タイム・マシン ★☆☆
(The Time Machine)

1960 US
監督:ジョージ・パル
出演:ロッド・テイラー、イベット・ミミュー、アラン・ヤング、セバスチャン・キャボット

左:イベット・ミミュー、右:ロッド・テイラー

未来を舞台とするSF映画は、どういうわけか常に徹底的な管理社会をテーマとし、批判的で暗い作品と化してしまう傾向があるように思われます。そのルーツは、この「タイム・マシン」あたりにあると見なしても構わないかもしれません。勿論、「タイム・マシン」はたとえばジョージ・オーウェルの原作に基く「1984」(1984)のように完璧な未来の管理社会を描くことがその目的ではなく、ロッド・テイラー演じる主人公のジョージ(原作者H・G・ウエルズその人であると考えられます)がタイムマシンを発明し自ら未来に旅立つ冒険ストーリーが繰り広げられることは確かです。しかし、主人公が最終的に到達する未来世界においては、人類が自ら考える能力を失った存在として描かれている点において、未来が極めてネガティブに扱われていることに変わりはありません。かくして、60年代初頭に公開された「タイム・マシン」は、50年代を通じてホラー映画との境界が曖昧であったSF映画に、それとは全く異なる管理社会批判や戦争批判などの新たな批判的要素を持ち込んだとも見なせるのです。とはいえ、かつて人気があったテレビシリーズ「タイムトンネル」などを思い起こしてみれば分かるように、主人公が未来や過去を旅するストーリーは常にオーディエンスを魅了します。「タイム・マシン」でも、たとえば主人公がタイムマシンに乗って、第一次世界大戦の時代、第二次世界大戦の時代、第三次世界大戦の時代へと、徐々に未来へ向かって旅する一連のシーケンスは実に見ていて楽しいものがあります。主人公が最後に辿り着く遥かなる未来を描いたシーンは、1960年代後半以降無数に製作された管理社会批判未来SFを見飽きた目で見ると、クリーシェであるようにすら見えますが、直前の50年代には、前述したようにホラー映画と識別しにくいSF映画が多く、そうでない場合でも火星人襲来や地球最後の日のような70年代のパニック映画のSF版のような作品がほとんどであったことを考慮すると、公開当時においては、社会批判要素を持つ「タイム・マシン」の出現は逆に新鮮に見えたかもしれません。但し、現在の肥えたオーディエンスの目からすると、ビジュアルは原始的と言わざるを得ないでしょう。未来世界で人類を生け贄にする地底人の出で立ちはどう見ても犬のぬいぐるみのようにしか見えず、おまけに大きな図体をしながら、普通は頭でっかちで腕力がないはずの科学者ただ一人に対して束になってかかっても軽々とひねられるほど弱いのはご愛嬌でしょうか。その代わり、無垢な目をしたイベット・ミミューが実に魅力的なので、許してあげることにしましょう。

※「地球の危機」(1961)のレビューの中で、SF映画としての「タイム・マシン」が持つ新しい側面を別の角度から評しましたので、そちらも是非ご参考下さい。(2008/10/14追記)


2001/04/22 by 雷小僧
(2008/10/14 revised by Hiroshi Iruma)
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