闇に響く声 ★★☆
(King Creole)

1958 US
監督:マイケル・カーティス
出演:エルビス・プレスリー、キャロリン・ジョーンズドロレス・ハート、ウォルター・マッソー

奥:キャロリン・ジョーンズ、左:ウォルター・マッソー、右:エルビス・プレスリー

白状すれば、プレスリーが主演していると聞いただけで、その作品は見る気が失せてしまうというのが正直なところです。勿論、数多くある彼の出演作品を全て見たわけではなく、というよりも彼の出演作品の多くは既に日本でもDVDで販売されており、海外販売のものを含めればかなりの作品が現在では「視聴可能」であるにも関わらず、とても多くを見る気にならず、せいぜい5、6本しか見ていないというのが正直なところであり、断定的に述べるのは危険であるとしても、やはり彼がいくらミュージシャンとしてはスーパースターであったとしても、個人的に見た範囲では俳優としては大きな疑問符が付くと言わざるを得ないでしょう。それは、何も彼一人の責任ではなく、映画製作会社の方針とも大きく関係しているように思われます。つまり、ミュージシャンとしての彼の名声を利用して、いかにも彼のイメージに合いそうなマテリアルを無理矢理でっち上げ、単にそこに彼をはめ込んだだけのような作品が多く、純粋なプレスリーファン向けとしてならば別としても、そうでなければ映画としては極めてお粗末なシロモノが多いと言わざるを得ないのです。その点に関して不幸であったのは、「エルビス・プレスリー」というスーパースターを映画に出演させるならば、主役以外では到底考えられないほどに彼はカリスマ的なビッグネームでありすぎたということです。たとえば、彼と同年代の歌手であり、同じ頃に同様に多くのアメリカ映画に出演していたボビー・ダーリンは、プレスリーほどのネームバリューがなかったこともあってか、映画に出演しても無理矢理でっち上げられたイメージを振りかざして主役で登場することがほとんどなく、私見では、コメディという限られた分野であるとはいえ、映画でも彼独自の味を醸しだすことにある程度成功していました。また、プレスリーは、たとえばドリス・デイのように本格的に俳優に転向することもなく、またフランク・シナトラのように歌手としても俳優としても独自のパーソナリティを披露できるような器用な御仁であったようにも見えず、彼が主演した作品の多くは、どうにもとってつけたような印象が避けられないのです。しかも一作だけであれば、まだ好事家的な関心が呼び覚まされることがあっても、30本以上という専門の俳優が顔負けするほどの数の映画作品に出演しているとあっては、内容的にあまり変わり映えがしない(と思われる)だけに、彼の作品にはあくびかゲップが出ると言わざるを得ないでしょう。確かにカリスマ的な雰囲気を持つ彼のことでもあり、マテリアルすらうまく選択すればそれなりに映画でも成功した可能性は低くはないように思われますが、いかんせんハリウッドのお偉方達は、最大限の金儲けしか頭になかったのではないかと見なさざるを得ません。しかしながら、そのようなプレスリー作品の中にあって、少なくとも個人的に見た中では、ただ一本だけ例外があります。すなわち、マテリアルすらうまく選択すればそれなりにプレスリーが映画でも成功し得た可能性があることを実証する映画が一本だけあります。それが、ここに取り上げる「闇に響く声」です。確かに、この作品の中でも、プレスリーが歌うシーンは多く、彼の歌手としての資本が最大限に活かされていることには間違いがありません。とはいえこの作品の場合には、決して彼の歌をこれ見よ(聞け?)がしに聞かせる為にストーリーがでっち上げられているような強引さが全くなく、ストーリー展開の中にものの見事に彼の歌がはめ込まれている印象を受けます。そもそも、監督しているのは、「カサブランカ」(1943)を始めとする数々の名作を手がけている超ベテランのマイケル・カーティスであり、プレスリー映画を何本も監督しているノーマン・タウログのような軽い監督ではないのです。また「闇に響く声」は白黒映画であることも特筆すべきでしょう。確かに、当作品が製作された1958年当時は、スタジオシステムの崩壊の影響などもあって、予算の都合上白黒映画が増えていた時期であったとしても、やはりプレスリーの派手なイメージを活かしたいのであれば、この作品以後のプレスリー映画の全て?がそうであったように、カラーで撮影すべきであったはずです。しかし、そうならなかったのは、「闇に響く声」が単にプレスリーの名声だけにおんぶにだっこした作品ではなかったことを示しているとも考えます。実際、他のプレスリー作品とは異なり、「闇に響く声」は、ストーリーがいい加減に扱われることが決してなく、またプレスリー演ずる主人公以外に登場するキャラクターにも各人各様のパーソナリティが肌理細かく付与されており、あたかもステージに立った歌手としてのプレスリーにスポットライトを浴びせるかのごとく、彼だけに焦点が当てられることが決してありません。その点では、さすがにマイケル・カーティスが監督しているだけのことはあると言ってよいかもしれません。特に、悪漢を演じているウォルター・マッソー、その愛人を演じているキャロリン・ジョーンズ、プレスリー演ずる主人公の父親を演じているディーン・ジャガーには、さすがという他はありません。また、そのようなポピュラーな俳優達ばかりではなく、ウォルター・マッソーのライバル経営者や、プレスリーの姉(妹?)を演じている俳優も実に素晴らしい。それに加えて、チンピラを演じているビック・モローや、プレスリーの恋人を演じているドロレス・ハートも、まだ若いながら将来性を感じさせるパフォーマンスを見せてくれます。かくして、「闇に響く声」は決してプレスリーファンだけの為のプレスリー映画に堕することなく、むしろ多数の独自の登場人物の中の一人がたまたま彼であるという印象すら受けます。とはいえ、勿論前述の通り、彼が歌うシーンも少なくはなく、決して彼のカリスマ性が逆に全く消去されているような次第にも至っていません。従って、この作品を見ていると、プレスリーの魅力を映画メディアの中でも最大限に活かそうとするならば、まさにこのような作品を製作すべきであったとすら、ふと気付かされるのです。もう1つ付け加えておくと、ニューオーリンズに舞台が置かれている点は、大きなプラスであり、他のプレスリー作品には全く見られない独特な雰囲気が背景からも伝わってきます。ということで、「闇に響く声」は、スーパースターのプレスリーが主演した映画作品の中で現在のところ唯一、5つ星換算で4つ星(★★★★☆)が付けられる優れた作品として推奨できます。


2009/01/05 by Hiroshi Iruma
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