Suzuki Media / Horai Tsushin
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No.5 -2000.2.22


久しぶりに児童文学について書きました。
ホームページを解説したときは、児童文学(主にアーサー・ランサム)とビージーズが二本の柱だったわけで、この分野も、忘れずに追いかけていきたいと思います。


////////////クマのプーさんの輝かしき経歴について///////////////


 『クマのプーさん スクラップブック』という本が筑摩書房から出版された。原題は「The Brilliant career of Winnie-the-Pooh」。クマのプーさんの物語の作者であるA.A.ミルンの伝記「A.A.Milne: His Life」を書いているアン・スウェイト(Ann Thwaite)が書いた本だ。
 「クマのプーさんの輝かしき経歴」からわかるように、著者であるA.A.ミルンの誕生から、モデルになった息子のクリストファー・ミルンの誕生、そして、「クマのプーさん」の出版とその後のさまざまな現象について、豊富な図版と新聞記事などの引用でまとめた本だ。
 例えば、僕が以前雑誌に書いた「クマのプーさんはカナダ出身という不思議な新聞記事」という原稿に関することでは、プーの正式な名前ウィニー・ザ・プーの由来になった、ウィニーという本物のクマが写真入りで紹介されている。
http://www.asahi-net.or.jp/~hh5y-szk/fushigi1.htm#fushigi21
 原本の出版は1992年で、僕は、アマゾンコムで「ミルン」で検索して見つけて英語版を購入した。こういう写真が多い本は、英語が不得意な僕にはうれしい。しかし、できれば内容を全部読みたいが、英語を読む速度は、日本語の10分の1以下。『クマのプーさん スクラップブック』の邦訳を見つけたときはとてもうれしかった。

 ここで、クマのプーさんという場合、A.A.ミルンの書いた『クマのプーさん』(1926年)『プー横町にたった家』(1928年)の2冊を指している。そのあと、1966年にディズニーが短編映画化したクマのプーさんのシリーズは含まない。
 『スクラップブック』のなかでも、「ディズニー・プー」の項で触れられているが、僕自身もE.H.シェパードの挿し絵に親しんできたので、どうもディズニー・プーはしっくりこない。
 ディズニー・プーの公開のときも、「どうしてイギリス南部のアクセントではなく、アメリカ中西部のアクセントで話すのか」、という批判があったそうだ(どちらにしてもたいていの日本人にはわからないが)。

 クマのプーさんの2冊の本は、子供向けの本の傑作であるだけでなく、大人にとっても示唆に富んだ本だ。そのことは、この文の後半で触れる、クマのプーさんに関する数多い啓発本の存在からも明かだ。
 子供であれ、大人であれ、クマのプーさんは楽しく読めて、優しい気持ちになって、ちょっと考えさせられて、ふーっと安堵のため息がもれるような本だと、僕は思う。中学二年の時、『星の王子様』の感想文を書いて校内で賞をもらったが(後にも先にも文章を書いて賞をもらったのはそれだけ)、あのときは、『クマのプーさん』だと子供っぽいから『星の王子様』を選んだ記憶がある(プーは絵本も出ているが、王子は童話だけ)が、今考えてみると、実はプーのほうがずっと深かったかもしれない。

 繰り返しになるが、クマのプーさんの2冊の本は、非常に示唆に富んだ世界を提供してくれる。そして、それとともに、(物語とは全然別に)僕の心を捉えたのは、登場する少年クリストファー・ロビンのモデルとなったクリストファー・ミルンのことだ。
 彼は、大ヒット物語の登場人物のモデルになったために、小さな頃は回りからちやほやされたり新聞に紹介されたりしたが、学校に入ると、あのクリストファー・ミルンということで、からかわれ、いじめられた。
 その後も、クリストファー・ロビンであることと、大作家A.A.ミルンの息子であることの、2つの点でプレッシャーを感じながら生きなければならなかった。
 そうした苦労については、『クマのプーさんと魔法の森』(原題は、The Enchanted Places。クマのプーさんの一節からとられている。岩波書店)が1977年に邦訳されて、僕は初めて知った。原著の出版は1974年で、クリストファー・ミルンが54歳のとき。自分自身の苦悩を乗り越えて、客観的に書けるまで、54歳という年齢になることが必要だったのだろう。
 『魔法の森』には、彼の生い立ちとクマのプーさんに関わる苦悩が、あっさりとしながら、暖かみのある文体で書かれている。僕はこの本を大学生のときに読んで、クマのプーさんとクリストファー・ロビン(ミルン)がより身近になったのを感じたのを覚えている。

