青い目の蝶々さん ★☆☆
(My Geisha)

1962 US
監督:ジャック・カーディフ
出演:シャーリー・マクレーン、イブ・モンタン、エドワード・G・ロビンソン、ロバート・カミングス

左:シャーリー・マクレーン、右:エドワード・G・ロビンソン

正直云えば、ストーリー面ではかなり散漫な印象を受けます。イブ・モンタン演ずる映画監督が、自分の嫁さん(シャーリー・マクレーン)が芸者を装って自分の監督作に出演していることに全く気が付かないなどという前提はコメディでのみ許されるものであり、実際「青い目の蝶々さん」の大半はコメディであり、スラップスティックに近いシーンすらあります。それにも関わらず、最後の10分間くらいは恐ろしくメロドラマチックな展開に変貌します。ストーリー展開に関してこのような180度の大転換が存在する為、ギアの急激な切り替えがオーディエンスに要求される難点がこの作品にはあります。しかしながら、「青い目の蝶々さん」の最も興味深い点は、ほとんど全篇日本が舞台であることです。殊に、監督が名カメラマンであったジャック・カーディフなので、日本という国がどのようにカメラに収められているかが大いに気になるところです。その点に関しては是非とも自分の目で確認して頂きたいところですが、舞台が日本であるということで、前述したようにシャーリー・マクレーンが芸者を、というよりも芸者を演ずるアメリカの女優さんを演じています。彼女は東洋的に平板な顔付きをしていることもあってか、たとえば「八十日間世界一周」(1956)ではインド人を演じたり、「泥棒貴族」(1966)では中国人を演じたりしており、「青い目の蝶々さん」で日本人芸者を演ずるアメリカ女優を演じても大きな違和感はありません。とはいえ、「青い目の蝶々さん」では、イブ・モンタン演ずる映画監督が真の主人公であり、よくよくこの作品を見ていると、自らのアイデンティティに関する後者の葛藤がストーリーの焦点に置かれていることに気付きます。すなわち、イブ・モンタン演ずる映画監督は、今まで大スターの嫁さんが主演していない映画は一度も撮ったことがなく、今回は彼女抜きで映画を撮り、彼が撮った映画が常に大成功を収める理由は必ずしも大スターである自分の嫁さんのおかげのみではないことを証明しなければならないという点がストーリーの大きなポイントなのです。そのように考えると、この作品は、マテリアル的にコメディ向きではなく、シリアスドラマ向きであったことに思い当たります。それにも関わらずコメディ的なハンドリングが矢鱈に目につくため、中途半端な印象を受けざるを得ないのです。要するに、イブ・モンタン演ずる映画監督は、日本を舞台にして自己証明を行っていることになり、これはジョゼフ・コンラッド原作の映画「ロード・ジム」(1965)の中で、ピーター・オトゥール演ずるジムが東南アジアを舞台として自分の過去の忌まわしい思い出を消去する為に自己証明を必死になって行おうとする有り様に似ています。エドワード・サイードに言わせれば、コンラッドの「ロード・ジム」はオリエンタリズムが最も色濃く反映された作品の1つですが、なぜそのように見なされるかというと、東洋を舞台として自己のアイデンティティを確立しようとする彼の行為は、自分の過去には全く関係がないはずの東洋を自分の目的の為に都合よく利用する意志を示すものではあっても、西洋とは異なる世界である東洋を真に理解した上で、それを通じて異なる自己を発見しようとする意思を示しているわけではないからです。それと同様なことが、イブ・モンタン演ずる映画監督にも当て嵌まります。すなわち、彼は日本という東洋の異国へやってきて是が非でも自己証明を成し遂げなければならないのであり、皮肉なことに自分が起用した主演女優の目が青く、彼女が自分の嫁さんであることに気が付いた瞬間、彼の立てた図式が音をたてて崩れ去ってしまうのです。勿論、自分が起用した主演女優が実は大スターである自分の嫁さんだったというのでは、またぞろ映画の成功は彼女のおかげであることになることもありますが、それと同時に、日本という遠い異国まではるばるやってきたにも関わらず、結局自分の過去からは逃れられなかったことを示唆するからでもあります。つまり、主人公の意図の中には、本質的な意味合いにおいて日本という国は存在していないのです。但し、自己証明という半ば強迫観念化した極めて西欧的な考え方から最後の最後まで逃れられずにそれが運命であるかのごとく死んで行くロード・ジムの場合とは異なり、「青い目の蝶々さん」では、最後は自己証明という観念から決別を果たし、必ずしもそれが最も重要なことではないことに主人公自身が気付いて大団円を迎える点は、少なくとも東洋に住むオーディエンスからすればほっとするところでしょう。


2005/01/23 by 雷小僧
(2008/10/18 revised by Hiroshi Iruma)
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