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| ■長男の生まれた時のこと | |
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3人兄弟の末っ子で、しかも周りに小さな子供のいない環境で育ったせいか、20代のころのわたしは小さな子供があまり好きではなかった。泣き声を効果的に使って自分の欲求を通すわがままとか、図々しい甘えとかを嫌い、自分がやはりそうであったことなど全く棚に上げて、幼い子供というものを敬遠していた。 しかも、アホなわたしは中学生の頃にブームになって読みふけったノストラダムスの大予言なるものを成人してからも心のどこかで信じていて、1999年に人類が滅亡するというのに子供なぞ産んで、その時、その子のことを心配しなくちゃならないなんてまっぴらだと思っていたものだから、友人たちにも「結婚したって子供は作らない。」と断言して、子供が大好きというどこから見ても非のつけ所のない女らしくてかわいらしい友人からは「変〜〜〜!!!」と言われていたものだった。 |
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| それが不思議なもので結婚してすぐ神様はわたしに赤ちゃんを賜った。子供は作らないなどとわめいていたことなどすっかりどこかに吹き飛んで、妊娠はとてもうれしいことだった。妊娠中の体験は、つわりを味わったり、お腹が信じられないくらい前にせり出したり、おへそが裏返ったり、逆子体操というものをしたり、われながら不思議なことばかりだった。その一方で、日々、体内で赤ちゃんは育っていくのに、こんな私が母親になれるのだろうかという不安がいつも心の中にあった。子供は作らないと、かつて、堂々と言っていた自分の気持ちがひどく薄情なものとして思い出されて、母性本能というものがはたしてわたしの中にもあるのだろうかと心配でたまらなかった。 | |
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| 未明の分娩は、逆子ということもあって、産婦人科のお医者さんに引っ張り出していただいたようなものだったけど、それなりに無事に終わった。分娩室の天窓の外がまだ真っ暗だったのを今でも思い出す。隣の部屋に連れていかれた長男がほぎゃあと泣きだしたのが聞こえた。 その泣き声だった。その泣き声が今にして思うとわたしにとってのスイッチだったのだと思う。あまり、強くなくちょっとかぼそげな声だった。それでも、自分の体内から出てきた生命がそこにあることをわたしに教えた。母親としての野性が目覚めて理由のないいとおしさが自分の中に沸き上がってくるのがわかった。そして、それは、とても気持ちのいい、わたしにとっては初めての感情だった。 | |
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| 看護婦さんにきれいにしていただいた長男は、小さくてしわくちゃで土偶のような目をしていて、頭が片方べこんとななめにへこんでいた。 子供を産む前のわたしなら、きっと内心げげげーーと思っただろう。 でも、もう、わたしにとってはかわいくてたまらなくて、心の底からいとおしくて守るべき存在だった。子供の頃からわりと何でも好きなようにさせてもらって育ってきていたので、別に今死んだって思い残すことなんかないやとうそぶいていたのに、もう、この子を残してどこにも行けないって思った。この世とやらにしっかりとつなぎ止められたと思った。そして、これからの新しい家族の増えた生活が楽しみでたまらなくなっていた。 | |
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| わたしの中にも母性本能というものがあったのだということは、わたしにとってはちょっとした驚きだった。このことと、長男を授かったことに、病室のベッドの中でわたしは神様に感謝した。 | |
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| 育児は順風満帆とまではいかないけれど、なんとか事もなく現在に至っている。今では長男の背はわたしの背を越す。あの、しわくちゃの赤ん坊め。などと、ひっそりと思い出していたりする。かわいかったよなぁ〜〜。 おこったり、笑ったり、悲しんだりといろいろなことがあるけど、次男も含めて彼らはわたしにとってとても大切な存在だ。その彼らを授かった日のことを、そして、わたし自身の中にもあった母親としての感情に気づき、驚かされたあの日のことをわたしは今でも鮮やかに思い出すのだ。 |
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| 2001.5.2 | |
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