ピーピング・トム |
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鉄翁城のその部屋は君主の部屋にしてはずいぶんと質素だった。さすがに造りこそは贅を凝らしていたが、臥牀を仕切る帳の他は屏風一枚、飾り壺一つ置いていなかった。その部屋の中に、先ほどから湿った空気と熱い息づかいが彩りを添えていた。低い城主の囁きと、堪らずに上がる押し殺した喘ぎ声。甘寧はもうどれだけの時間そうしているのか、自分でも分からなくなっていた。 「殿…も、もう終わりに……してくれ…よっ」 「何を言っている。お前一人でさっさと達って。俺はまだ満足しとらんぞ」 「んなの、殿が悪いんだ…ろ……!」 自分ばかり達かされて、孫堅はまだ一度も達っていないという事が、癪にも障るし、正直辛い。早く解放して欲しいのに、孫堅はいやらしく笑うばかりだ。 「な、殿…」 「…そうだな、じゃあ…」 「オヤジ〜! まだ起きてるか〜!」 勢いよく部屋の扉が開いて、暢気な声と共に帳がめくられた。この時ばかりは、さすがに甘寧だけでなく孫堅も驚いたようだったが、もちろん帳を上げてしまった孫策も激しく狼狽えていた。 「例の件だけどやっと報告が上がっ…てって、今はまずいよな……?」 「……そうだな」 甘寧は孫堅の下で大きく足を広げられた姿勢のままである。さっさと孫堅がどいてくれないと、こんな姿を人目に曝すのはさすがに勘弁して欲しい。 「殿、どけって…」 赤くなって孫堅の胸を手で押しのけようとした時。 「!」 孫堅は腰をずんと大きく入れてきた。 「と…殿!?」 「あぁ策、明日までに読んでおくから、報告書はそこに置いてくれ」 「あぁ、分かった…」 そのまま孫策がそこにいることがまるで当たり前のように腰を振る孫堅に、甘寧は一瞬どうして良いのか分からなかった。先ほどから絶え間ない程孫堅の愛撫に馴染んだ体は、すぐにも達ってしまいかねないのだ。このままだと孫策の前でどんな事態を招く事になるのかと考えた甘寧は、さすがに本気で孫堅を退かそうともがいた。 「こ…この変態オヤジが! さっさとどけよ!」 「まだ俺は満足してないと言っただろう?」 「そんなの殿が遅漏だからいけねぇんだろ! てめぇ俺の事いじくりまわすばっかりで、もういい加減達けっての!」 「何オヤジ、もうそんな年?」 「バカ言え、これを自制心というのだ」 「どんな自制心だ〜!」 孫策は動揺から立ち直ると、面白そうに臥牀の脇まで椅子を持ってきて、そこに居座る事を決めてしまったようだ。 「暫く後学のために見学してても良いか?」 「見るのは構わんが、手は出すなよ」 「分かってるって」 「な!」 甘寧は信じられない、という目で二人を睨みつけたが、孫堅からしてみると、そんな色っぽい目で睨まれたって何かおねだりされているようにしか見えない。 「あんたら親子揃って変態かよ! 孫郎! オヤジが男引っ張り込んでんの見て、少しは嫌な気分にならねぇのか! 大体殿だって……んん!」 「興覇、閨ではもう少し色っぽい事を言うものだ」 「よせ…やめろって! …あ、くっ!」 そのまま腰をすりつけるように大きく抜き差しされて、甘寧は手の甲で自分の顔を覆った。セックスしてる時の顔なんて、間抜けもいいとこだ。相手も最中で頭ぶっ飛んでるからお互いの顔がイイ顔に見えるんであって、冷静な人間が見たらそんなの絶対ただのアホ面だ。そんなアホ面、孫郎に見せて堪るか! これから先まともに顔が合わせられなくなるじゃねぇか! 甘寧は必死で声を殺しながら、顔を覆って早く孫堅が達ってくれるように祈った。さっきからずっと達ってないんだから、そろそろ達っても良い筈だ。 「…おい興覇。こら。こーら。そんなにしたら、俺がつまらんだろうが」 「…早く達けよ…っ!」 「お前がそんな風にしてたら、達くに達けないだろう。ほら、可愛い顔を見せてくれ」 「……孫郎がいるのに、そんなことできるか!」 孫堅は孫策と顔を見合わせた。 可愛い事を言いやがって。お前本当はいまだに処女なんじゃねぇのか? 水賊なら、板の上でスワッピングくらいしておけ! 爽やかに盗みに入りまくったり、爽やかに役人を脅しまくったり、爽やかに人を殺しまくってばっかりで、女性に関しては、数こそ多いが結構どうでも良かった甘寧に対して、孫堅は偏見たっぷりの毒をつく。だがこういうギャップが喰っちまいたいくらい可愛いのも事実だ。 だがそんな可愛らしさを楽しんでいられたのもしばらくの間だった。達きたくてはち切れそうになっているくせに辛そうに無理をしている様子が、段々気の毒になってきたのだ。孫堅は甘寧の背中に手を回し、膝の上に抱え直した。 「ほら、こうして俺の肩に顔を埋めれば、策から顔が見えないだろう? これで良いか?」 「う…んっ…!」 甘寧はそれでも首を振っている。これはいっぺんやめてやった方が良いかと思った時、同じ事を思っていたのだろう、孫策が椅子から立ち上がった。 「俺いると辛そうだから、もう行くわ。邪魔したな、甘寧。悪かった」 首を捻るようにして、甘寧は少しだけ孫策を見た。孫策と目が合った途端、なんだかほっとして涙目になってしまった。 その顔を見るなり孫策はにやっと笑って、甘寧のしりをわしっと掴んだ。 「今度オヤジいない時に、俺ともやろうぜ、興覇」 そうして肩越しに片手を振りながら「じゃあな〜。お休み〜」と出て行ってしまうと、一瞬部屋の中に沈黙が走った。 「……興覇?」 「な、なんだよ」 「今のはなんだ?」 「し、知らねえよ! からかったんだろ!?」 「っていうか、お前らいつから字で呼び合う仲になった?」 「今初めて呼ばれたんだよ!」 「……興覇」 孫堅の顔がうすら暗い。何だか目も据わっている様な気がする。 やばい、絶対誤解してる……! 孫郎もなんて事しやがるんだ!! 膝の上に抱えていた体を、孫堅はがばっと敷布に押しつけた。 「策となんか寝てみろ。……殺すぞ?」 その後がとんでもない事になったのは、もう言うまでもないだろう……。 翌朝孫堅が起きると、すでに甘寧はづらかった後だった。 毎度の事だが、甘寧は夜明け前にいつもこっそりと帰っていく。明け方前には緊急の用件でもない限り城門が開く事はないはずだが、そんなことはお構いなしに、甘寧はいつもどこかからするりと入ってくるし、するりと帰っていく。警備上何らかの問題があるのかと思い、城壁に不具合がないか、門番に賄賂が渡っていないかを調べた事もあるのだが、結局そんな問題は見つからなかった。身についたスキルの問題か。甘寧を完璧に飼い慣らすことは不可能に近い。 ……とっちめてやろうと思ったのだが、逃げられたか……。 夕べ散々とっちめた事など無かったように、孫堅は頭を掻きながら溜息をついた。 一人分の隙間空いた臥牀が、何だかうら淋しい。 「……さてと。それじゃあ策の野郎をとっちめるとするか……」 孫堅は指をばきばきと鳴らしながら、朝餉の匂いのする食卓へ向かった。 今日も暑くなりそうだ。 廊下を歩きながら、孫堅はそう思った。
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