、頭が大きい割りに体は痩せている。渓のキャパシティが小さいから、これも当然のことだが・・・ 沢沿いに咲いていたシドケ(モミジガサ)の花。
 緑が連なる森に、一瞬、光が射し込み、神秘的な輝きを放った。残念ながら、こうした森は源流にしか残されていない。だからこそ、岩魚と同じく、山釣りも源流をめざすのだ。  ここから、沢は、まるで急な階段を登るようにきつくなり、高度がグングン増してくる。苔生した岩盤を白い瀑布が流れる様は、渓師たちの汚れた心をすっかり洗い流してくれる。
 聖なる飛沫を一杯に浴びて咲くダイモンジソウ。右の写真の流木には、いつもならキノコが生えているはずなのだが・・・。今年は山の幸が不作のようだ。昨年はブナの実が豊作だったが、今年はほとんど実がなかった。山ブドウの木も同じ。山の実は、2年に一度豊作というが、そのとおりだ。熊や猿たちは大丈夫だろうか・・・。
 水は「生命の源流」と言われているが、カメラマンにとっても水は、「風景の源流」と言えるのではないだろうか。いつものことだが、「風景の源流」は四季折々、千変万化し一つとして同じものはない。それだけにいつも新鮮な感動を与えてくれる。この感動を伝えたい・・・そんな衝動に駆られながらシャッターを押し続けた。

 上の写真・・・急斜面の岩穴から「ゴボッ、ゴボッ」と音を立てて噴出す源流水がゴーロの沢に流れ込む下流部をアップで撮影したもの。分厚い苔の上に、白い花を一杯つけたダイモンジソウが群生している。上流側の葉は、飛沫にしっとりと濡れ、その下を冷たい清冽な水が贅沢に流れ下っていく。水と花のある風景は、誰もが心和む風景だ。
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