寝台の上に、長く横たわった甘寧がいる。裸体に一応単を引っかけているが、すでにそれは着物の役割を果たしていないほど乱れていた。それをメチャメチャにしたのは凌統自身なので、着物を直せとは少し言いづらい。甘寧の細くて長い髪が、水が流れるように寝台の上を這っていた。
 甘寧がだるそうにしているのは、勿論凌統のせいだ。今日はいつも以上にしつこくしてしまったし、こいつもヤケに絡んできたから、腹が立ってかなり乱暴にしてしまったのだ。
 もっとも、乱暴にすることが目的でやっているのだから、甘寧がだるそうなのは当然だ。だるくなってくれなければ困る。最近の甘寧はずいぶん馴れてしまったようで、なんだか普通に睦み合っているような気がしてくるから、それが余計に凌統の気分を苛立たせた。
 好きでやっていることではないのだ。お互いの間に憎しみしかない、そんな交りだ。だが、今日のは少し意味合いが違った様な気がする。何で自分はこんなにムキになるのか。何か大切なことが見えそうな気がするのに、それが何なのか分からないせいか?



「だいたい、何でお前がそんな事を気にするわけ? そんな気になるなら、主公に聞きゃいいだろう?」
「何て言ってだよ!」
「甘寧と寝たんですかって、そのまま訊けば?」
 凌統が甘寧を睨みつけた。さっきからずっとこの話ばかりだ。
「お前さぁ、頭おかしいんじゃないの? 何で俺が仕事終わった後に主公の部屋に一刻いたからって、主公と寝たとか考えるわけ?」
「首に痕がある」
「テメェが付けたんだろ」
「俺は付けてない!!!」



 凌統は一応人目につく所に痕を付けることは控えていた。凌統が甘寧に仇討ちをすることは主命によって禁じられているので、このことは秘密にしなければならない。
 そう、これは復讐なのだ。歳だってずっと下の、背だって体格だってずっと小さい自分に男である甘寧が犯されるなんて、こんな屈辱的な話があるだろうか。甘寧のようにいつも他人を見下しているような男に、こんな事が耐えられるはずないのだ。甘寧はいつも強がって平気そうな素振りを見せているが、自分と2人でいる時にはいつもひどく怒っているような、それでいて辛そうな顔をして目を合わせようともしない。相当応えていることに間違いはない。
 だが、もしも甘寧が他の男にも抱かれていたら? まさか! だって甘寧なんて、別に女の代わりになりそうな男じゃないじゃないか!
 でも、そんな甘寧が昨日は下城すると見せかけて城内に戻り、主公の部屋に入ったまま一刻も出てこなかったのだ。いや、自分だってまさか主公と甘寧がそんな事をしているとは思わない。例え主公にはいろんなエッチな噂とかいっぱいあっても、例えば幼平殿が本命だとか言っていても、子敬殿が狙われてるとか言われていても、でもまさか、甘寧のことなんか……!



「じゃあその首の痕、誰が付けたんだよ!!」
「昨日城から帰った後に、妓楼に行きました。お分かりですか?」
「妓楼?」
「お前なんかと違って色っぽくて大人なお妓さんに、色々気持ちの良いことをしていただいてたんです。まぁお前なんか一生女に縁無さそうだから、普通こういうのは男女の間ですることだなんて分からないかもしれませんが?」
「バカにするな!!!」
 甘寧はいつも自分を子供扱いする。年が少しくらい上だというだけで、こんな奴にここまで威張られるなんて、凌統には屈辱以外の何ものでもない。
「お前なんか、俺の下でいつだって泣いてるくせに!!」
「お前があんまり下手くそだから仕方ないだろう!? いいかサル、女抱くときはもっと優しくしてやれよ。おっと一生そんな経験しそうもなかったな!」
「何だよ女なんか!!」
「抱いたこと無いんだろう?」
「うるさい、黙れバカ!!」
 甘寧の上に馬乗りになると、凌統は上から甘寧の瞳を睨みつけた。そら、甘寧はすぐ目を反らす。どんなに偉そうに人をガキ扱いしたって、結局甘寧は俺にこんな目に遭わされてることがショックなんだ。



「おとなしくなったじゃん。何? 俺が怖い?」
「…誰が…」
「へぇ?」
 ゆっくりと首筋に唇を落とし、女が付けたむかつく痣に歯を立てると、甘寧の体はびくりと震えた。いいザマだ。そのまま、まだ先ほどのだるさを残しているはずの体に舌を這わせる。
「よせ……」
「怖くないんだろう?」
「これだから童貞野郎は溜まってるから嫌なんだよ! さっきしたばっかりだろう!?」
「俺にあんな口をきいた、お仕置きをしないとね。淫乱なお前にはこのくらいで充分だろう?」
 下半身に手を伸ばすと、甘寧はさすがに嫌がって身をよじった。

 女と? 昨日、女を買いに行ったのか?

