おかしなおかしなおかしな世界 ★★☆
(It's a Mad Mad Mad Mad World)

1963 US
監督:スタンリー・クレイマー
出演:スペンサー・トレイシー、ミルトン・バール、シド・シーザー、イーディ・アダムス

左から:イーディ・アダムス、シド・シーザー、ジョナサン・ウインタース、エセル・マーマン、
ミルトン・バール、ミッキー・ルーニー、バディ・ハケット

「おかしなおかしなおかしな世界」は、先年亡くなったスタンリー・クレイマーの作品としては珍しくコメディであり(他には「サンタ・ビットリアの秘密」(1969)がコメディ調であるとはいえ、純然たるコメディではありません)、ひょっとするとクレイマーのことなので高尚なコメディでも展開してくれるのかと思いきや、3時間という長時間に渡り、あますところなくスラップスティックなフィジカルギャグが詰め込まれていて、予想をものの見事に裏切ってくれます。3時間という長大なコメディながら(或いはそれ故に)展開は極めてシンプルであり、公道上を疾走して誰が一番最初にお宝の埋まっている場所に辿り着きそれを掘り出せるかを巡ってのドタバタラリーが延々と繰り広げられます。フィジカルなギャグが中心であり、ストーリーらしきものはほとんどありません。誰がと云っても実はグループという方が正しく、最初はイーディ・アダムス+シド・シーザー、ミルトン・バール+ドロシー・プロヴァイン+エセル・マーマン、ミッキー・ルーニー+バディ・ハケット及びジョナサン・ウインタース一人の4組によって宝探しレースが繰り広げられ、やがてテリー−トーマス、フィル・シルバース、ディック・ショーンなどのこれ以上ないほど奇妙な連中が途中で加わります。また、スペンサー・トレイシーが、この4組の強欲なトレジャーシーカーを追う警察署長を演じて、プロットに大きな捻りが加えられています。彼は、最後にプロット上のサプライズ機能を果たしますが、ネタをばらすことになるので詳細は述べません。他にもバスター・キートン、ジェリー・ルイス、ジャック・ベニー、カール・ライナー、ドン・ノッツなどのコメディアンが多数カメオ出演しており、いわば当時のコメディタレントを総動員したWho's who?的な作品に仕立てられています。けれども、この作品の最大の意義は、何組かのカップルが何らかの乗り物に乗って互いに邪魔をしたり牽制したりし合いながら一番を争うプロットが展開される一連のオールスターコメディ調ラリー映画の先駆けになった点にあります。たとえば、ケン・アナキンの「素晴らしきヒコーキ野郎」(1965)と「モンテカルロ・ラリー」(1969)、ブレーク・エドワーズの「グレート・レース」(1965)、更には80年代の「キャノンボール」シリーズなどがそのような作品として挙げられます。このタイプの映画の難しさは、いくつかの個々のグループに焦点を分散しながらも、全体的なストーリーをうまくまとめなければならない点にあり、どちらか一方でも欠けると、しまりのない作品に堕してしまう可能性が極めて高い点にあります。前述したブレーク・エドワーズの「グレート・レース」などは、ジャック・レモンとトニー・カーティスに焦点が置かれ過ぎ、全体が見失われがちな展開になっているという点で相当危うい作品であるように見えます。「おかしなおかしなおかしな世界」の場合にも、個々のグループに関してはコメディの達人が揃っていることもあり心配は不要ながらも、そのことはむしろ、エゴの肥大化したコメディアン達の個々バラバラなパフォーマンスばかりが際立ち、全体としては焦点の定まらない作品に終わる可能性が極めて高いことをも意味します。そうならない為に必要になるのは、一般的には監督の統率力ということになりますが、「おかしなおかしなおかしな世界」では監督以外にも結果的に全体を統率する役割を果たしている人物がいます。それが、スペンサー・トレイシーです。彼のような基本的には純粋なコメディアンではないビッグスターが、役回りとして全体を仕切る位置に配置されることによって、作品全体が木っ端微塵に個々のパートに分散することから免れているのです。殊に、個々のパートがスラップスティックギャグに溢れかえり、次から次へと有名コメディアンがカメオで登場することに加え、3時間というコメディとしては異常に長い上映時間を考えると、それでも成立しているこの作品はコメディのヴィルトゥオーソとでも呼ぶべき名人芸であり、さすがにそれには監督の力量のみではなく、キャスティングのバランスの良さも大きく左右します。たとえば、ドリフターズのドタバタをいくらなんでも3時間も見せられれば、途中で「いい加減にせい!」と言いたくなるのが普通であると考えられますが、内容的にはかなりそれに近い「おかしなおかしなおかしな世界」が、それなりに楽しんで最後まで見続けられるのは、やはり監督のスタンリー・クレイマーと主演のスペンサー・トレイシーの力に負う所が大きいと見なさざるを得ません。些細な点ですが、アーネスト・ゴールドの音楽に乗ってタイトルバックに流されるアニメーションが実に楽しいですね。この頃のコメディ系の作品には、お遊びとしてタイトルバックにアニメーションが流されるケースが多々ありました。このような趣向は、最近ではほとんど見かけなくなり、そういうこともあってか最近のコメディには遊び心やゆとりが感じられることがあまりありません。勿論、冒頭にアニメーションを挿入すれば必ずやゆとりが感じられるはずだと主張したいわけではなく、そのようなところからも製作者の姿勢が窺われると示唆したいだけです。ということで、コメディスターがずらりと並んだこの作品の中で、個人的な一番のお気に入りは、ミッキー・ルーニーとバディ・ハケットの乗った飛行機を必死に着陸させようとして管制塔からずり落ちるポール・フォードであることを最後に付け加えておきましょう。


2002/01/27 by 雷小僧
(2008/10/21 revised by Hiroshi Iruma)
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