 クリストファー・ミルンが、その次に書いたのは、『クリストファー・ロビンの本屋』(晶文社)だ。原著は1979年に出版され、邦訳は83年。原題は、The Path Through the trees で、これもクマのプーさんに出てくる一節。
 Pathということで、『魔法の森』の子供時代のあとの歩みが書かれている。ケンブリッジ大学から戦争(第二次世界大戦。父のA.A.ミルンは第一次世界大戦に行っている)に行ったこと、父の影響から離れるべくいくつかの仕事を経たあと、妻と本屋を始めたこと、その本屋を開業したダートマスの紹介の三部から成っている。
 この本は、『魔法の森』とは違って、クマのプーさんとの関連はほとんどない。しかし、クリストファー・ミルンの気持ちはすごく伝わってくる。この本は、ちょっと悲しい気持ちになってしまう『魔法の森』より、もっと面白く読めた。
 出版界で仕事をしているものには、イギリスの書店の開店から運営の細かい話も面白い。向こうの本屋さんは、日本の書店のように、返品はできないから、全部自分で決めて、出版社と交渉して、自分の考えで本を並べる。
 クリストファー・ミルンも一度は、古本も扱ったと書いていた。これは、MSNジャーナルで書いた、ポートランドの巨大書店パウエルズの話と同じだ。
http://journal.jp.msn.com/worldreport.asp?id=000216suzuki&vf=1
 結局クリストファー・ミルンは、古本を扱うと、一般の人ではなくて、業者がやってきて、値引きをして買おうとするので、嫌気がさして古本を扱うのは辞めている。でも、イギリスでも、新刊書と古書を一緒に扱う書店があるようだ。これはそのうち調べてみたい。

 『スクラップブック』を読んでから、『魔法の森』と『本屋』を引っぱりだして読んでみたが、どちらも今でも味わい深い本だった。もちろん、クリストファー・ミルン自身が優れた文章家なのだろうけど、それにもまして、クマのプーさんの2冊の本でお馴染みになって、どこかにいる友達みたいに思っているクリストファーが書いた本だから、よりいっそう親しみを持って読めるのだろうと思う。
 ぼくは、A.A.ミルンのクマのプーさんの2冊の本だけでなく、息子のクリストファー・ミルンの『魔法の森』と『本屋』を一緒にしたクマのプーさん的世界がとても好きだ。「プー? 子供向けでしょ?」 というような人でも、クリストファー・ミルンの本を読めば、『クマのプーさん』が読みたくなるに違いないと思う。

 この冬ポートランドに行って、『Beyond the World of Pooh』という1998年に出版されたクリストファー・ミルンの新しい本を見つけて買ってきた。そして、かえってよくよく読んでみると、この本は、彼の著作のダイジェスト版で、彼は、『魔法の森』と『本屋』のあと、「The Hollow on the Hill」(82年)「The Open Garden」(88年)の2冊の本を書いている。イギリスだけで出版されているので、これまで見つけることができなかった。
 この2冊は、すでに絶版になっていて、いろんなサイトを検索してみたが、手に入れるのは難しそうだ。今度イギリスに行った機会に、図書館ででも探してみたいと思っている。
 この2冊が翻訳されることはたぶんないだろう。昔は、英米の本なら僕が目をつけたのはけっこう翻訳されて、原書を読み終わらないうちに訳が出たものだけど、最近は、翻訳されないものが多いような気がする。

