成功の甘き香り ★★★
(Sweet Smell of Success)

1957 US
監督:アレクサンダー・マッケンドリック
出演:バート・ランカスター、トニー・カーティス、スーザン・ハリスン、バーバラ・ニコルス

左:バート・ランカスター、右:トニー・カーティス

この作品には不思議なところがあり、扱われている内容は実にエゲツないにも関わらず、何度見ようが陰惨な気分にさせられることがありません。世間に絶大な影響力を誇る主人公のコラムニスト、J.J.ハンセカー(バート・ランカスター、以下作品中でそう呼ばれているのでJJと記します)が、自らの持つパワーをあますところなく利用し尽くし、卑屈な太鼓持ち(トニー・カーティス)が、揉み手をしながら人非人のようなこの怪物JJに擦り寄る様は、人間存在の底辺をこれでもかと見せつけられるような感すらあります。しかしながら、この作品は、そのような赤裸々でエゲツない描写に充ち溢れていながらも、JJの妹が怪物のような兄のもとを去っていくラストシーンを除けば、敢えて抹香臭いモラルアスペクトを持ち込もうとしないのです。それ故、この作品の中では、一種のモラル上のモラトリアムが形成されている感があり、その事実は、内容のエゲツなさに反比例した奇妙な潔さを醸成するのに一役買っているようにも見えます。90年代の傑作映画の1つに「摩天楼を夢みて」(1992)という作品がありますが、その意味において「成功の甘き香り」はこの作品に非常によく似たところがあり、前者のファンは必ずや後者を堪能できるであろうこと請け合いです。しかしそれにしても、トニー・カーティス演ずる太鼓持ちの卑屈さは半端ではありません。いつもの彼のイメージに捉われていると、とても信じられない程です。何しろ、JJの妹のボーイ・フレンドをスキャンダルで失墜させる為に(JJは妹のボーイフレンドが気に入らないので、トニー・カーティス演ずる手下に何とか彼を始末するよう暗にプレッシャーをかけます)、自分のガールフレンド(バーバラ・ニコルズ)と引換えにJJのライバルコラムニストにスキャンダル記事を書かせるのです。何故ならば、彼とJJがつるんでいることは世の中の周知の事実なので、自分がスキャンダル記事を書けば兄のJJがそれに関与していることを妹にたちどころに知られてしまうことは避けられず、そうなればJJの非難の矛先が自分に対して向けられ、JJの不興を買うことが必至であることを知っているからです。何ともややこしい!まさに、「いくらなんでもそこまでするか」という印象があります。また、JJがたばこを口にくわえると、彼が電光石火の早業でライターに火をつける様は、最早芸術的領域に入ったと見なせる程に卑屈さが際立っています。文学の世界で云えばドストエフスキーの「白痴」に登場する下級官吏レーベジェフにも匹敵しそうなレベルの卑屈さですが、それを当時は二枚目のニュースターであると見なされていたトニー・カーティスに演じさせるところがまた凄いところです。瑣末な指摘をしておくと、確かに、トニー・カーティスは60年代に入ると二枚目からコンマ五程シフトして二枚目半になるとはいえ、それを言うならばケーリー・グラントなどもその口であり、イコール格落ちには必ずしもならないのです。いずれにせよ、「成功の甘き香り」での彼は、卑屈さもここまで極まると芸術的とすら言える程のレーベジェフ的人物を演じ、いつもの彼からするとオーディエンスの全くの意表をつくパフォーマンスを見せてくれます。そのようなトニー・カーティスの卑屈さと、この役は彼以外には考えられないように思われるバート・ランカスターの冷酷な傲慢さが、この作品のエッセンスですが、前述の通り、それにもかかわらずどろどろした陰惨さが全体的に全く感じられず、逆に実に透明にすら思われるところがこの作品の素晴らしい点なのです。また撮影と音楽も実にプロフェッショナルであり、ビューティフルな夜のニューヨークの風景が名手エルマー・バーンスタインのジャズ調音楽に乗って映し出される様は、スタイリッシュとも言える程に見事です。監督のアレクサンダー・マッケンドリックはスコットランド人であり、有名なイーリング・スタジオ産「マダムと泥棒」(1955)などのブラックコメディを得意としていますが、「成功の甘き香り」ではそれとは全く違った趣向の作品でも力量があるところを見せ付けてくれます。最後に一つ付加しておくと、この映画を見ていつも疑問に思うことが、この当時あちらでは新聞のコラムニストはそんなに絶大なパワーを本当に持っていたのかという点です。「イヴの総て」(1950)のジョージ・サンダース演ずるコラムニストなどもそうですが、これでは大統領よりも偉いのではないかとすら思えます。


2001/11/23 by 雷小僧
(2008/10/10 revised by Hiroshi Iruma)
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