夕なぎ ★★☆
(Boom!)

1968 UK
監督:ジョセフ・ロージー
出演:エリザベス・テイラー、リチャード・バートン、ノエル・カワード、ジョアンナ・シムカス

手前:リチャード・バートン、奥:エリザベス・テイラー

「夕なぎ」は、テネシー・ウイリアムズの戯曲「The Milk Train Doesn't Stop Here Anymore」の映画化であり、映画化バージョンの脚本も彼が担当しているようです。テネシー・ウイリアムズには、「欲望という名の電車」(1951)、「熱いトタン屋根の猫」(1958)、「去年の夏突然に」(1959)などの、プロット展開に沿ってエモーショナルなモーメンタムを徐々に鬱積させる極めてパラノイアックで収斂的な作品が多い中にあって、それとは全く逆に、エモーショナルなモーメンタムの蓄積を許さない極めてスキゾフレニックで分散的な作品もいくつかあります。そのような戯曲の映画化の1つとして、ジョン・ヒューストンが監督した「イグアナの夜」(1964)が挙げられ、またここに取り上げる「夕なぎ」もその範疇に入ります。何しろ、死に瀕した大富豪未亡人(エリザベス・テイラー)の海辺の壮大な邸宅に、「The Angel of Death(死の天使)」とあだ名される詩人(リチャード・バートン)が来訪し、以後、摩訶不思議なインタラクションがこの両者の間で繰り返されるのみなのです(最後に大富豪未亡人は死にます)。リチャード・バートン演ずる詩人が、なぜ「死の天使」と呼ばれるかというと、彼が訪問した御婦人達は皆棺桶に片足を突っ込む(one step before the undertaker)という評判があるからです。ところが、彼に「死の天使」という奇矯な性格付けをしておきながら、その彼のキャラクタースタディを展開することには全く興味がないかのごとくです。ただそのような設定をしてみただけであり、「夕なぎ」にはそのような性格付けを敷衍しドラマを深く掘り下げようとする意図はほとんど見られません。すなわち、今にも死にそうな(その割に、60年代以後のエリザベス・テイラーお得意の毒舌が冴え渡っていますが)大富豪未亡人のもとに「死の天使」とあだなされる詩人がやって来て、互いの関係や二人の過去の行状には何の関係もない、或いは言及すらないインタラクションが淡々と繰り返されるばかりなのです。要するに、心理的な、或いはエモーショナルなモーメンタムの蓄積の可能性が最初から意図的に排除され、たとえれば、これこれしかじかの性質(性格)を持つAという素材(人物)と、これこれしかじかの性質(性格)を持つBという素材(人物)を混ぜ合わせると瞬間的にどのような化学反応(人物間のインタラクション)が引き起こされるかを実験観察しているかのごとくプロットが進行するのです。恐らくギリシャに位置すると思われる孤島に舞台が設定されていますが、ビューティフルな風景(上掲画像参照)が極めて無機的に見え、スキゾ且つドライにストーリーが展開される奇怪な作品の心象風景的なバックグラウンドとしては最適であるように思われます。このような変わった特徴を持つ為、ドラマジャンルはドラマチックでエモーショナルなプロット展開なしには成立し得ないと専ら考えていると、恐ろしく摩訶不思議な印象を受け、全く捉えどころのない作品に見えること請け合いです。何しろ、リチャード・バートンが腰に刀を差し日本人の目には火消しが着る法被にしか見えないサムライの衣装を着ていたり(上掲画像参照)、エリザベス・テイラーが日本人の目にはサンデーマチネーダンサーのコスチュームにしか見えない歌舞伎衣装を着ていたりと、それだけでも怪しげな雰囲気が漂ってきます。ただ、プロット展開自体が極めてスキゾなのでそのような珍妙さも妙に納得できるところがあります。音楽に喩えれば無調音楽のようでもあり、一度見ただけでは必ずや「何これ?」という印象を受けるはずですが、何度か見ている内に、無機的な雰囲気が妙に快感に感じられるようになるのです。いずれにしても、風景を見ているだけでも楽しめる作品でもあり、007シリーズのジョン・バリーの手になる、作品に見事にマッチした摩訶不思議な音楽が聞きものでもあります。尚、ノエル・カワードがこれまたわけのわからぬケッタイな役で出演しています。ノエル・カワードといえば、戯曲作家、監督、脚本、製作、作曲、演技と一人で何でもこなしてしまうイギリス演劇界の寵児でしたが、どういうわけか晩年の60年代になると、変態的な役で映画に出演している姿をしばしば見かけます。


2002/09/28 by 雷小僧
(2008/11/09 revised by Hiroshi Iruma)
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