チラリズム

 上着を着ることにしたら、皆から「大人くさくなった」といわれた。 「大人くさい」とは何だ。まるで俺の中身がガキくさいと言いたげで、いかにも失礼ではないか。

 事の発端は陸遜だ。甘寧が服を着ない服を着ないといって、散々説教しやがったのだ。てめぇだってへそ出しのくせして、人のこととやかく言うのはどうよ、と、甘寧はいつもその説教をシリに聞かせていた。

 だいたい、はしたないとか風紀が乱れるとか言うのなら、二喬のあのミニスカートの方がよっぽどだろう。若い娘があんな足を露わにして、何を考えているのかと、説教したいのは甘寧の方だ。

「そう思うだろう、呂蒙?」

 傍らで酒を飲んでいた呂蒙に、甘寧は絡んだ。
 別に甘寧だって、どうでも上着を着たくないというわけでも、何が何でも裸でいたいというわけではないのだ。ただ、あのくそ生意気な陸遜の言葉に負けて上着を着てしまったというのが、悔しくて堪らないのだ。

「なら着なきゃ良いだろう」
「だってあいつ、ネッチネチネッチネチしつっけーんだぜ」
「しつっけー?」
「しつこいっつってんだよ。国のお袋だってあぁはしつこくなかったぞ!」

 どの位「しつっけー」のかは、呂蒙もよく知っている。毎日毎日、朝会えばおはようの代わりに「何ですかそのいやらしい格好は」と叱りとばし、昼休みには「そんな格好をしていると周りの人間が破廉恥な気持ちになるから何か着て下さい」とつっかかり、さようならの代わりに「明日こそ何か着てこないと、襲いますよ?」と脅し、顔を合わせている間中「ほくろの数を数えますよ?」だの「僕が乳首にも入れ墨を入れてあげましょうか?」だの、セクハラの限りを尽くしていたのだ。

 それを「セクハラ」だと気づかないところが、甘寧の可愛いところでもある。

「しかしあれだなぁ。大喬殿や小喬殿のあのスカートや陸遜のあのへそ出しの方が、お前はよりイヤらしいと思うんだな?」
「よりイヤらしいって何だよ! いいか、人間ってのは隠れてるもんからチラッと何かが出てると、そいつの中身を見てみたくなるもんだろ? 陸遜のへそはどうでもいいけど、若い女があんな格好で男の前を歩いちゃいけねぇよ。ただ歩いてるだけじゃねぇ。いいか、あいつらあの格好で、飛んだり跳ねたり蹴りくれたりするんだぞ?」

「う〜ん、その『隠れてるところを見たくなる』ってのは、一理あるなぁ」
「だろ? 俺みたいにバーンと何にも着てねぇほうがよっぽど健全だって事が、何であのヤロウには分んねぇかなぁ」
 酔いも手伝ってか、酒を満たした盃を振り回す甘寧を、呂蒙はいつものように膝に乗せた。予定調和だったのだろう、甘寧も口だけでは「なんだよおっさん」とか何とか言いながら、まだ陸遜への文句を垂らしている。

「なるほど、隠れている物は中を見たいし、こう意味ありげにちらりちらりと覆っていると、思わずめくってみたくなる」

「だろ!? ……って、おっさん?」

 呂蒙の手が甘寧の上着の中に侵入する。それは「着ている」とはとても言えないような、あるかなしかの代物でしかなかった。
 黒い上着の間に、呂蒙の手はすっぽりと収まった。心なしか、前に触れたときよりもなめらかなような気がする。

「なるほど、人間の想像力とはすごいものだ。見えているときより、ずっとあだめいて感じる……」
「お、おいおっさん。何だよ、やめろよ」

 くすぐったいだろ、と叫ぶ暇はなかった。呂蒙の膝の上という格好の漁場にいた甘寧を、釣り上げて料理するのは実にたやすい。

「お前の肌に群がる羨ましい龍がどんなスケベぇな顔をしてるのか、上着を着てたんじゃ分からんからな。俺が今から調べてやる」
「スケベぇなのはおっさんだろ! やめろよ、よせって……ふっ」



 そうして事の顛末がどうなったのかといえば、甘寧は未だに上着を着続けている。スケベぇな龍が上着で隠れる場所にばかり噛みついて、上着を取れない体にされてしまったからだ。

 ぶつぶつと苦虫を囓りまくっている甘寧をよそに、呂蒙と陸遜の間で猛烈な火花が散っていることなど、甘寧にはもちろん知る由もないことだったが……。

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