I'm All Right Jack ★★★

1959 UK
監督:ジョン・ボールティング
出演:イアン・カーマイケル、ピーター・セラーズ、テリー・トーマス、リチャード・アテンボロ

左:ピーター・セラーズ、右:イアン・カーマイケル

The Man in the White Suit」(1951)というイギリスはイーリング・スタジオ産の作品を同時に取り上げましたが、イーリング・スタジオ産ではないものの、もう1本イギリス色丸出しの皮肉っぽい作品を取り上げてみました。それがこの作品です。脇役として登場するピーター・セラーズと脚本が英国アカデミー賞を受賞しており、日本未公開であるといえ英国内ではかなり評価されている作品のようです。この作品の何が変わっているかというと、資本家と労働組合の関係を出汁にしたコメディが繰り広げられるところです。いわば階級意識そのものが茶化しのターゲットとされていると言ってもよく、茶化されているのは何も資本家の方ばかりではなく、労働組合や労働者も同様なのです。たとえば、ピーター・セラーズが演じている労働組合のボスは、極めて杓子定規な人物として描かれており、チョビ髭をはやしチャップリンのヒトラーのような出立ちで工場内を巡回して廻る様子がこの作品の何たるかを雄弁に物語っています。また労使の関係とは、表面上は対立しているように見えながら、見せかけの対立がもたらす状況を巧みに利用して双方うまい汁を吸おうとしている点において実は結託しているところのある複雑な関係であることが、皮肉たっぷりに描かれています。たとえば、効率が悪いことを理由にできの悪い労働者をクビにすればストライキを起こすと労働組合が示唆すれば、雇用者側は労働者の効率の悪さを賃金ベースアップ据置きの理由にし、また賃金ベースアップが据置かれていることを理由に労働者は真面目に働かないことの正当化を行うという具合にです。そのような複雑な労使関係を、より一層ヒートアップさせ際立たせるのが、労使間の捨て駒となるオックスフォード大学出身で現実感覚の希薄なおぼっちゃん(イアン・カーマイケル)なのです。労使関係のパロディが映画のテーマとして成立するのも階級意識が強く残るイギリスならではのことであり、アメリカであればまずこのような作品は製作されないであろうし、ましてやどのような部門であれアカデミー賞を受賞するなど考えられないでしょう。確かに、「波止場」(1954)や「ノーマ・レイ」(1979)のように労働組合が題材として扱われ、且つオスカーの対象となったアメリカ映画はありますが、前者に関しては労働組合そのものがメインテーマではなく、また確かに労働組合に焦点が置かれている点においてはアメリカ映画の中では希有の存在であると見なせる後者に関しても、労使関係がパロディとして料理されているわけではありません。そもそも、斜に構えたパロディが成立するには、それ以前にパロディの対象とされるマジな作品が既に存在しなければならないのであり、その意味では「波止場」も「ノーマ・レイ」もともに極めて健康的でマジな作品なのです。この点は日本も同様であり、労使関係に関する微妙な皮肉が込められているこの作品が国内で再評価され発売されるのは全くの望み薄であるかもしれません。ところで、この作品に出演している俳優の中で個人的に最も目を惹いたのは、ちょっと見にジム・キャリーに似ている主演のイアン・カーマイケルでもなければ、当作品でメジャースターの仲間入りをするピーター・セラーズでもなく、アイリーン・ハンドルというピーター・セラーズの母親役(※)を演じている女優さんであり、普通ではないタイミングと独特なスピーチパターンを持っています。第一に、イギリスのどこかの地方の発音の特徴なのでしょうが(イギリス映画でしばしば出くわします)、たとえば「a」を「アイ」と発音し、「ニューズパイパー(newspaper)」、「ナイム(name)」のように発音するので独特な調子があります。しかし単純なアクセントや発音以上に、アイリーン・ハンドルという女優さんの持つタイミングとスピーチ・パターンは独特であり、これについては文章では説明不能なので、彼女のパフォーマンスがわずかながらも見られる国内で購入できる作品を1つ挙げておきましょう。それは「ミニミニ大作戦」(1969)であり、そこで彼女は、太った女性に目がないドクター・ピーチの母親ミセス・ピーチを演じています。短いながらも彼女独特のスピーチパターンとタイミングが伺えるはずです。その他には、ビリー・ワイルダーの「シャーロック・ホームズの冒険」(1970)のミス・ハドソン(ホームズとワトソンが住む下宿屋のおかみ)役が挙げられます。ということで、「I'm All Right Jack」は、国内発売は当分望み薄かもしれませんが、海外ではDVDも発売されており、ピーター・セラーズの初期の作品の1つであるという点だけを取り上げても購入する価値があるかもしれません。

※ピーター・セラーズは彼女を「mother」と呼んでおり、これは実際の(生物学的な)母親のことを指すものと思われますが、ひょっとして奥さんである可能性もあります。セラーズには娘がいるという設定なので、日本的に考えれば旦那が自分の奥さんのことを子供の立場から見て「mother」と呼ぶことは不思議ではないからです。とはいえ、IMDbによればアイリーン・ハンドルは1902年生まれであり、1925年生まれのピーター・セラーズの奥さん役であるとは考えにくいところがあります。


2004/04/03 by 雷小僧
(2009/01/22 revised by Hiroshi Iruma)
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