「お前なんかが女とやって、ちゃんとやれる訳?」
「俺はお前みたいなガキじゃないからな」
「そのガキにこんなにされて歓んでんのは誰だよ!」
「いっ…!」
 握る指先に力がこもり、甘寧は敏感な部分を捻りあげられて思わず悲鳴を上げた。
「あぁ痛かった? ごめんね、俺ガキなもんだから力の加減とか出来なくてね……!」

 女を抱いたのか。俺がいるのに、女なんかを……!!

 一瞬頭によぎったその言葉を、凌統は理解できなかった。あまりにも興奮していたので、ただどす黒い感情が渦巻いていることしか分からない。胸の辺りがザワザワと音を立てている。その胸を掻きむしる代わりに、凌統は甘寧の体を引き裂いた。
「てめぇ……!!」
「おとなしくしてろよ甘寧、隣の部屋にいるお前の手下共にこの情けない姿を見せてもいいのか!?」
「やめ…、は…ぁっ!!」
 支えを求めて伸ばしかけた手を、凌統は無造作に掴んだ。甘寧の指。細くて節が少しだけ太い。手のひらと指には剣を握るためのたこがあり、指先には弓を引くためのたこがある。人殺しの指。この指で女を抱いたのか。
「何が『やめろ』だ! テメェ歓こんでんじゃねぇかよ!! お前なんか、お前なんかが女抱くなんて生意気なんだよ!! お前なんか……!!」
 凌統はただ力任せに突き上げた。傷つける為だけの行為。なのに何でこんなに興奮する?
 甘寧の苦悶に歪んだ顔を引き寄せる。いつもの高慢な表情が消えて、代わりに痛みと快楽を露わにしている。それを与えているのが自分だと思うと、凌統は堪らない征服感を感じた。
 そうだ。甘寧がどれほど俺を子供扱いしても、こうして俺に犯られている間は俺の意のままだ。あの血の通わないような目で俺を見下すことなんて、絶対に出来ないんだ。
「甘寧、ほら、お前を犯ってるのは誰だ? 言ってみろよ、甘寧!」
 苦しげに開いた唇から、真っ白な歯と真っ赤な舌が見えた。その舌がわななくように動く。
「ほら甘寧、誰がお前を犯ってるんだ? お前が誰のものなのか言えよ! 言ってみろよ!」
「……っは…」
 焦点のぼやけた目。すでに何度も達かされているのだ。さすがの甘寧もこう何度も挑まれては体が保たなかった。
 意識を手放す前のギリギリの正気を取り戻させようと、凌統は奥深くに突き上げた。
「くっ…」
「お前は誰のものだ?」
「おれ、は……」
 そのまま崩れるように瞳が閉じられた。赤い舌が、ひきつれたように言葉を作る。

「こうせき」と。

 そう動いたような気がした瞬間、凌統は熱い昂ぶりを甘寧の中に放った。



 ぐったりと意識を失っている甘寧の単を直してやりながら、聞こえているはずのない甘寧に向かって凌統は囁いた。
「そうだ、甘寧。貴様は俺の獲物だ。貴様のことは俺が一生かけて嬲ってやる。お前が生まれてきたことを後悔するくらいに」
 首筋にまだ残る痣に爪を立てると、甘寧は意識のないまま小さく呻いた。

「忘れるな。お前は、俺のものだ」

 そうしてゆっくりと、凌統は甘寧の唇に、自分の唇を重ねた。
 
 その行為の、意味も分からぬままに―――――。


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「あ〜〜、散々な目に遭った〜」
「どうした、興覇?」
 孫権が机の上に山積みにされた木簡を解きながら、窓枠に腰をかけている無礼な男に視線をやる。
「一昨日あんたのとこに行ったの、サルに見られてたらしい」
「なんだ、いつもみたいに捲けなかったのか?」
「あいつも結構はしこいからさぁ。あんたが痕なんか付けてたから、誤魔化すの大変だったんだぜ」
 おやおやと肩を竦ませながら、好色そうに瞳を光らせて、孫権は甘寧の印を探した。なるほど、確かに首筋に紅い花びらのような痕がある。
「そんな旨そうな首筋してる方が悪いんだろ」
「殺すぞ?」
「興覇になら殺されてみたいかもね」
 この時、室の外でまだ完全には疑いを解いていない少年が、扉のこちら側を座った目で睨みつけていることも知らずに、主君とその将軍は物騒な会話を楽しんでいた……。

                                                             終わり。


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