竹 巻
 暗い部屋の中、竹簡を読みながら、夏侯惇は目頭を押さえた。左目を無くしてずいぶん経つ。他のことには何とか馴れたが、こうして夜中に書物を読んでいると、右目が痛むのがつらかった。医者からは残った右目を悪くするから酷使はするなといつも言われるのだが、学問を怠るわけにはいかない。灯りに油をつぎ足し、近くに引き寄せながら、夏侯惇は後ろに声をかけた。
「これを読み終わるまで俺はここから離れんから、そう思っていろ」
 声をかけられた関羽は、喉の奥で小さく笑った。
「気配を消して入ってきたつもりでおり申したが」
「ふん」
 くだらない話しはしたくないらしい。夏侯惇は関羽の台詞には応えずに、また書物に目を戻した。
 関羽は、いつもこうして誰にも気づかれずに、夏侯惇の居室に入ってきた。いくら質素にしているとはいえ、曹操の次席に座る夏侯惇の屋敷である。見張りがいないわけでも、家人が少ないわけでもない。にも関わらず、関羽の存在に家人が気づいている気配はなかった。
 ……そう思っているのは俺だけで、他の奴らはさすがにそれを俺に言い出せずにいるだけなのかもしれんな……。
 夏侯惇は関羽に気づかれぬよう、自嘲めいた嗤いを口元に上らせた。
 それからどれだけそうしていたのか。竹簡を一巻き読み終わって新しい物に手をかけたとき、夏侯惇は肩に手をかけられてぎょっとして振り返った。
「……居たのか」
 その言いぐさが面白かったらしい。「先ほど拙者に声をかけられたではないか」と、関羽は愉快そうに笑った。
「お前のことなど知ったことか」
「たいそう没頭しておられたが、目には良くない。右目を大事になされよ。酷使のしすぎで、残された目を失明した男を知っており申す」
「医者から散々聞かされた話だな」
「……元譲殿……」
 呆れたような関羽の声を、夏侯惇はただ「字で呼ぶな」と切って捨てた。
 肩に肉厚な関羽の掌を感じながら、それでも構わず新しい巻物をほどく。関羽はそこからどくつもりはないらしい。軽く肩を揉まれ、思いがけない心地良さに夏侯惇は軽いため息をついた。
「戦陣にも賢者を招いておられると聞き申した。貴殿ほどの位にあれば、何もそこまで学問などせずとも……。その武に加え、曹操殿との血の繋がりもある。それ以上何を望まれるか」
「そんな心構えだからお前らはいつまでも流浪しているのだ。貴様こそ、少しは書くらい読んだらどうだ」
 身も蓋もない言い方に、関羽は小さく笑った。
「……違いない」
 もちろん、関羽が春秋を諳んじていることくらい、夏侯惇も知っている。だが、所詮はその程度だ。
 しばらくそうして関羽に肩を揉ませていたが、出し抜けに夏侯惇は「貴様、我が軍で最も軍略に通じているのが誰か、知っているか」と口を開いた。まさか夏侯惇がそのように話しかけて来るとは思わなかった関羽は少しだけ目を見開いたが、すぐに「さて……」と考え始めた。
「やはり郭嘉殿か荀攸殿でござるか…?」
「孟徳だ」
「ほう」
 関羽は驚いたようだった。肩を揉む手が、一瞬止まった。
「俺は孟徳ほど孫子を理解している人間を、他に知らん」
 それだけ言うと、夏侯惇はまた書に目を落とした。
 二千年の時を経てもなお、その注釈には誰も、一行も手を加えることができぬほどの軍略家を主と仰いでいるのである。曹操の幕下にあってその信頼を得ることは、たやすいことではない。
 しばらくそうしてまた書を読んでいたが、再び尽きかけた灯明に油を注ぎ足そうとしたとき、夏侯惇はいきなり体を横抱きに抱え上げられた。
「なっ…!」
「いい加減になされよ。もう何刻そうして読んでおられると思っているのだ。右目まで失明しては、曹魏に何の忠功を積めるというのか」
「離せ…!」
「このような扱いを受けたくないというのであれば、もっと自愛なされることだ。日のあるうちには激務をこなしているというのに、今に体を壊されるぞ」
「貴様の知ったことか!」
 夏侯惇は乱暴に臥床に体を投げ出された。見上げる関羽の表情は、影になって見ることができない。夏侯惇はとっさに体勢を整え逃れようとしたが、すぐ様上に被さってきた関羽に体を封じ込まれた。
「それほど眠るのがおいやなら、拙者がいやでも眠らせて差し上げましょう」
「大きなお世話だ!どけ、関羽!」
「今まで貴殿がそう言って、拙者がどいたことがありましたか……?」
 口づけは、いつも通りに荒々しかった。夏侯惇に息もつかせぬほどの勢いで、舌が口腔を犯していく。喰らわれていると、いつも思う。溢れ出す唾液が顎にしたたり、関羽の髭が濡れていく。身動きができない。犯されているのは唇だけだというのに、体中を犯されている錯覚が夏侯惇を襲う。
「っん…、ぐっう、よせ…!」
 必至に胸を押し戻そうとするが、関羽はまるで意に介さないように、腕の力を緩めはしない。
 いつも、接吻はイヤになるほど長かった。舌が痺れるまで、関羽はこの乱暴な接吻をやめようとはしない。まるで奴にとって、最も大切なのはこの接吻だとでも言わんばかりに。
 唇を交えながら、関羽はすでに昂ぶっている己の物を夏侯惇にすりつけてきた。自分を抉るための獲物を、見せつけているのか。それとも夏侯惇に、これから行われる行為を思い出させて、覚悟して待っていろとでも言いたいのか。
「小童でもあるまい、堪え性もなくそんな物をすりつけるな!やりたいならさっさとやって、とっとと俺の前から消えてくれ!」
