月世界探検 ★☆☆
(First Men in the Moon)

1964 UK
監督:ネイサン・ジュラン
出演:エドワード・ジャド、ライオネル・ジェフリーズ、マーサ・ハイヤー、ピーター・フィンチ

左:エドワード・ジャド、中:ライオネル・ジェフリーズ、右:マーサ・ハイヤー

この作品は日本劇場未公開ですが、ビデオ、DVD共に国内でも「H.G.ウェルズのSF月世界探検」というタイトルで既に発売されていることもあり、未公開映画コーナーには含めませんでした。基本的に映画のタイトルに「・・・の」と付加されているのが個人的に大嫌いであることもあり、このレビューでは烏の勝手で単に「月世界探検」と表記しました。日本劇場公開タイトルに対してそのような暴挙に及ぶことはありませんが、そうではないので許して下さい。今回この作品を取り挙げた理由は、最近新たに購入したDVDバージョンに特典として含まれていた、特殊効果の魔術師レイ・ハリーハウゼンに関してまとめられた、本人へのインタビューも含めたドキュメンタリーが興味深く、彼の考え方にインスパイアされたところがあるからです。尚、購入したのは海外バージョンなので、国内販売のプロダクトにこの特典が含まれているか否かは未確認です。レイ・ハリーハウゼンの特殊効果のベストは「アルゴ探検隊の大冒険」(1963)に見出だせるとはいえ、そのような次第で、ここでもう一度彼の特殊効果について振り返ってみたいと思います。まず最初に指摘すべきは、現在のオーディエンスの目からすれば、レイ・ハリーハウゼンの特殊効果は、あまりにも不自然に見えるのが普通であろうことです。というよりも、製作当時ですらも、相当不自然に見えたであろうことは明白であり、勿論それは多関節モデルを利用した彼のテクニックの必然的な結果であるとも考えられます。しかしながら重要なことは、なぜオーディエンスに不自然な印象を与えるような特殊効果が、それにも関わらず彼を現在に至るまでかくも偉大な存在たらしめているかを理解することです。ずばりその回答の1つは、いみじくも彼が特典の冒頭で述べているように、特殊効果を導入するに当たって彼が常に念頭に置いていたのは、いかにオーディエンスの想像力を飛翔させるかであり、いかにリアルに見せるかでは必ずしもなかったという点にあります。現代の映画製作者がすべからく忘れているのは、まさにこの点ではないかと思われます。現代の映画では、架空のストーリーであってもいかにリアルな映像が見せられるかに専ら重点が置かれ、架空のストーリーとは、オーディエンスの想像力を膨らませる1つの材料に過ぎない点が忘れられがちであるように思われます。これに対し、架空のストーリーとオーディエンスの想像力との間の効果的な接点として機能しているのが、不自然ともいえるレイ・ハリーハウゼンの特殊効果です。「アルゴ探検隊の大冒険」などを見ていると、彼の特殊効果は、ビジュアル的には極めて不自然とはいえ、実はそのビジュアル的に不自然な特殊効果が、触覚的或いは聴覚的な効果をも生み出しているということに思い当たります。たとえば、いかにもギクシャクした動きをするタロス、すべらか且つウニョウニョした動きが気色の悪いヒドラ、或いはポキポキと音をたてそうな骸骨などです。映画というメディアでは、その性質上視覚効果がメインに追い求められるのはやむをえないところですが、ビジュアルな手段によってビジュアルな効果を得るのみでなく、それによってビジュアル以外の効果をも演出すること、これこそがオーディエンスの想像力の飛翔を強力にサポートする隠し味となるのです。この点においてレイ・ハリーハウゼンの特殊効果は恐ろしい程に有効に機能しており、彼の特殊効果によってビジュアルな手段による五感のオーケストレーションという荒業がまさに奇跡的に成就されている点が、彼をしてかくも偉大な存在たらしめているのです。「インプットとしてはビジュアルでありながら、それによって五感のオーケストレーションを効果的に達成し、それを通じてオーディエンスの想像力を飛翔させる」こと、これこそが彼が映画というメディアにもたらした最大の貢献なのです。現代の映画がともすると「ビジュアルな手段によるビジュアルな効果の突出(尚、現在の映画における音響効果とは実は聴覚効果であるというよりも、視覚効果の延長ではないかと考えられますが、それについてはここでは述べません)」になりがちであることを考えると、レイ・ハリーハウゼンの特殊効果が不自然であるにも関わらずなぜ成立し得たかを考え直すことは決して無駄ではないはずです。ということで肝心の「月世界探検」に関して何も言及しませんでしたので、若干付け加えておきましょう。同じくH.G.ウェルズが原作の作品「タイム・マシン」(1960)が「現在−未来」という時間軸に沿ったSF冒険物語であったのに対し、「月世界探検」は「地球−月」という空間軸に沿ったSF冒険物語です。「月世界探検」にも、「タイム・マシン」に見られた全体主義的な管理社会に対する批判が若干見受けられるとはいえ、「タイム・マシン」程には明瞭ではありません。ハリーハウゼンの特殊効果に関しては、「月世界探検」では、あまり効果的に活かされているとは言えないかもしれません。それから、ピーター・フィンチが1シーンだけ出演していますが、少し分かりにくいかもしれません。マーサ・ハイヤー演ずる娘に書類を届けに来る人物が彼です。聞くところによると、本来その役を演ずる予定であった俳優が撮影当日来られなくなり、その時たまたま同じスタジオ内にいた彼が借り出されたとのことですが、それにしても豪華なピンチヒッターです。


2004/04/10 by 雷小僧
(2008/10/25 revised by Hiroshi Iruma)
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