媚薬 ★★☆
(Bell, Book and Candle)

1958 US
監督:リチャード・クワイン
出演:ジェームズ・スチュワート、キム・ノバク、ジャック・レモン、エルザ・ランチェスター

左:エルザ・ランチェスター、中:ジャック・レモン、右:キム・ノバク

好きな映画監督を5人挙げよと問われれば、個人的には迷わずリチャード・クワインをその一人として挙げるでしょう。などと堂々と宣言すると、暑さで頭がいかれたのではないかと思う人も大勢いるものと考えられるので、とりあえず弁解しておきましょう。なぜリチャード・クワインをそこまで評価するかというと、彼の作品には常に遊び心があり、オーディエンスを楽しませようとする意図が明白に見てとれるからです。作品の多くはコメディであり、この事実は、オーディエンスを楽しませるジャンルとしてはコメディが最も適当であろうと彼が考えていたことに由来するのではないかと思われます。それに対して、たとえば「媚薬」同様キム・ノバクが主演を務める「逢う時はいつも他人」(1960)などのメロドラマを監督した時は、少なくとも個人的な印象としてはイマイチに見えます。そもそも、不倫メロドラマを撮ること自体が、彼らしくないのです。やはり、彼は、コメディに特化した監督さんであったと個人的には見なしています。また、彼の作品には遊び心が溢れているにもかかわらず、統一化され洗練された全体の雰囲気が決して見失われておらず、バランスのよさが常に感じられる点も特筆に値します。現代のコメディ作品を見ていると、いつも何かが欠けているような印象を受けますが、それは、リチャード・クワインのコメディ作品が持っていたような統一化され洗練された瀟洒さ奇抜さがほとんど見出せない点に原因があるように思われます。下ネタが悪いと主張するつもりはありませんが、「メリーに首ったけ」(1998)のような作品が、二度と見る気になれないのは、クワインの作品が持っていたような独自のスタイルがどこにも感じられないからなのです。不満をぶちまけるのはこのくらいにして、「媚薬」の内容面について見てみましょう。「媚薬」の主人公は、いかにもクワインの作品らしく魔女であり、魔女が普通のおじさん(ジェームズ・スチュワート)に恋するというおとぎ話風の他愛のないストーリーが繰り広げられます。他愛がないと言っても、他愛がない素材から錬金術のごとくスタイリッシュなコメディをひねり出すのをまさに十八番としているのが監督のクワインであり、その手腕がこの作品でも見事に発揮されていて楽しめること請け合いです。クワインの作品を見ているといつも感じられることとして、作品毎に独自のカラーコーディネーションと舞台設定が施されていて、個々の作品毎の全体的な雰囲気の統一の仕方が実に巧妙であることが挙げられます。「媚薬」でも、主人公の住むアパートや魔術(呪術?)品ショップ、或いは魔女達がたむろする地下の奇妙なバーなど、舞台設定が実に凝っていてオーディエンスを楽しませてくれます。また、主演のジェームズ・スチュワートとキム・ノバクについては言わずもがなとして、それ以外の出演者にも凝った芸達者が揃っています。この作品では控えに甘んじているジャック・レモン、コメディアンのアーニー・コヴァックス、この当時は陽気な童顔のおばちゃんを演ずるのを得意としていたエルザ・ランチェスター(チャールズ・ロートンの奥さんです)、ケッタイな魔女を演ずるハーミオン・ジンゴールド、コールドな印象のあるジャニス・ルール(長くベン・ギャザラの奥さんでした)が、各人の特徴を活かしながらコメディパフォーマンスを繰り広げています。殊に、ジェームズ・スチュワート演ずる主人公が、ハーミオン・ジンゴールド演ずる魔女に、ボコボコと奇怪な音を立てる魔法のポーションを無理矢理飲まされるシーンは傑作です。先ごろ惜しくも亡くなったジャック・レモンは、男の魔女(まさか魔男とは言わないでしょう。映画ではWarlockと言っていました)を演じており、手を前方にかざすポーズをしながら街灯を消すマジックを披露してくれますが、彼はこれが余程気に入ったのか5年後のコメディ映画「ヤム・ヤム・ガール」(1963)でも、このポーズを繰り出してディーン・ジョーンズのいびきを消していました。ということで、クワインの最高傑作ではありませんが、彼の特徴が最もよく現れている作品であることには間違いありません。そうそう全くの余談ですが、この作品の中でキム・ノバクの飼っている猫の名前がどうしても聞き取れないのです。どれくらい聞き取りにくいかというと、ジェームズ・スチュワートですら1回では聞き取れず、再度聞き直している程なのです。母国語でない言語の意味のない固有名詞を聞き取るのは、至難の技であることがよく分かります。

※この記事を元にして書かれた「タイトル別に見る戦後30年間の米英映画の変遷」の「16.風変わり(Quaint)な映画が得意なクワイン(Quine)《求婚専科》」もご参照下さい。


2001/07/15 by 雷小僧
(2008/10/11 revised by Hiroshi Iruma)
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