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| ■母性本能があったって、そう簡単には・・・ | |
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| 子供を産んだって、そう簡単には母親になんてなれないんだということがよくわかったのは、次男のおかげだった。長男は第1子にしてはあまり手のかからない子だった。といってもわたしがニブかっただけで、今にして思えば、小柄に生まれたせいか発育は若干遅れ気味だったような気がするし、よく病気もしたし、結構神経質な子供だった。それでも、わたしも初めてのことでファイトもあったし、彼自身も駄々をこねることもない扱いやすい子供だったので(と言うより、初めての子供なのでわたしもダンナも周りの大人たちはみんな彼のご機嫌をひたすら取っていたんだと思うしね。)、その頃のわたしは自信満々とまではいかなくても、お母さんになったんだという、いろんな意味での“甘い”満足感に溢れていた。 もともと母親になる自覚の足りなかったわたしを神様が心配して下さったのかもしれない。そんなに甘いもんやおまへんでと言ったのかどうか、神様はわたしに次男を賜った。 「下の子は手がかからない。」そんなのうそだ。いや、少なくともわたしの場合はそうではなかった。ひたすら泣く。鳴く。泣く。鳴く。泣いていないときは、お乳を飲む。飲みたがる。いくら何でも飲み過ぎ?と思えるほどで、飲ませないとまた泣く。とにかく、起きているときは泣いているかお乳を飲んでいるか。夜中も何度も起こされた。まとまった深い睡眠をとることがあの頃のわたしの一番の願いだった。 |
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それに、わたしや周りの大人たちの態度だって長男の時とは当然違っていた。次男が軽い先天異常を持って生まれてきたこともあって、わたしは一時期マタニティブルーに陥ったし、ダンナにしたって、もちろん協力は出来るかぎりのことは全部してくれて、わたしの精神的な大きな支えでいてくれたが、やはり長男の時と全く同じというわけではなくて、そういったなにもかもを含めて全てのことが気分的にも体力的にも参っていたわたしをイライラさせた。 そして、何よりまだ3才にもならない長男がいた。長男にしたって初めて味わう試練だったに違いない。それまでほとんど我慢というものをしたことも無く、常に自分が家の中の中心だったのに、四六時中泣いている赤ん坊の出現は、彼にとっては世界がひっくり返るような出来事だったに違いない。そして彼のとまどいから来る当然の行動が、さらにわたしをイライラさせた。 たまんなかった。逃げ出したかった。頭の中にはいつも次男の泣き声が響いていたし、イライラしている自分自身にひどい自己嫌悪も感じて、自分が母親だなんていう満足感なんて木っ端みじんに砕け散っていた。 |
| ある日、わたしが体調を崩してどうにも起きていられず、眠っている次男の横に横たわった。そんな時に限って次男は目を覚まし、いつものように泣きわめき始めた。どんなにあやしても泣きやまない。お乳を含ませれば静かになるのかもしれないが、ただでさえイライラしているのに具合が悪いわたしはとてもそんな気になれない。それでも、次男の泣き声はわたしを責め立てる。わたしの母親としての怠慢を責め立て、母親としての自信が消えうせているわたしをなおもさらに打ちのめす。 「泣かないでよ〜〜〜!」声を出さないでわたしは叫んでいた。「うるさ〜〜〜い!」そうも叫んでいた。ふと、すぐ脇にあるクッションが目に入って、両手でそれを持った。 その途端、信じられないくらい冷静になった。 頭の中に育児に疲れた母親が乳児を手にかけたという事件の新聞の見出しがフラッシュした。それまで長男だけの時は、そんなニュースを見ても聞いても信じられなかった。自分が産んだ子供を殺すなんて。そんなこと出来るはずない。そう思っていた。 「こんな気持ちなんだ・・・」 わたしだって、どこかで一歩間違えたら・・・背筋が凍った。 両手に持ったクッションをわたしは“自分の顔”に力いっぱい押し付けた。次男の泣き声がほんの少しでも聞こえなくなるように。わたしの内心など知るよしもなく、次男は元気に泣きわめき続けていた。ごめんよ。ごめんよ。抱っこしてやらなくて。だめなお母さんでさぁ。ごめんよ。ごめんよ。でも、今はこうさせてね。楽になったらまたお乳あげるからさぁ。頭の中で何度もつぶやいた。何度も何度もつぶやいてわたしは無理矢理眠りの中に逃げていった。次男の泣き声はいつの間にか日常の騒音と同化していって、わたしの意識の中ではだんだん遠くなっていった。 |
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本当に、子供を産んだってそう簡単に母親になれるわけじゃない。母性本能って言ったって、しょせん本能なんだ。本能だけでなり切れるんなら苦労は無いよね。 こんなことがあったり、いろいろなことがあったりで今に至っているのはきっとどこのお母さんも一緒なんだろうと思う。次男も成長するにつれて、そうそう泣き叫ばなくなっていったし、明るい幼児へと育って今では小学生だ。(でも、今でもちょっと泣き虫。)私自身もダンナや長男を含めた周りの人たちに支えられてどうにかこうにかここまで来ている。母親としての喜びも苦しみ(?)も心配も幾度となく子供たちによって味わせてもらっている。母親としての自信はいまだに無い。毎日が手探り状態。 されど本能。どんなに出来が悪くったって、自分の子供はいとしい。守りたい。幸せになって欲しい。子供を産んだその瞬間からお母さんと呼ばれて、お母さんになっていかざるを得ない。そう簡単じゃないからこそ、「楽しんでいかなくちゃ」とやっと最近思えるようになってきているのだ。 |
| 2001.5.10 | |
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