「誰がそんなもったいないことを……?」
 湿り気を帯びた声が、耳たぶを嬲る。夏侯惇の着物の帯を解くと、関羽はその首のしなやかさを手のひらで味わった。
「この喉元…。噛み千切ってしまいたくなる……」
「……貴様ならやりかねんな……」
「傍目に見えるほどの跡をつけ、貴殿が拙者の物だと、皆に見せつけてやりたくなる」
「っ! 貴様…!」
 白くなった夏侯惇の首筋を、関羽はねっとりと舐めあげた。そうして太く強張った首筋が、和らいでくるのを待つ。
「少しくらいなら構わぬでしょう?いつも襟の高い着物を着ておられるのだから」
「ふざけるな…!」
「羨ましく思う輩も多いでしょうな。いや、先を越されて地団駄を踏むか……」
「何を言ってやがる…!」
「……男に劣情をもよおさせる、貴殿が悪いのだ」
 関羽は首筋に顔を埋め、執拗に首筋を舌で辿った。いつもなら気色悪さに顔が歪むところだが、今にも吸い上げられて跡をつけられるのではないかと思うと、顔を歪めているどころの騒ぎではない。
「よせ……」
「ふっ、そう怖がられるな。誰かに何か言われたら、男勝りな妾にでもやられたと言っておけばよい」
「俺は妾など持たぬ!」
 関羽はこれ見よがしに頭を振って見せた。
「……どこまで潔白な御仁なのだ。これだから始末が悪い」
「何の話だ……!」
 話しは終わりとばかりに、関羽は夏侯惇の下半身に手を伸ばした。はっとして夏侯惇はそれを阻もうとしたが、関羽の手の甲に爪を立てるだけで、それは叶わなかった。
「そう怖い顔をなさるな。貴殿は一度達してしまわぬと、なかなか体を解してくれぬゆえ。拙者が聞き分けの悪いことを承知しておられるのなら、少しは楽しむことを覚えたらいかがか」
「……ふざけるな……!」
 言っている脇から、関羽の無骨な手が夏侯惇の下半身を包み込む。
「あぁ、こんなに怯えて…。拙者が押し入ってしまえば思う様乱れるくせに、勿体つけておられるのか……?」
「……!」
 あまりの言いぐさに、口に出すべき言葉も見つからない。こんな男と話をするだけで、口が穢れる気がした。
「……どうせ何を言っても聞かぬのだろう。さっさと終わらせろ」
 夏侯惇は目を閉じて抵抗をやめた。この行為には特別の意味があると、思っているから屈辱なのだ。ただの暴力だと思えばいい。あるいは、自分はただの道具だと。
 関羽は一瞬動きを止めたようだった。だが、小さく笑うと、「しからば、ごめん」と前置きして、行為を続けた。
 野太い指が、なめらかに動く。優しく、ときに荒々しく、夏侯惇の快楽を引きずり出そうとするように。先端を爪で抉られると、夏侯惇は鈍い痛みに小さな声を漏らした。
「元譲殿」
「……字で呼ぶな」
 つけ根を口に含まれて、夏侯惇の喉が小さく鳴った。夜ごとの行為に馴らされ、夏侯惇の体はその快楽を覚えているのだ。
 だが、心は頑なである。
「元譲殿、そう体を強ばらせては、達きたくても達かれませんぞ」
「……」
 ただ無言で息だけを荒げる夏侯惇の全体を、関羽はゆっくりと口に含んだ。足が引きつるように動くのを見て、そっと指を後庭に這わす。息を吸おうと口を開いた瞬間を見計らって、関羽は指を沈めた。ニチャリと卑猥な音が響き、夏侯惇の息が詰まる。
「うっ…」
「元譲殿」
 指をかき混ぜながら先端を舐めると、夏侯惇の内股がひくひくと痙攣する。無意識なのか、右の手の甲で自分の目元を隠している。覗いて見える舌が朱く、イヤになるほどエロティックだった。
「元譲殿、拙者の名がお分かりか?」
「……何を……」
 声が震えている。
「その様に目を閉じて、他の誰かを思い浮かべておられるのか?」
「ふざけっ…ん、くっ…」
 先走りの液がしたたって、とろとろと溶けてしまいそうだ。
「拙者の名だ。それとも、もう名も分からぬほど乱れておられるのか?」
 関羽は、いきなり根本を締め上げた。舌先では放出を促しておきながら、決して一人では達けないように。夏侯惇の眉間に深い皺が刻まれる。
「拙者の名だ、元譲殿」
 暫く夏侯惇は目を覆い隠したまま黙っていたが、下半身が痺れるように痛んで、堪らずに口を開いた。
「こんな気の狂った事をするのは関羽、貴様だけだ……! これで良いのか……!」
「よくぞ言われた」
 根本の戒めを解くと、関羽はジュブジュブと音を立てて夏侯惇を吸い上げた。後ろを犯す指が泣き所を責め立る。
「ぅあ…!かん、関羽、やめ……!」
 目の前が、真っ白になった。耳がぼうっとする。自分の心臓の音しか聞こえない。それはどくどくと放出するリズムと同じ音をしていた。
「関羽だ、元譲殿。もう一度呼ばれよ」
「っは、はっ、ぁあ……」
 荒々しく息をしながら、何も考えられなくなる。先ほど口にした「関羽」という名だけが、何か舌先にしこりのように残っていた。
「関羽、だ」
「かんう…っぐ……」
 体が、押し広げられる。夏侯惇の呼吸と同じ早さで、何かが押し入ってくる。体中を奔流が荒らしていく。夏侯惇はそれに流されてしまわないように、関羽の肩にしがみついた。
「かんう、かん……ぅあっ!あ、や…関羽……!」
 溺れる淵で大きな木を見つけたように、夏侯惇はただそれにしがみついていた。関羽、関羽と呪文のように、何度ものその名を繰り返しながら、夏侯惇は意識を手放した。