 イギリスの獣医で作家だったジェームズ・ヘリオットの伝記『The Life of a Country Vet』も、アーサー・ランサムのツバメ号とアマゾン号についての研究書2冊、Christina Hardyment の「Arthur Ransome and Capt. Flint's Trunk」も Roger Wardale の「Nancy Blacket」も翻訳されていない。どれも原書を持っているが、読み切っていないので、翻訳が出るとうれしい。
 SF作家の大御所のアーシュラ・K・ル=グインもSF作品以外の一般小説は未訳だ。
 『魔法の森』と『本屋』も、ぜひ読んでくださいと奨めたいが、現在は品切れ状態で手に入らない。特に、『古書店めぐりは夫婦で』(ローレンス&ナンシー・ゴールドストーン著 ハヤカワ文庫)が話題を集めて、海外の古本屋めぐりは今注目を集めている。古書に関する話も出てくる『クリストファー・ロビンの本屋』はぜひ文庫にして出版すべき本だ。
 昔図書館で借りて読んで感動したA.A.ミルンの自伝『ぼくたちは幸福だった』(It's Too Late Now)も品切れだ。『スクラップブック』を書いたアン・スウェイトの『A.A.ミルンの生涯』も訳されていない。こういうのはやはり、出版界の不況が関係あるのだろうか。

 『クリストファー・ロビンの本屋』を読み返して、クリストファー・ミルン氏が存命中に、彼と夫人が経営していたダートマスの書店を訪ねられなかったのが、とても残念に思えてきた。もし、書店で彼にあったら、握手したかった。
 そして、「ぜひあなたにお会いして握手がしたかったんです。でも、それは、あなたが、クリストファー・ロビンのモデルになったA.A.ミルンの息子だからじゃありません。『魔法の森』と『本屋』を書いたクリストファー・ミルンだからです」と言いたかった。ミルン氏はどう答えただろうか。
 そんな長文の英語がすらすら言えるとは思えないし、きっと書店でミルン氏を見かけても、会釈だけして、感慨深げに眺めているだけだろう。でも、この素敵なハーバーブックショップを一度訪ねてみたかった。

 最後に、クマのプーさんに関するさまざな啓発本について書いておこう。
 『クマのプーさんの「のんびり」タオ』(講談社)『タオとコブタ』(平川出版社)は、ベンジャミン・ホフが書いた本で、プーさんの物語が、タオ(老荘思想)であるとしている。
 ロジャー・E・アレンの『クマのプーさんと学ぶマネジメント』(ダイヤモンド社)は、経営コンサルティングである著書が、マネジメントの基本を解説した本。
 『クマのプーさんの哲学』と『クマのプーさんの魔法の知恵』(どちらも河出書房新社)は、ジョン・T・ウィリアムズというオックスフォード大学でイギリス文学と歴史と演劇を教えている先生だが、『哲学』は、プーを哲学者に仕立てて、西洋哲学史を解説した本。占星術から、ドルイド信仰、アーサー王伝説まで、神秘学全般を解説してしまう。

 とても優れている児童文学ではあるけれど、それから何でまた、ここまでいろいろな理論や理屈や実践や知恵や哲学が導き出されるのだろう。それは、A.A.ミルンが単なる作家ではなくて、パンチの副編集長も務めた批評家で、劇作家で、ミステリ作家でもあったことに関係あるのかもしれない。
 でも、その辺はまだまだよくわからない。クマのプーさんの世界は僕にとってまだまだ謎の多い不思議な森なのだ。


*追記
クマのプーさんについては、次のページでも書いています。
http://www.asahi-net.or.jp/~hh5y-szk/ransome.htm
http://www.asahi-net.or.jp/~hh5y-szk/fushigi1.htm#fushigi21


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●本文中にも出てきますが、MSNジャーナルに新しい記事を書きました。

---日本にも「パウエルズ・シティ・オブ・ブックス」がほしい---

インターネットで注文すれば本や雑誌が簡単に手にはいるようになって、街の書店へ出かける機会が少なくなった。しかし、この冬オレゴン州・ポートランドにある巨大な書店「パウエルズ・シティ・オブ・ブックス」に行く機会があって、書店で本を眺め、手に取って選ぶ楽しみを再確認。こんな書店が日本にもほしいと思った。
http://journal.jp.msn.com/worldreport.asp?id=000216suzuki&vf=1
ぜひご覧ください。

●持田美津子さんのサイト「モチダミツコがみたモンゴル」が更新されました。
http://www.mmochida.mn/


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編集と発行:鈴木康之/SUZUKI Yasuyuki
suzuki.yasuyuki@nifty.ne.jp
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