孔明の嫁取り



 趙雲はちょっとげんなりしていた。
 何で自分の周りには、恥ずかしげもなく奥さんの自慢話をする人ばかりが集まっているのだろう。
 それは確かに貧しい中で一致団結して頑張ってきたのだから、自分を支えてくれる糟糠の妻を大事にも愛しくも思うだろうが、だからといって、未だ独り者の自分の前でそれを大々的に自慢しなくてもいいではないか……。
 関羽のように、都でも折り紙付きの美女を娶ったというのなら自慢したい気持ちは分からなくもない。張飛のように「いやぁうちのなんか全く器量は悪いし柄も悪いし育ちも悪いし」なんて言いながら、それが自慢になっていることに気づいていない、というのもまだ良いだろう。
 だが劉備みたいに「うちの奥さんは本当に儂にラブラブで」って言うのはないだろう!! 
 黄忠殿は亡くなった奥さんのことを「貂蝉殿は確かに美しいが、うちの亡くなったババァは本当に全く美しくて、雲長殿には悪いが貂蝉殿など目ではないな」と真顔で言って関羽とケンカになったりするのもいい年してどうかと思う。(ここで黄忠の奥さんが生きてる頃は黄忠も韓玄の下でぬくぬくしていたはずだから「糟糠の妻」じゃないだろう、とか言ってはいけない。年寄りにとって想い出は何よりも美しい……)

 諸葛亮も奥さん自慢のうちの一人である。
「うちの小妹は本当に美人ですよ。教養もあって慎みも深く、家のことは全て彼女に任せておいて間違いはありませんし、あのような妻がいるからこの孔明はいるのです」
 べた惚れである。
 しかし、どうもこの「完璧な妻」である黄氏を見た者がいないというのも気になる。いや、もちろん他人の奥さんを見るなんて、失礼なことではあるんだろうが、でも全く見た人がいないというのは……。
 実はみんな見たことあるのに、隠してるんじゃないのか?と趙雲は踏んでいる。



「丞相の奥方にお会いになったこと、ありますか?」
 趙雲の問いかけに、その場にいた劉備、関羽、張飛の三兄弟が目を伏せた。
「何で目を伏せるんですか!??!?」
「いや、ほら、子竜って孔明に夢持ってるからさ……」
「何ですか!??!?」
 二人の弟が慌てて劉備の口をふさぎにかかる。
「でもほら。孔明殿は面喰い、だよな?」
「ああ、自分でよくそう言ってるしな?」
「自分で?」
「いやいやいや」
 三人が目をそらす。
「……そう言えば子竜は士元を覚えてるか?」
「はい」
「孔明は士元が好きでなぁ」
「ああ、同じ先生の元に師事していたんですよね?」
「イヤそうじゃなく、だから孔明は士元のことが」
「……兄者、その話は……」
「え?」
「いやいや、うむ、うん……」

 その時扉の向こうから当の孔明が顔を出した。
「おや、何の話ですか?」
「いえ、丞相の奥方が素晴らしい美人だと……」
「ああ」
 孔明はこぼれるような笑顔をその涼しい美貌に上らせた。本当に、男の目から見ても孔明は綺麗な顔をしている。孫乾の様に少女のような美しさではなく、男らしい、だが男が見ても惚れ惚れするような、そういう美貌である。
「小妹の話ですか?」
 心なしか照れたように孔明が笑う。白羽扇で口元を隠し、それでもきっぱりと「ええ、うちの小妹は美人ですよ」と言い切った。
「今度会わせて下さいよ」
「小妹は照れ屋ですから、どうでしょう」
 孔明が笑い声でそう告げながら外へと出ていくと、趙雲は慌ててその後を追った。
「待って下さいよ、丞相!」



「……でもほら、士元のこと、メッチャ美形だとか言ってたわけだし、黄氏の顔も推して測るべしだろうな……」
 部屋に残った三兄弟はふうと溜息をつく。
「二哥は黄氏にあったこと、あるんだあろう?」
「ああまぁ……、確かに孔明殿の好みは一貫していると思う……」
「顔の好みで惚れてるんだから、確かに面喰いではあるよな」
「……まぁ基準は人それぞれだしな」
 三人は統がまだ生きていた頃のことを思い出し、また溜息をつく。
 美貌の孔明が頬骨の高い、あばた面の、ぷくぷくとした統を「士元兄、士元兄」と追い回しては頬を染めていた図は、見物を通り越して寒い風景だった……。
「しかしうちの美芳も黄氏のこと、そりゃもうずば抜けて性格も良くてよく気の利く、ある意味メッチャ可愛い人だって言ってたぞ」
「確かに、ある意味ではメッチャ可愛いな」
「うむ、ある意味ではな」
 また小さく溜息。
「……孔明にとってはある意味ではなくて、本当にめちゃめちゃ可愛いんだろうな……」
「可愛いんじゃなくて、美しいんだろう?」
「良いじゃないですか、自分がそう思って幸せに暮らしているんですから」
 確かに、よその家庭のことは他人が口を出しても始まらない。
「まぁほら、あの孔明殿がまともな美的感覚で、うちの美芳にちょっかい出されても困るから、べつに良いか」
 張飛もなんだかんだ言いながら、奥方にはラブラブのようだ。
「……まともな美的感覚ならうちの奥や雲長の貂蝉殿の所に行くだろう」
「悪かったな!」

『孔明の嫁取り』
 まぁ良いではないか。もしも孔明がその気になったらあの美貌だ、自分達では太刀打ちできないのだから。

 独り者の趙雲にはその危機感が分からないだけに、今日も孔明のお嫁さんに対する儚い憧れを持ち、白帝城の良い狂言回しになっていた……。
 人の嫁さんを気にするのなら、自分の嫁取りの心配をしろという言葉も耳に入らないままに。



(って、激しく時代考証が間違ってますが……。関羽今荊州だろって……。)

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