「……さま、だんなさま」
 肩を遠慮がちに揺すられて、夏侯惇は目を開けた。朝焼けの冷えた空気が流れ込んでくる。夏侯惇が喉の渇きを覚えて体を起こすと、心得た家宰が水を差し出す。
「……今何刻だ……」
「そろそろ出仕のお時間ですが……」
「あぁ…すまん、何度も起こしてくれたのだろう?」
 水を口に運びながら、柔らかい肌触りに違和感を覚えて辺りを見回すと、自分の着ている夜着が真新しい物と替えられていた。敷布までまっさらで、誰がこうまで手の込んだことをと思うと忌々しさに顔が歪む。
「お顔の色が優れません。旦那様、また明け方まで書をお読みだったのですか?」
 家宰が文机の上に開かれたままの書簡を巻き直しながら、少しだけ困ったように眉根を寄せた。
「……すまん」
「旦那様、出過ぎたこととは存じますが、先日も曹操様直々に書を読み過ぎるなと、きつくお叱りを受けていたではありませんか。お願いでございますから、どうぞご自愛を……」
「分かっている。許せ」
「そんな、私などに許せとは……」
 家宰は恐縮して頭を下げた。
 全く、どいつもこいつも同じ事を……。
 元凶である巻物に目をやると、脇に置かれた巻数が、どう見ても少ない。
「?」
「どうなされましたか、旦那様?」
「いや…」
 出仕の刻限が迫っているのに、と、家宰は気が気でないようだが、夏侯惇は巻物に縫いつけられた題名を一つ一つ確かめていった。
「……あいつ……」
「旦那様?」
「いや……」
 巻物は、最初の三巻だけなくなっていた。
 確かに少しは書を読めと言ったが、普通人の読みかけの、やっと手に入れた書物を無断で借りていくか?あの髭面め、どんな面の皮をしてやがる……!
 怒りが体を突き抜けると、後にはバカバカしさが残った。
 なんとなく「関羽らしい」と、夏侯惇は心の奥で、ほんの少しだけ笑った。 









下の方に、ちょっとイメージ壊れちゃうかもなイラストがついています。イメージ壊したくない方はこのままお戻りになられた方が……。狼さんの顔を押して小説部屋トップにお戻り下さい。

























さらに、もっとイメージ壊しちゃうアホマンガも描いてしまいました……。すいません、基本パロマンガ書きなので……。

「アホでイメージ壊れまくっても良いから、ちょっと見てみよう」という剛毅な方だけ狼さんの顔をポチッとしてください。しかも上のイラストと同じに鉛筆書きなので、かなり見づらいかもです……。すいません、すいません……。



あ!!このマンガはあくまでもパロディなので、実際こんな事はありませんから!!






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