回転 ★★★
(The Innocents)

1961 UK
監督:ジャック・クレイトン
出演:デボラ・カー、マイケル・レッドグレイブ、パメラ・フランクリン


<一口プロット解説>
デボラ・カーは、2人の子供達の家政婦としてある広大な屋敷に赴くが不可解な現象が起こり始める。
<雷小僧のコメント>
基本的に臆病者の私目は、ホラームービーが好きではないのですね。第一ホラームービーを見て心臓が止まってしまったなんていうことにでもなったら孫子の代まで語りつがれることは間違いないでしょう。この「回転」という映画もヘンリー・ジェームズの「ねじの回転」をベースにしたホラームービーなのですが、白黒の画面が実に美しい映画です。実を言えばこういう映画の方が、流血の嵐といったようなスプラッターホラー映画より、より雰囲気的に怖さがあるような気がします。そういう意味においても、ロバート・ワイズの知る人ぞ知る「たたり」(1963)を是非見てみたいのですが、孫子の代までの語り草にはなりたくなくてまだ見ていません。そういえば、最近これのリメイクが出たようで、ちらと写真を見たのですがそれだけでああこのリメイクは駄目だろうなという気がしました。何故ならSFX的な処理というのは、想像力を特に要するホラーには全く向かないであろうことが容易に推察出来るからです。要するにリアルに全てを見せるという概念が、想像力を要するこうした映画に本当にマッチするか考えてみるべきではないでしょうか。ホラー映画ではないのですが「ポケットモンスター」がアメリカで公開された折りに、プロの批評家達は絵が荒すぎて全然駄目だという評価を下したらしいですが、子供の反応はそうではなかったという話がありました。子供達は素直だから直感的に知っているのですね(ませたガキも多いでしょうが)、何が想像力を刺激するかを。それは、絵の完璧さ完全さによるのではなく、自分の好きな何かであるとか望みであるとかそういうものが投射出来るようなスキがなければいけないのだと思います。完璧なものというのはそれだけで完結してしまうので、それを見る人は受動的にそれを受取る以外になく、創造的で能動的な働きかけが出来ないわけです。要するにこれでもかこれでもかと圧倒されてそれでおしまいではどうにもならないということです。この意味において、後で述べるように曖昧性を持ち且つ単なる化け物映画では終っていないこのクレイトンの「回転」は美しく且つ恐いのですね。ただ私見として、亡霊を実際に視覚的に登場させる必要性はなかったような気はしますが。
けれども、この映画のもう1つのポイントとしてただの幽霊映画ではなくて心理劇でもあるという点があります。邪悪な亡霊の力で死んでしまった男の子の口にデボラ・カーがキスをするシーンでこの映画は終わりますが、この最後のシーンによってそれまでの全てのシーンに疑問符がついてくるのですね。何故なら、ひょっとしてそれらは全てデボラ・カーの妄想にすぎなかったのではないかという可能性が出てくるからです。それに対する明確な解答を与えられてはいないのですが、こういう曖昧さが映画全体に微妙な陰影を与えていると言ってもよいと思います。クレイトンは寡作な映画監督なのですが、「回転」の20年後にもディズニーで「何かが道をやってくる」(1983)というホラー映画を製作しています。決してこの映画は悪い映画だとは思いませんが、今一つ怖さが欠けている気がするのですね。それは、恐らく結局こちらの映画は最後までモンスター(化け物)映画に終始してしまっている点にあり、結局勧善懲悪的なラストで終ってしまっているのですね。聞くところによると、後者ではディズニーの意向が大きく反映されていて、本当はクレイトンはもう少し別の映画にしたかったようです。また、どうもホラーは白黒の方がいいような気もします。それから、主演のデボラ・カーはこの時既に40才だったはずですがお美しいですね。この頃のカラー映画でよりもより一段と美しく見えます。これも又、白黒映画の方が手前の趣味を勝手に投射し易いということなんでしょうかね?最後に付け加えますと、この映画は屋敷に住む子供達のうちの一人を演じたパメラ・フランクリンのデビュー作でもあります。

1999/04/10 by 雷小僧
ホーム:http://www.asahi-net.or.jp/~hj7h-tkhs/jap_actress.htm
メール::hj7h-tkhs@asahi-net.or.jp